悪の条件
「じゃあ、よろしくね」
私はそう言って、手を差し出した。
そして――。
「私のナイト」
「…………」
キルザは、私の手を見る。
けれど――。
握ろうとはしなかった。
「全く……」
キルザは、小さく息を吐いた。
「とんでもない悪だな。お前は」
「…………?」
「俺は仕事柄、色んな悪党やクズを見てきた」
キルザは、私を見る。
「だから、お前は一目見た時から悪だと分かっていた」
「私が悪だって?」
「ああ」
キルザは淡々と答える。
「こいつは何かを隠している」
「腹の奥に、どす黒いものを持っている」
「そう直感した」
「…………」
私は少しだけ目を細めた。
「さすが暗殺者ね」
「…………」
キルザは、私の差し出した手を見る。
そして――。
「だが」
ゆっくりと口を開いた。
「お前の駒になるという話」
「俺は、受けてもいいと思っている」
「…………」
「ただし――」
キルザは、私を見る。
「一つだけ条件がある」
「…………」
「ラベンの病気を先に治すことだ」
「…………」
私は少しだけ目を見開いた。
「それが条件?」
「ああ」
「どうして?」
「簡単な話だ」
キルザは、淡々と答えた。
「俺は今まで、色んな悪党を見てきた」
「金のために人を殺す奴」
「自分の欲のために他人を利用する奴」
「口では綺麗なことを言いながら、平気で人を捨てる奴」
「…………」
「そういう連中との交渉も、何度もしてきた」
キルザは私を見つめる。
「だから――」
「お前がどこまでの悪なのか」
「俺は、それを見極めたい」
「…………」
「お前は、ラベンを治す方法を知っていると言った」
「それが本当なら――」
キルザは少しだけ目を細める。
「まずは、それを先に証明してみろ」
「…………」
「ラベンが治るなら」
「俺は、お前の駒になる」
「…………」
なるほど。私は小さく息を吐いた。
「はぁ……」
「まぁ、そうなるわよね」
私は差し出していた手を引っ込めた。
「分かったわよ」
「…………」
「ラベンちゃんも可愛いから」
私は少しだけ笑う。
「治すのを優先にしてあげる」
「…………」
「ただ、少し時間を頂戴」
「時間?」
「ええ」
私は少し考える。
「そうね……」
「また来週あたり」
「また、ここに来るわ」
「…………」
キルザは黙って私を見る。
「じゃあ、またね」
私はそう言って、踵を返した。
◇
外へ出る。
廃墟の町には、相変わらず静かな空気が流れていた。
私は少しだけ歩いたところで――。
「エラーラ」
後ろから、キルザの声がした。
「…………?」
私は振り返る。
「一つだけ聞きたい」
「何かしら?」
キルザは、しばらく黙っていた。
そして――。
「不思議でならないんだ」
「…………」
「お前は、確かに悪だと思う」
「…………」
「俺は今まで、色んな悪党を見てきた」
「だから分かる」
「お前の言葉も」
「その目も、行動も」
「普通じゃない」
「…………」
「だが――」
キルザの視線が、少しだけ変わる。
「お前は、ラベンを治す方法を知っている」
「…………」
「その言葉が嘘だとは、俺には思えなかった」
「…………」
「だからこそ――」
キルザは、少しだけ眉を寄せた。
「分からない」
「…………」
「お前が本当に悪なら」
「もっと俺を利用するやり方があったんじゃないか?」
「…………」
私は何も言わなかった。
「ラベンを人質にすることもできた」
「俺を脅すこともできた」
「それこそ、ラベンを利用して俺を完全に従わせることだってできたはずだ」
「…………」
「なのに、お前は――」
キルザが、私を見る。
「ラベンを治すことを条件にした」
「…………」
「まるで――」
キルザは、言葉を探すように少しだけ黙った。
「回りくどいことをしているように感じる」
「…………」
「お前は、何を……」
「…………」
私はキルザを見る。何をしているのか。
なぜラベンを助けるのか。
どうして私は――。
こんなことをしているのか。
「私は……」
口を開く。けれど。
その先の言葉は、自然と決まっていた。
「悪だから」
「…………」
キルザは黙った。
「それだけよ」
私はそう言って、踵を返す。
もう振り返らなかった。
◇
少し離れたところに、馬車が停まっている。
「ナイナ」
「…………」
返事がない。近づいてみる。
「ナイナ?」
「…………すぅ」
「…………」
寝ている。
馬車の中で、気持ちよさそうに眠っていた。
「…………」
私は無言で扉を開ける。
「ナイナ」
「…………ん」
「起きなさい」
「…………」
「ナイナ」
「……はい……?」
ナイナが眠そうに顔を上げる。
「帰るわよ」
「…………はい」
ナイナがぼんやりとこちらを見る。
私は――。
ドンッ!
勢いよく馬車へ乗り込んだ。
「…………」
ナイナが目を丸くする。
「エラーラ様……?」
「何?」
「……怒ってますか?」
「…………」
私は黙った。
「別に」
「…………」
ナイナは少しだけ首を傾げる。馬車が動き始める。
車輪の音だけが、静かな車内に響く。
「…………」
私は窓の外を見る。
自分でも分からない。
私は、何に苛立っているのだろう。
キルザに問い詰められたこと?
自分でも答えられないことを聞かれたこと?
それとも――。
ラベンを助けることを、「善意ではない」と自分に言い聞かせていること?
「…………」
私は、ぽつりと口を開いた。
「ナイナ」
「はい?」
「悪って……」
「…………」
そこで、言葉が止まった。
それ以上は。言ってはいけない気がした。
「…………?」
ナイナが私を見る。
「何か言いましたか?」
「…………」
「エラーラ様?」
「なんでもないわ」
「そうですか……?」
「ええ」
私は再び窓の外を見る。
ラベンを助けるのは、善意じゃない。
必要なこと。
キルザを手に入れるために。
ロインを殺すために。
私の目的を達成するために。
だから――。
私は悪。それだけだ。
◇
馬車に揺られているうちに。
私は、少しずつ目が重くなっていった。
「…………」
さっきまで考えていたことも。
キルザとの会話も。いつの間にか、頭の中から薄れていく。
そして――。
私はそのまま、疲れて眠っていった。
◇
そして――。
カリバー学園。
「…………」
私は教室の机に座っていた。
授業が始まる前。
私はぼんやりと机に肘をつきながら、ラベンのことを考えていた。
(ラベンの病気……)
ゲームでは――。確か。
魔力の過剰反応。
生まれつきの体質が、魔力と合っていない。
そんな説明だったと思う。
(病名まであったわよね……)
「…………」
私は眉をひそめる。
「なんだっけ……」
ゲームの中では、確かに聞いた。
けれど。
こういう細かい設定までは、全部覚えているわけじゃない。
「魔力の……」
「…………」
「魔力の過剰の……体質の……」
「…………?」
私は小声でぶつぶつ呟く。
「魔力過敏……?」
「…………」
「魔力過剰……」
「…………」
「魔力の……過敏症……?」
「魔力過敏症」
「…………え?」
突然。目の前から声がした。
「…………」
私は顔を上げる。
そこには――。
いつの間にか、アンラがいた。
しかも。
「…………」
ぐわっ。ものすごい勢いで、私の顔を覗き込んでいる。
「…………」
「…………魔力過敏症」
アンラが、もう一度言った。
そして――。
「魔力過敏症だよね」
アンラが、もう一度言った。
「それじゃない?」
「…………」
「エラーラ、何か調べてるの?」
「…………」
私はアンラを見る。
そして――。
(この子……)
(なんで知ってるの?)
私は、思わず息を呑んだ。
「魔力の過剰な反応で……」
私は、さっきまで考えていたことを口にする。
「体質が合わないって……魔力過敏症のことよね?」
「うん」
アンラはあっさり頷いた。
「それ」
「……それよ」
私は思わず身を乗り出した。
「それがどうかしたの?」
「私の知り合いが、その病気にかかって……」
「そうなんだ」
アンラは、あまり興味がなさそうに頷く。
「大変そー」
「…………」
それだけだった。
「…………」
少しの沈黙。私はアンラを見る。
アンラは机に頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。
「…………」
私は少しだけ考える。
そして――。
「あの」
「ん?」
「アンラ」
「なに?」
「この病気って――」
「いや」
「…………」
「…………?」
私は眉をひそめる。
「まだ何も言ってないわよ」
「治し方を教えてほしいとか、そんなところでしょ」
「…………」
「いやよ」
「…………早くない?」
アンラは、少しだけ眉をひそめた。
「だって、その病気――」
「ちょっと面倒だったんだよね」




