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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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悪の取引

 しばらくの沈黙。


 すると――。


「報酬次第だな」


「…………」


 キルザがそう言った。


「いくらなのよ?」


「そうだな……」


 キルザは少し考える。

そして。すっと、人差し指を一本立てた。


「…………」


 私は、その指を見る。


「一万ゴールドってことかしら?」


「ほざけ」


「…………」


 即答だった。


「ま、それはそうよね」


 私は苦笑する。


「暗殺がそんなに安いわけないわよね……」


 だったら。


「十万ってことよね」


「…………」


 キルザの目が細くなる。


「……帰ってもらおうか」


「…………」


 私は固まった。


「え?」


「その程度の認識なら、話すだけ無駄だ」


「…………」


 十万でも違う。

ということは――。


「…………百?」


「…………」


「百?」


「何が言いたい?」


「百……万ゴールドってこと?」


「そうだ」


「…………」


 私は黙った。


 いくらなんでも。

めちゃくちゃな額だ。


 ウィクス家は、私が以前より少しだけ家の状況を改善したことで、

今は多少の余裕がある。


 けれど。

だからといって、私が自由に百万ゴールドを使えるわけではない。


「…………」


 どうする。

ヤーショルとの月雫。


 あの契約を――。


「…………いや」


 駄目だ。まだヤーショルとの繋がりを絶つ時ではない。

あの闇商人は。まだ使える武器だ。


「何を考えている?」


 キルザの声で、私は顔を上げた。


「払えないなら、この話はなしだな」


「…………」


 そもそも。

百万ゴールドなんて。

普通の人間が、ぽんと出せる金額じゃない。


 前世だってそうだった。


 ……待てよ。


「…………」


 前世。会社員だった頃。

私は、何度も交渉をしてきた。

ブラック企業だったからこそ。

客から無茶な要求をされ。

こちらも無茶な条件を提示して。


 そこから落としどころを探す。


 その時に教わった。

最初に高額な金額を提示する。


 当然、相手は断る。


 そして――。


 次に、それより安い金額を提示する。


 すると。

人間は、その安い金額を「得をした」と感じる。

先に安い金額を提示してしまえば、その効果は薄い。


 高いところから落とすからこそ。

安くなったこと自体に価値を感じる。


「…………」


 なら。

このキルザの場合は?


 百万ゴールド。

暗殺の報酬として、かなり高額だ。


 普通なら断る。


 そして――。


「…………」


 私はキルザを見る。


 その先に。

もっと安い金額が提示されるわけでもない。


 つまり。


「…………」


 最初から。

私が払えないと分かって言っている?

この依頼を断るために。


「…………」


 私は、ぽつりと呟いた。


「……つまり」


 キルザを見る。


「払えないと言わせて、交渉を決裂させたい」


「なんだ」


 キルザは淡々と答える。


「払えないと言ったのか」


「…………」


「なら、この話はなしだ」


「…………」


 やっぱり。私は確信する。


「……あなたは」


 私はキルザを見つめる。


「私が払えないって言わせたいのよね」


「なんだ」


 キルザが眉を上げる。


「百万ゴールド。払えると言うのか?」


「もし」


 私は少しだけ間を置いた。


「払えると言ったら?」


「今すぐ、ここに持ってこいと言うだけだが?」


「…………」


 私は黙った。その言葉を聞いて。

ようやく、はっきりと分かった。


 やっぱり。

この男は、最初から百万ゴールドを受け取るつもりなんてない。

私がそんな大金を用意できないことくらい、キルザも分かっている。


 だからこそ――。


 百万ゴールド。

払えるはずのない金額を提示した。


 私が「払えない」と言えば、それで終わる。

依頼を断る理由になる。


 そして私が、もし「払える」と言ったところで。


「今すぐ、ここに持ってこい」


 そう言ってしまえばいい。

本当に持ってこられるとは思っていない。


 つまり。

どちらに転んでも、この男にとっては同じなのだ。


 私が諦めれば、それで終わり。それでも食い下がるなら。


 「だったら百万ゴールドを持ってこい」と言えばいい。


「…………」


 私は小さく笑った。


「……なるほどね」


「何がだ?」


「あなた」


 私はキルザを見る。


「本当に百万ゴールドが欲しいわけじゃないのね」


「…………」


 キルザは黙った。


「私が払えないことを分かった上で、その金額を提示した」


「…………」


「そして、私自身に『払えない』と言わせる」


 私は少しだけ目を細める。


「最初から、この依頼を断るつもりだったんでしょう?」


「…………」


 キルザの表情は変わらない。

けれど。否定しない。


「……やっぱり」


 私は小さく息を吐いた。


「かなり無理なことよね」


「何が言いたい?」


「ふぅ……」


 私は一度、息を吐く。


 そして――。


「もう少しだけ、話をしません?」


「…………」


「隻眼の仮面」


 キルザの目が、僅かに動いた。


「払えないなら、話はない」


「…………」


「帰れ」


 キルザが立ち上がる。


「帰れないなら――」


 腰のナイフを抜いた。


「お前を殺す」


「…………っ」


 私は思わず息を呑む。喉が、僅かに鳴った。


 怖い。やっぱり。


 この男は怖い。


 けれど――。


「あなたには」


 私はキルザを見る。


「そんなことはできない」


「…………」


 キルザの動きが止まった。


「何が言いたい?」


「……あまり」


 私はゆっくりと言葉を選ぶ。


「この切り札は使いたくなかったけど」


「…………」


「隻眼の仮面には――」


 一瞬だけ、間を置く。


「少し変わった暗殺の噂があるわよね」


 キルザは黙っている。


「悪人しか殺さない」


「…………」


「そういう話」


 沈黙。部屋の中が、急に静かになった。


「…………そんなことはない」


 キルザが低く答えた。


「暗殺の依頼には、確かに悪人を殺せというものもある」


「…………」


「だが」


 キルザは私を見る。


「そんな依頼ばかりじゃない」


「…………」


「普通の人間を殺してこいという依頼もある」


「そう」


 私は頷く。


「それも知っているわ」


「…………」


「じゃあ――」


 私はキルザを見る。


「あなたは、それを殺したのかしら?」


「…………」


 沈黙。キルザは答えない。


「…………何が言いたい」


「すごいわよね」


 私は小さく笑った。


「隻眼の仮面は」


「…………」


「あんなにも上手く、ごまかすなんて」


「俺が――」


 キルザの声が低くなる。


「ごまかす?」


「えぇ」


「…………」


 私は知っている。


 ゲームで。キルザのルートを攻略した時に。

彼の暗殺について語られる場面があった。


 隻眼の仮面。

その名で呼ばれる暗殺者は。

ただ依頼された相手を機械的に殺しているわけじゃない。


 対象がどんな人間なのか。

どんな人生を歩んできたのか。

家族はいるのか。

本当に殺す価値がある人間なのか。


 それを調べる。


 そして――。


 自分なりに判断する。


 もちろん。どうしようもない人間なら殺す。


 けれど。

意味もなく人を殺すことはしない。


 依頼を受けても。対象を逃がしたり。

死んだように見せかけたり。別人の死体を用意したり。


 方法は、いくらでもある。


 それでも。依頼主には。


 「殺した」と思わせる。


「逃亡……」


 私は静かに言った。


「死体替え……」


「…………」


「やり方は、いろいろあるわよね」


 キルザの表情が変わった。


「…………」


 今までとは違う。明らかに。

警戒している。


「…………なぜ知っている」


 キルザが、低く呟いた。


 そして――。


「お前は何者だ?」


 その言葉に。

私は――思わず笑ってしまった。


「まぁ……そうね」


 私は少しだけ肩をすくめる。


「悪人ってところかしらね」


「…………」


「だって私は――」


 少しだけ笑う。


「悪役令嬢だからね」


「…………意味が分からない」


 キルザは眉をひそめた。


「なぜおれの仕事の中身まで知っている?」


「…………」


「確かに、俺は殺す人間を判断している」


「依頼されたからといって、誰でも殺すわけじゃない」


 キルザは私を見つめる。


「だが――そのことを知っている人間は、そう多くない」


「…………」


 やっぱり。

そこまで踏み込んでくるわよね。


(まぁ……そうなるわよね)


(だから、この切り札は使いたくなかったのよ)


 ゲームの知識。

それは私にとって最大の武器であり――同時に、最大の弱点でもある。


 知りすぎている。だからこそ。

普通の人間には知り得ないことまで知っている。


 それを追及されたら――。

私は、答えを用意できない。


 けれど。


「知りたいの?」


「…………」


「知ったら――私の依頼はやってくれるの?」


 私は、強気に出た。

キルザが少しだけ目を細める。


「…………」


 そして――。


「……とんでもない悪人だな」


 ほんの少し。キルザが笑った。


「…………そう?」


「普通なら、自分の秘密を握られていることを恐れる」


「でも、お前は逆だ」


「秘密を教える代わりに、取引を持ちかけてくる」


「…………」


 私は笑う。


「ええ」


「でも、安心して」


「…………」


「別に、あなたのやり方を否定するつもりはないわ」


「誰かに言いふらすつもりもない」


「それに――」


 私はキルザを見る。


「あなたが誰を殺して、誰を見逃したのか」


「私には関係ないもの」


「…………」


「だから」


 私は首を傾げた。


「私の依頼は、やってくれるの?」


 キルザはしばらく黙っていた。


 そして――。


「その対象……」


「ジョミナーとか言ったか?」


「ええ」


「そいつは――殺すような人間なのか?」


「…………」


「お前は俺のやり方を知っているはずだ」


「依頼された人間を、俺がどう判断するのかもな」


「…………」


 私は少し考える。


 そう。


 ジョミナーは――別にクズというわけではない。


 むしろ。今はロインを過保護なくらいに守っている。


 性格も悪くない。誰かを苦しめているわけでもない。


 少なくとも――。


 キルザが「殺すべき人間」と判断するような人物ではない。


「そうねー……」


 私は少しだけ考えてから答える。


「私的には、殺してほしいけど……」


「…………」


「あなたの判断なら、殺さないでしょうね」


「おそらく」


「…………」


 キルザは黙って私を見る。


「だったら――」


「なぜ、おれのところに来た?」


(まぁ……そうなるわよね)


 私は心の中で苦笑した。


「……あわよくば、殺してほしかったってところなのよね」


「…………」


「でも」


 私は続ける。


「ジョミナーは、殺さなくてもいい」


「…………?」


「その代わり――」


 私は少しだけ間を置いた。


「もう、誰もを守れないくらいにしてほしいの」


「…………」


 キルザの目が細くなる。


「動けなくなるくらいに――」


 私は言葉を選ぶ。


「重い傷を負わせてほしい」


「…………」


「それなら、あなたの判断でも――」


「仕事として成立するでしょう?」


 キルザは黙って私を見つめていた。


 やがて――。


「……なるほど」


 小さく呟く。


「殺せとは言わない」


「ただ、戦えなくなるほどの傷を負わせろ、と」


「ええ」


「…………」


 キルザは少し考え込む。


「だが――」


 やがて、静かに口を開いた。


「やはり、報酬次第だな」


「…………」


 私は思わず笑った。


「そこは変わらないのね」


「仕事だからな」


「なるほど」


 私は少し考える。


「じゃあ――額は?」


「…………」


 キルザは黙り込んだ。腕を組み。

しばらく考える。


 そして――。


「……エラーラ、と言ったか」


「ええ」


「額はいい」


「…………?」


「お前が――」


 キルザが、まっすぐ私を見る。


「何を払えるのか言ってくれ」


「…………」


「その言葉で決める」


「…………」


 私は黙ってキルザを見る。

なるほど。

金額をこちらから提示させるのではなく――。


 私自身が、どれだけこの依頼に価値を置いているのか。

それを見ようとしている。


「…………」


 私は少しだけ笑った。さて。


 ここからが――。


 本当の交渉だ。

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