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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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ラベン

 私はゆっくりと廃墟の中へ足を踏み入れた。


「…………」


 静かだ。

風が吹くたびに、崩れかけた壁の隙間から冷たい空気が入り込んでくる。


 ゲームでは――。

ここで、ロインがキルザと出会う。


 確か、夜だった。月が出ていて。

廃墟から見える、大きくて綺麗な満月にロインが見とれていた。


 そこへ――。


『誰だ。おまえは?』


 キルザが現れる。ロインは答える。


『私はロイン。この大きくてきれいな満月に見とれていました』


 すると、キルザは少し警戒を解いて。


『なんだ。追っ手じゃないのか……』


 その後。二人は少しだけ月について話す。

『こんなところで満月を見るなんて、とんだ変わり者だな』


 『でも――。

 ここから見える満月は確かに綺麗で、見とれるのも分かる。

 何もかも忘れるくらいに。』


 そんなことを言って。

最後には――。


『初対面のやつに、喋りすぎたか……俺は行く』


 そう言って、キルザは立ち去る。

それが。ゲームでの、二人の最初の出会いだった。


「…………」


 私は足を止めた。

空を見上げる。


 まだ昼間。

当然、月なんて見えない。


「……同じようにはいかないわね」


 ゲームなら、イベントが始まる。


 でも。今はゲームじゃない。

決められた時間に、決められた場所へ行けば、決められたイベントが発生する。

そんな保証はない。


「それに……」


 私は少し考える。ゲームには「運」のステータスがあった。

攻略情報では。運を上げれば、キルザに遭遇しやすくなる。


 そんな話もあった。


「…………」


 私も試した。運を最大まで上げて。

キルザに遭遇するか、何度も挑戦した。


 けれど――。


「……正直、よく分からなかったのよね」


 運を上げたからといって、明らかに遭遇しやすくなった感じはしなかった。

本当に運が影響していたのかも分からない。それでも当時は。


 セーブして。

イベントを確認して。

出なければロードして。


 また挑戦する。

そんなことを繰り返していた。


「…………」


 今は、それができない。ロードもできない。

やり直しもできない。


「だったら……」


 私は周囲を見回す。


「自分で探した方が早いわね」


 私は、ゲームの記憶を思い返す。

キルザとの出会い。あのイベントが発生する廃墟。


 そして――。


 その廃墟の背景に、一瞬だけ映っていたもの。


「…………」


 私は歩き出す。廃墟の奥へ。

ゲームでは、キルザの生活なんてあまり描かれていなかった。

イベントの舞台として廃墟が使われていただけ。


 けれど。

何度もプレイしていると、背景の細かな部分まで覚えてくる。


 崩れた建物。その奥に続く細い道。

そして、その先に見えるいくつかの古い家。


「…………」


 私は、その記憶を一つずつ辿っていく。


 あの時は。ロインを操作して、キルザを探していた。

だから、家そのものを気にしたことなんてなかった。


 ただ、イベントが始まる場所へ向かうための道。

それだけだった。


 でも――。


「確か……この先」


 私は細い道を進む。崩れた壁を避ける。

蔦を払いながら、奥へ進んでいく。


「…………」


 やがて。木々の向こうに、小さな集落が見えてきた。


 崩れた壁を補修した家。

古い木材を組み合わせた小屋。

小さな明かり。


「…………」


 人がいる。

ゲームでは、ほんの一瞬しか映らなかった場所。


 でも実際には。ここで、人が暮らしている。


 痩せた老人。

小さな子供。

疲れた顔をした女性。


 誰も私に話しかけない。

ただ、不思議そうにこちらを見ている。


「…………」


 私は少しだけ視線を逸らした。

ゲームをしていた時。

私は、この人たちのことを気にしたこともなかった。


 キルザに会う。イベントを進める。


 それだけだった。でも。

今は違う。ここにも、ちゃんと人が暮らしている。


「…………」


 私は集落の奥へ進む。

記憶を辿る。


 確か――。


 ゲームのイベントで、一瞬だけ。

この家が背景に映っていた。


 古い木の壁。小さな窓。

入口の脇に置かれた薪。


「……ここ」


 私は足を止めた。

目の前には、一軒の古びた家。


 派手な特徴はない。けれど。

間違いない。ゲームで見た。


 何度も。


「…………」


 私は扉を見る。


 ここには――。


 病弱な少女がいる。

キルザ・アショルの妹。


 ラベン。


 ゲームの中では、キルザの過去や事情を知るために必要な、

設定の一つだった。でも、私は知っている。


 ラベンが病弱であることも。

この家で、キルザの帰りを待っていることも。


 そして――。

彼女が、外の世界に憧れていることも。


「…………」


 私は小さく息を吐いた。

こんなところまで覚えている自分に、少しだけ苦笑する。

何度、このゲームをやったのだろう。

何度、キルザのルートを見たのだろう。


 それくらい。

私は、この物語を知っている。


「…………」


 私は扉を叩いた。


 コンコン。


「…………」


 返事はない。もう一度。


 コンコン。


 やはり返事はない。


「……失礼するわ」


 私は扉に手をかける。


 ギィ……。


 古びた扉が開いた。


「…………」


 中は狭い。

簡素な家具。

小さな机。

椅子。


 そして――。


 ベッド。


「…………」


 誰もいないように見える。


「……いない?」


 私は耳を澄ます。


 すると――。


「……ゲホッ」


「…………」


 私は振り返った。


「……ゲホ、ゲホッ」


 奥から咳が聞こえる。


「…………?」


 私はゆっくりと、音のした方へ歩いていく。


 そして――。


 ベッドの上に。

一人の少女がいた。


「…………」


 私は思わず足を止めた。

少女は苦しそうに咳をしている。


 顔色も悪い。

身体も細い。


 けれど――。


 その瞳だけは、しっかりとこちらを見ていた。


「……誰?」


 少女が口を開く。


「お兄ちゃんのじゃないよね。この足音」


「…………」


 少女はゆっくりと身体を起こした。


「誰なの……?」


 私は少しだけ迷った。


 そして――。


 頭から被っていた布を外す。


「私はエラーラ」


 少女が目を瞬かせる。


「エラーラ・ウィクス」


 私は微笑んだ。


「よろしくね、ラベン」


「…………え?」


 少女の表情が変わる。


「どうして……私の名前を?」


「…………」


 私は一瞬だけ考える。


 けれど――。


「ゲームで知っていた」


 そんなことを言えるはずもない。


「あなたのお兄さんから聞いたのよ」


「お兄ちゃんから……?」


「ええ」


 私は頷く。


「キルザ・アショルから」


「…………」


 少女はしばらく私を見つめる。


「お兄ちゃんの……知り合い?」


「そうよ」


 私は自然に答えた。


「あなたのことも聞いているわ」


「…………」


「だから、あなたの名前も知ってる」


「そっか……」


 少女の表情から、少しだけ警戒が消えた。


「そこまで知ってるなら……知り合いなのね」


「ええ」


 私は笑った。

少女は少し安心したように布団へ身体を預ける。


 それから――。


「でも……」


「ん?」


「お兄ちゃんに、こんな綺麗な知り合いいたなんて聞いてないけど……」


「…………」


 一瞬、言葉に詰まる。


 そして――。


「ふふっ」


 私は思わず笑った。


「それは、お兄さんに聞いてみたら?」


「うん」


 少女も小さく笑った。


 それから――。

私たちは、しばらく話をした。


 この集落のこと。

学園のこと。外の世界のこと。


 私は適当に話を合わせながら、キルザについては余計なことを言わないようにした。

なぜ彼がここに住んでいるのか。何をしている人間なのか。


 それは――。

まだ知らないことにしておく。


 少なくとも、この少女の前では。


「…………」


 気づけば。

窓の外は、すっかり暗くなっていた。


「もう夜ね」


「うん」


 ラベンが窓を見る。


「お兄ちゃん、そろそろ帰ってくると思う」


「そう」


 私は椅子に座ったまま、扉を見る。


「…………」


 待つ。

ただ、待つ。


 そして――。


 ギギッ。


 古びた扉が――。


 ゆっくりと開いた。

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