廃墟
カリバー学園では、五日間学校へ通い、二日間休みになる。
土曜日と日曜日がこの休みである。
ゲームの中でも、この二日間は貴重な時間だった。
攻略対象と街へ出かけたり。学園で勉強したり。
イベントを探したり。
何もしなければ、何も起こらない。
逆に言えば――。
自分から動けば、何かが起こる。
だからこそ。
この二日間をどう使うかは重要だった。
そして今回。
私には、行かなければならない場所がある。
――廃墟。
キルザ・アショルと出会う場所。
問題は。
ここがゲームではないということだった。
ゲームなら、マップが表示され、休日になれば行きたい場所を選ぶだけでいい。
街へ行く。学園へ残る。イベントへ向かう。
そんな選択肢が、画面に表示される。
けれど――。
現実には、そんな便利なものはない。
廃墟へ行くなら。そこまでの道を調べて。
馬車を用意して。
実際に移動しなければならない。
「…………」
しかも。
廃墟は、かなり遠い。
歩いていくなんて論外。
私一人で馬車を用意するのも難しい。
だったら――。
「ナイナね」
私はそう呟いた。
すぐに手紙を書く。余計なことは書かない。
『二日後の学校が終わる時間に、廃墟へ向かう手はずをお願い』
それだけ。
場所については、ゲームの中で覚えていた情報を書いておいた。
ナイナなら、それで十分だろう。
私は手紙を封筒へ入れる。
そして――。
ナイナへ送った。
◇
二日後。
学校が終わる。
生徒たちは、それぞれ帰路についていく。
私も校門へ向かった。
「…………」
明日から二日間は休み。
この世界では、それが当たり前だった。
けれど――。
前の世界では違った。
土曜日。日曜日。
世間では休日と呼ばれている日。
私は、普通に仕事をしていた。
朝から出勤して。
平日と変わらない仕事をして。
帰る頃には、もう夜。
「…………」
休日なのに。休んだ記憶なんて、ほとんどない。
むしろ。休んでいる人たちを横目に、働いていた。
……嫌な記憶だ。
「まあ……」
私は小さく息を吐く。
「今は関係ないわね」
そう呟いて、校門の外へ目を向けた。
すると――。
「あ」
小さな馬車が一台、こちらへ向かってきた。
馬車が私の前で止まる。
「エラーラ様!」
御者席にいたナイナが、こちらへ駆け寄ってくる。
「遅くなって申し訳ありません!」
「……ちゃんと来るか不安だったわ」
「本当に申し訳ありません!」
「いいわ。とりあえず、乗りましょう」
「はい!」
私は馬車へ乗り込む。ナイナも御者席へ戻った。
「それでは、出発しますね」
「お願い」
馬車が動き出す。
カタ。
カタ。
カタ。
夕暮れの道を、馬車が進んでいく。
「…………」
しばらくして。私は、ふと気づいた。
「……というか」
「はい?」
「なぜあなたがまだ馬車を引いてるのよ」
「…………」
ナイナが少しだけ黙る。
「……それは」
「あなた、ずっと私のところまで来て、今度はそのまま廃墟まで行くつもりでしょう?」
「はい」
「なんで?」
「慣れちゃいましたから……」
「慣れちゃいましたから、じゃないわよ」
私は呆れてしまう。
「ウィクス家、少しは余裕が出てきたんでしょう?」
「まあ……少しは」
「だったら馬車の使用人くらい雇いなさいよ」
「…………」
「なんで貴方がやってるのよ」
「それは……」
ナイナは少し考えてから。
「私以外がやるのは、問題では?」
「…………」
「その……」
「何?」
「エラーラ様をお迎えに行くのに、他の者を使うのもどうかと思いまして」
「…………」
私は少しだけ目を細める。
「……あなた」
「はい?」
「私の正体を知ってから、言うようになったね」
「…………」
ナイナは少しだけ笑った。
「そりゃ、悪ですからね。私も」
「…………」
私は思わず黙る。
そして――。
「ふふっ」
小さく笑った。
「随分と染まったものね」
「エラーラ様のせいですよ」
「私のせい?」
「はい」
「……まあ、否定はしないわ」
馬車は、そのまま進んでいく。
カタ。
カタ。
カタ。
「それで」
しばらくして、ナイナが口を開いた。
「エラーラ様」
「何?」
「一つ、気になっていたことがあるのですが」
「何かしら?」
「なぜ、廃墟なのでしょうか?」
「…………」
私は少しだけ考える。
ナイナからすれば、当然の疑問だろう。
わざわざ休日を使って。馬車まで用意して。
向かう先が――廃墟。
「ま」
私は窓の外を眺めながら答えた。
「新しい武器の調達、といったところかしら」
「…………武器、ですか?」
「ええ」
「廃墟に武器があるのですか?」
「そういうことじゃないわ」
「……?」
ナイナが首を傾げる。私は小さく笑った。
「そのうち分かるわ」
「…………」
「今は、それだけ分かっていればいいの」
「はい」
ナイナは、それ以上聞かなかった。
少ししてから。
「そういえば」
私は前を向いたまま尋ねる。
「ウィクス家はどうなの?」
「まあ、順調ですね」
「そう」
「トニック様に比べたら、まだまだですけど」
「まあ、あの人と比べるのは酷でしょう」
「そうですね」
ナイナが小さく笑う。
「アルゴー様も頑張っておられますよ」
「……そう」
父親の話を聞いて、私は少しだけ黙った。
「前よりは、良くなってる?」
「はい」
「事業の方は?」
「そちらも少しずつですが」
「そう」
私は窓の外を見る。
夕暮れの景色が、ゆっくりと流れていく。
少し前までなら。
こんな話を聞く余裕なんてなかった。
けれど――。
今は。
「それで」
私は再び尋ねる。
「どれくらいで着くの?」
「計算では……明日の昼には着くかと」
「明日の昼?」
「はい」
「……遠いわね」
「廃墟ですからね」
「それもそうか」
私は背もたれに体を預ける。
馬車は変わらず進んでいく。
カタ。
カタ。
カタ。
その揺れが、妙に心地よかった。
「…………」
……眠い。
今日は学校が終わってから、そのまま馬車に乗った。
明日の昼まで移動。
そして、廃墟に着く。
思っていた以上に――。
体力が必要らしい。
「…………」
私は目を閉じる。
少しだけ。本当に少しだけ休むつもりだった。
けれど――。
◇
「エラーラ様」
「…………」
「エラーラ様」
「ん……」
私はゆっくり目を開けた。
「着きましたよ」
「…………もう?」
寝ぼけたまま、馬車から降りる。
そして――。
「…………」
目の前に広がる光景を見た。
崩れた壁。伸び放題の蔦。
長い年月、誰も使っていないことが一目で分かる。
周囲には人の気配もない。
ただ、静かな森の中に。
ぽつんと、古びた廃墟が残されていた。
「……本当に、ゲーム通りだ」
思わず呟いた。その時。
「エラーラ様?」
ナイナが馬車から降りて、こちらへ来ようとする。
「……ナイナ」
「はい?」
「あなた、ずっと馬車を走らせていたのでしょう?」
「ええ、まあ……」
「だったら、少し休みなさい」
「ですが――」
「私は一人で大丈夫よ」
「…………」
ナイナは少し迷ったあと。
「……分かりました」
「ここで待っていて」
「はい、エラーラ様」
私はもう一度、廃墟を見る。
「…………」
さて。ここからだ。
まだ会ったことのない攻略対象。
キルザ・アショル。
待ってなさい。




