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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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ケーキ

 私は、しばらくアンラを見つめていた。

いつもなら昼休みになっても、教室の机に突っ伏して寝ている。


 それなのに。今日は食堂にいる。


「…………」

 

 何かあったのだろうか。

私は少しだけ警戒しながら、アンラの向かいの席に座った。


「あなたがここにいるなんて、珍しいじゃない」


「…………」


 返事がない。


「アンラ?」


「…………」


 もう一度呼ぶ。それでも反応がない。


「…………?」


 私はアンラの視線を追った。


 そして――。


「…………」


 納得した。アンラの視線の先。

そこには、ショーケースに並べられたケーキがあった。


 一つは白いクリームのケーキ。


 もう一つは――。


「チョコレート……」


 アンラが呟いた。その目は。

いつもの眠そうな目とは、明らかに違う。


「…………」


 輝いている。


(……なるほど)


 私は小さく息を吐いた。


(ケーキが目的だったのね。そういえば、ゲームの設定資料にも

 アンラはチョコが好きって書いてあったっけ……)


「今日はチョコのケーキが出てくる日なんだ」


「うん」


 即答だった。


「…………」


 どうやらアンラは、今日が何の日なのかを昨日から把握していたらしい。

普段は授業を寝過ごすくせに。こういうことだけは妙にしっかりしている。


「一つ星なのに、二種類あるのね」


「うん」


「クリームとチョコがあるわね」


「チョコ」


「まだ選択肢を言い終わってないんだけど」


「チョコ」


「…………」


 そこまでなの?私は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、私もチョコにするわ」


「……さすが、同居人」


「何よ、それ」


 アンラは満足そうに頷いた。

私たちはそれぞれケーキを受け取り、席へ戻る。


「いただきます」


「いただきます」


 フォークを入れる。

柔らかなスポンジが、ほとんど抵抗なく切れた。


 その上には、たっぷりのチョコレートクリーム。口へ運ぶ。


「…………」


 ふわり。最初に感じたのは、スポンジの軽さ。


 その直後。濃厚なチョコレートの甘さが、口いっぱいに広がった。


 甘い。


 けれど――。


 ただ甘いだけではない。ほんの少しだけ苦みがある。

それが甘さを引き締めている。クリームは滑らかで。

舌の上でゆっくり溶けていく。

鼻に抜けるチョコレートの香りも心地いい。


「…………」


 私は、もう一口食べた。


 ……美味しい。あまりにも美味しい。

この世界で、私は色んな甘いものを食べてきたわけではない。

だから、これが一番だなんて比較はできない。


それでも――。


このケーキは。なんだか、特別な味がした。


 ふと。そんな感覚が胸の奥に浮かぶ。


 まるで――。


 私が赤ん坊だった頃。

初めて誕生日にケーキを食べた時のような。


何も知らない子供が。初めてこんな甘いものを口にして。

世界には、こんなに美味しいものがあるのかと驚くような。


「…………」


 私は、しばらくケーキを見つめた。


(……いや)


(そんな記憶、一切ないんだけど)


 当然だ。赤ん坊の頃の記憶なんて残っていない。

前の世界の私が初めてケーキを食べた時のことだって、覚えていない。


 なのに。どうしてか。そんな気がする。


(……まあ)


(それくらい美味しいってことね)


 私は勝手に納得した。そして、もう一口。


 ぱくっ。


「…………」


 美味しい。あまりにも美味しい。


 そして――。


 ふと。嫌な予感がした。


(……待って)


(この世界って……ゲームの世界よね?)


「…………」


 私はゆっくりと周囲を見渡す。


 右。左。後ろ。


 何もない。


 ノイズは――。


(……ない)


 ……だが。危険だ。


(これはおそらく……)


私は再びケーキを見る。


(このケーキを使って、私をゲームに取り込もうとしているに違いない!)


「…………」


 そうだ。そうに決まっている。

こんなにも美味しいケーキが、ただのケーキなわけがない。


 これは罠だ。きっと私を油断させるための――。


(だったら!)


 私はフォークを握り直した。


(あえて食べる!)


 ぱくっ。


「…………」


 美味しい。いや。違う!


(これは決して、おいしすぎて食べているわけではない!)


 もう一口。


 ぱくっ。


(決して!)


 さらに一口。


 ぱくっ。


(そんなことはない!)


 私は必死に自分へ言い聞かせる。


(あえてだ!)


 そう。あえて。


(いつ取り込まれても大丈夫なように……)


 ぱくっ。


(耐性をつけるため!)


 ぱくっ。


(そう! これは訓練よ!)


 ぱくっ。


(決して――)


 私は一瞬、フォークを止める。


(おいしすぎて食べているわけではない!)


 ぱくっ。


「…………」


 気づけば。

皿の上に残っていたケーキは、ほとんどなくなっていた。


 その時。


「エラーラ」


「……何?」


「そんなにおいしかったの?」


「…………」


 私は固まった。

アンラは不思議そうに私を見ている。

私はゆっくりとフォークを置いた。


「……これは訓練よ」


「…………?」


「取り込まれないために」


「…………」


 アンラは、しばらく私を見つめた。


「……よく分からない」


「…………」


 私もよく分からない。


 でも。

これは必要なことなのだ。


 たぶん。きっと。


「でも、美味しいよね」


 アンラが自分のケーキを見ながら言った。


「…………」


 私は少しだけ目を逸らす。


「……そうね」


 そして。


 最後の一口を食べた。


(……美味しい)


 そんなことを考えていると。


「……エラーラ」


「何?」


「休日はどうするの?」


「…………」


 唐突だった。


「……急ね」


「そう?」


「そうよ」


 私は少し考える。


 そういえば――。

もうすぐ休日だった。


「三日後、よね?」


「うん」


「特に……決めてないわ」


「ふーん」


 アンラは頬杖をつきながら、こちらを見る。


「どこか行かないの?」


「どこかって……」


 私は少し考える。


 ゲームでは、休日になると行動を選択できた。

学園に残って勉強することもできる。

街へ出ることもできる。


そして――。


 攻略対象を誘うこともできた。


「…………」


 私は、ふと攻略対象たちの顔を思い浮かべる。


 ジョミナー。


 セレブス。


 ウィザー。


 そして――。


「…………」


 そこで、私は眉をひそめた。


(……あれ?)


 三人。いや。

違う。もう一人いる。


「…………」


 私は記憶を探る。

ゲームに登場した攻略対象。


 四人。


 ジョミナー・オーサー。


 セレブス・ノーブル。


 ウィザー・マルシク。


 そして――。


「……キルザ」


ぽつりと名前が漏れた。


「ん?」


「……なんでもないわ」


 私はすぐに口を閉じた。


キルザ・アショル。


 攻略対象の一人。


まだ、この世界で一度も会っていない男。


ゲームでは――。


 攻略するのが、かなり面倒だった。

普通に学園生活を送っているだけでは出会えない。

休日に特定の場所へ行く必要がある。


 その場所は――。


「……廃墟」


 私は小さく呟いた。


 そう。廃墟だった。

ゲームでは、その廃墟へ何度も足を運んだ。


 けれど。

なかなか会えない。


 運が悪ければ何も起こらない。

別のイベントが発生することもある。

酷い時には、ただ時間を無駄にする。


(……本当に面倒だった)


 何度もロードして。

何度もやり直して。


ようやく出会えた時には――。


 思わず「やっとか」と画面に向かって呟いたくらいだ。


 でも。今は違う。


 セーブも。ロードも。

やり直しもない。


 一度きり。


 だからこそ――。


(運に頼るわけにはいかない)


 私は静かに考える。ゲームで知っていた。

キルザがどこに現れるのか。どういう条件で遭遇するのか。

何をすれば、彼と接触できるのか。


 それだけは――。

私がこの世界で持っている知識だ。


「…………」


 そして。もう一つ。

キルザは――暗殺者だった。


(使える)


 そう思った。

真っ先に浮かんだのは、そんな言葉だった。


 恋愛対象?攻略対象?

そんなことは、どうでもいい。


 今の私に必要なのは――。


 ジョミナーへの対策。

あいつは、私を疑っている。

ロインのそばにいる。


 そして。

私がロインに近づけば、必ず邪魔をしてくる。


 なら――。


(キルザを使えば)


 何かが変わるかもしれない。

私はゆっくりと立ち上がった。


「……決めた」


「何を?」


 アンラがこちらを見る。


「休日にすること」


「へえ」


 私は答えた。


「ちょっと、あるところに行ってくるわ」


「…………」


 アンラが瞬きをする。


「あるところ?」


「ええ」


「何しに?」


「まぁ、別にいいじゃない」


「そうだけど……」


 私はそれ以上、何も言わなかった。

ただ。頭の中では、もう次の計画が始まっている。


 キルザ・アショル。


 まだ出会っていない攻略対象。


 そして――。


 今の私にとっては。新しい駒。


 私は小さく笑った。

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