光
「終わったー……」
アンラが箒を壁に立てかける。
「疲れた……」
「あなた、ほとんど何もしてないでしょう」
「してたよ」
「何を?」
「応援」
「…………」
私は呆れてアンラを見る。
「応援って、誰を?」
「掃除してる人」
「それは掃除してないわよ」
「でも、頑張れって思ってた」
「…………」
相変わらずだ。
できることなら寝ていたい。
それがアンラ。
「じゃあ、帰ろ」
「うん」
アンラはそう言うと、さっさと教室を出ていった。
私は少し遅れて、その後を歩く。
そして――。
廊下の途中で足を止めた。
「…………」
昨日のことを。改めて考える。
建国記念日のパーティー。
私が立てた計画。ロインをあの場所へ誘導する。
会場を暗くする。
そして――。
シャンデリアを落とす。
やりたかったことは、すべてできた。
物事は、すべて計画通りだった。
ただ一つを除いて。
「…………」
ロインを殺せなかった。
(あの時……)
(ロインを殺しておければ)
そうすれば。
私の目的は終わっていた。
これ以上、ロインを追う必要もない。
次の計画を考える必要もない。
なのに――。
あの瞬間。
私は確かにロインを見た。
その後に――。
「ザザッ」
そして。
そこにいたのは、フレンだった。
「…………」
あれは何だったのか。考えても答えは出ない。
今すぐ次の計画を立てるのも難しい。
ならば。まずは情報が必要だ。
次に起こるイベント。
ロインがこれから、どう動くのか。
ゲームではどんな展開が待っていたのか。
私は、もう一度整理する必要がある。
「……あの場所に行ってみるか」
そう呟き、私は歩き出した。その時だった。
「あれ」
「…………」
後ろから声がする。
「エラーラ、どこ行くの?」
振り返る。
アンラだった。
「…………」
なぜ。
「あなたには関係ないでしょ」
「そう?」
「そうよ」
「でも、なんか違和感がある」
「…………」
アンラが私を見る。いつもの眠そうな顔。
なのに。なぜか。
その目だけは、私を覗き込むようだった。
アンラは小さく頷いた。
「それが知りたくなったの。 それに――」
「……それに?」
私は尋ねる。
アンラは少し考えて。
「同居人だし」
「…………」
(やっぱり意味が分からない!)
(ゲームの時から意味分からなかったけど!)
どうしてこの子は、こういう時だけ妙に理屈が通っているようで通っていないのだろう。
私はため息をついた。
そして。
アンラを連れて、ある場所へ向かった。
目的地は――。
「ここって……医務室?」
「そうよ」
医務室。おそらく。
ここにロインがいる。
昨日、フレンはここへ運ばれた。
ロインも一緒についていった。
ならば――。
様子を見ておきたい。
私は扉へ近づく。その瞬間。
「…………」
また。私の前に男が立っていた。
ジョミナー・オーサー。
「……やはり来たか、エラーラ」
「どういう意味?」
ジョミナーは私を睨む。
「今、医務室ではロインがフレンの看病をしている」
「…………」
「そこに付け込もうとしたんじゃないか?」
(ジョミナーのくせに……)
(妙に鋭いじゃない)
私は内心で舌打ちする。
(今回は様子を見るだけだったのに)
けれど。
この男は――。
私が犯人だと、完全に思っている。
(まあいいわ)
(ここにロインがいるってことは……)
それだけ。
フレンのことを、ロインは気にしているということ。
昨日のことは。
きっと、ロインの中にも大きな傷を残している。
(それを確認したかっただけ)
なのに。このチン騎士が。
「……なんだ、その目は?」
ジョミナーが一歩近づく。
「お前には、まだあの時の話が残っている」
「…………」
「さあて――」
声が荒くなる。
「話を聞こうか」
「…………」
「あの時、何をしたのかを!」
ジョミナーが詰め寄った。
その時。
「…………」
隣から。小さな声が聞こえた。
「……エラーラ」
「え?」
アンラだった。
何かをぶつぶつと唱えている。
「ちょっと、アンラ――」
次の瞬間。
パァアアアア――。
辺りが、一気に光に包まれた。
「――っ!?」
「なんだ、この呪文は!」
ジョミナーが腕で顔を覆う。
「エラーラ」
「…………」
「こっち」
「え?」
アンラが私の腕を掴む。そのまま。
私は引っ張られた。
「ちょっと――」
気づけば。私たちは医務室から離れた場所まで来ていた。
「…………」
私はアンラを見る。
(……私)
(アンラに助けられたの?)
「助けてくれたのね。あなたが」
「まぁね」
アンラは淡々と答える。
そして。
「でも」
「…………?」
「実は、聞きたいことがあって」
「…………」
まあ。この子が人を助けるなんて。
何か理由があるに決まっている。
「なにかしら?」
アンラは少し考えてから、口を開いた。
「パーティーのことで、気になることがあって」
「…………」
「別に、シャンデリアが落ちたことは気にしてないんだけど」
「…………」
「その前のことが、どうしても気になって」
(まずい……)
私は表情を変えないようにする。
(そこには気づかないでほしいと思ってた)
特に――。
このアンラには。
「どうやって、あたりを真っ暗にしたんだろうって」
「…………」
心臓が。一瞬だけ、大きく鳴った気がした。
「ちょうど私も、そういう魔法の研究をしてたんだよねー」
「…………」
やっぱり。そういうことか。
私は以前。
アンラの本から、真っ暗にする魔法の術式を書き写した。
そして。
それを手紙に書いて、ナイナに似たものを用意してもらった。
そもそもの発想は。
アンラが、暗闇を作る魔法を研究していると言っていたことだった。
だから――。
(やっぱり)
(疑われる……?)
私はアンラを見る。けれど。
アンラは、いつもの眠そうな顔をしていた。
私を疑っているようには見えない。
ただ。純粋に。
知りたがっている。
「…………」
それが。逆に怖かった。
「いやぁ、単純にすごい偶然って凄いなぁと思って」
「…………」
ん?
これは――もしかして。
「私が開発している魔法と、ほぼ一致していて」
アンラは楽しそうに続ける。
「だから、その時の状況を聞こうと思って」
「…………」
私はアンラを見る。
どうやら――。
疑われてはいない。
(……なんだ)
(全く、もう)
私は内心でほっと息を吐いた。
「エラーラ、聞かせて!」
「……何を?」
「どんな感じに真っ暗になったか」
「知らないわよ」
「…………」
アンラが私を見る。
「エラーラ」
「なによ」
「ジョミナー呼んでこようか?」
「…………」
「昨日のこと、詳しく知ってそうだし」
「くっ……」
この子。こういうところだけ妙に強い。
「……分かったわよ」
私は仕方なく口を開いた。
ただし。なるべく詳しく言わないように注意する。
「最初は、普通に明るかったわ」
「うんうん」
「それが少しずつ暗くなっていって……」
「ほうほう」
「その後、大きな音がしたの」
「大きな音?」
「ええ。何かが落ちたような音」
「ふーん」
「そして、しばらくして明るくなった」
「なるほど……」
アンラは腕を組む。
しばらく考えて――。
「多分、魔法じゃない」
「…………」
「魔法そのものじゃなくて、魔法を応用したものとか……」
「…………」
「それか、似た効果を出せる何かを使ったのかも」
「…………」
アンラが指を一本立てる。
「それで徐々に暗くなって……」
「…………」
「何かのきっかけで効果が切れて、明るくなった」
「…………」
(すごい……)
正直。アンラのことを、すごいと思った。
私はただ、急に部屋が少しずつ暗くなった。
大きな音がした。シャンデリアが落ちた。
そして――そこにフレンが倒れていた。
それくらいしか話していない。それなのに。
暗くなった部分については。
ほとんど私がやったことと同じところまで辿り着いている。
(ここまで分かるの……?)
私は改めてアンラを見る。すると。
「うん!」
アンラが突然、嬉しそうな声を上げた。
「やっぱり、私が開発していた魔法そのものだ!」
「…………」
「でもね」
アンラは少し困ったような顔をする。
「私の魔法、見ました?」
「……何を?」
「真っ暗にしようと思ったら――」
アンラが両手を広げる。
「ピカッて光るの」
「…………」
「全然、真っ暗にならないの」
「…………」
(……それはそうでしょうね)
私は心の中で呟く。アンラの魔法は。
私が実際に使ったものとは、正反対だった。
「……それって」
私はアンラを見る。
「さっき、私を逃がしてくれた魔法のこと?」
「そう」
アンラが頷く。
「全く逆なの」
「…………」
確かに。真っ暗とは程遠い。
むしろ、目がくらむほどの光だった。
けれど――。
「あなたの魔法は役に立ったわ」
「…………」
「おかげで助かったもの」
アンラは少しだけ目を丸くした。
「だったら……」
そして。嬉しそうに笑う。
「よかったの……かな?」
「ええ」
私は頷いた。
(えぇ、そうよ)
(今回の件と――)
そして。
(パーティーの件の、二重の意味でね)
私はそう思いながら、アンラを見る。
けれど。その瞬間。
「…………」
アンラが、じっと私を見つめていた。
「……何よ?」
「ううん」
アンラは首を横に振る。
「なんでもない」
「…………?」
私は少しだけ眉をひそめた。
けれど。アンラはそれ以上、何も言わなかった。




