イベント後
パーティ会場から少し離れた場所。
私はナイナと並んで、騒然とした会場を眺めていた。
まだ生徒たちは慌ただしく動き回っている。
床には散らばった破片。
倒れた椅子。片付けられていない料理。
ついさっきまで華やかだった会場は、見る影もなかった。
「…………」
ナイナが会場を見つめる。
そして――。
「ところで」
「…………?」
「エラーラ様が言っていた『悪』とは……」
ナイナは少しだけ首を傾げた。
「今回のパーティをめちゃくちゃにすることだったのですか?」
「…………」
私は会場を見る。
「今回は失敗よ」
「失敗なのですか?」
ナイナが驚いたように聞き返す。
「こんなにめちゃくちゃにしておいて……」
「ええ」
「だったら――」
ナイナが私を見る。
「エラーラ様の『悪』の目的とは?」
「…………」
私は小さくため息をついた。
「あなたも察しが悪いわね」
「申し訳ありません……」
「私が、あの暗闇にするとき」
私はナイナを見る。
「誰を呼んできてと言ったか、覚えているかしら?」
「…………」
ナイナは少し考える。
そして――。
「……ロイン様ですか?」
「そうよ」
私は笑った。
「私の目的は――」
一度、言葉を止める。
「ロイン・デルフォルを殺すこと」
「…………」
ナイナの顔から、表情が消えた。
「そんなっ……」
「なに?」
私は首を傾げる。
「今更、怖気づいた?」
「…………」
「私の『悪』は――」
私は会場へ視線を戻す。
「ロインを殺して、初めて完遂する」
「…………」
「私は、そう心で確信しているわ」
「エラーラ様……」
「なによ」
ナイナは少しだけ俯いた。
けれど――。
「まさか……」
顔を上げる。
「そこまでのことをするとは思いませんでした」
「…………」
「ですが」
ナイナは、まっすぐ私を見る。
「私はエラーラ様に仕える者です」
「…………」
「あなたについていきますよ」
そして。
「あなたの『悪』に」
「…………」
私は少しだけ目を細めた。
「それに――」
ナイナは会場を見る。
「今回のことは、ただの失敗ではないと思います」
「ただの失敗ではない?」
私はナイナを見る。
「どういうことかしら?」
「ロイン様とフレン様の関係について、私はあまり詳しくありません」
ナイナはゆっくりと言葉を選ぶ。
「ですが……」
会場の向こう。
フレンが運ばれていった方向を見る。
「フレン様が怪我をして」
「…………」
「あんなにもロイン様は泣いていらっしゃった」
ナイナが小さく息を吐く。
「それだけのことがあったのです」
「…………」
「ならば――」
ナイナは私を見る。
「ロイン様の心は、深く傷ついたと考えられませんか?」
「…………」
私は黙って考える。確かに。
ロインはフレンを大切にしている。
あの時の泣き方を見れば、それくらいは分かる。
フレンが自分を庇って傷ついた。
あの光景は――。
きっと、簡単には忘れられない。
「……確かに」
私は小さく呟いた。
「そう考えれば――」
私は会場を見渡す。
「今回の失敗は……」
少しだけ口元が上がる。
「大いなる失敗になるわね」
「…………」
ナイナは何も言わなかった。
ただ、私の隣に立っていた。
やがて――。
会場の騒動も、少しずつ収まっていった。
生徒たちが片付けを始める。教師たちもそれぞれ動き始める。
もう、私たちがここにいる必要はない。
「ナイナ」
「はい」
「あなたは、とりあえず家に帰りなさい」
「…………」
「また何かある時は、手紙でも送るわね」
「分かりました」
ナイナが頷く。私は少しだけ笑った。
「家にあなたがいないと――」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「あのウィクス家も心配ですもの」
「…………」
ナイナが少しだけ笑う。
「そうですね」
「じゃあ、気をつけて帰りなさい」
「はい、エラーラ様」
ナイナは一礼すると、その場を離れていった。
「…………」
私はその背中を見送る。
そして――。
一人になった私は、もう一度パーティ会場を見た。
「…………」
失敗。確かに、失敗だった。
でも――。
(大いなる失敗、ね)
私は小さく笑った。その日の夜。
パーティの騒動は、ようやく終わった。
そして――。
――翌日。
私はいつも通り、教室へ向かっていた。
昨日のパーティの騒ぎは、学園中に広がっているらしい。
廊下を歩いていると、生徒たちの話し声が聞こえてくる。
「昨日のこと聞いた?」
「シャンデリアが落ちたんだって」
「怪我した人もいるらしいよ」
「誰が怪我したの?」
「確か……」
「…………」
私は何も聞こえなかったふりをして、そのまま歩く。
そして――。
三階にある教室へ入った。
「おはようございます」
いつも通り。何も変わらない朝。
……のはずだった。
教室の中でも、昨日の事件について話している生徒が何人もいる。
「昨日、大変だったよな」
「うん。突然シャンデリアが――」
「でも、あれ誰のせいなんだろう」
「さあ……」
「…………」
私は自分の席に座る。
そして、何食わぬ顔で机の上を見る。
やがて。
教室の扉が開いた。
「すまない。少し遅れた」
ウィザーだった。
「…………」
教卓へ向かうウィザーを見ていると――。
「先生が遅れるなんて珍しいー」
隣から声がした。
「…………」
いつの間にいたのだろう。
アンラが頬杖をつきながら、ウィザーを見ている。
ウィザーなら、普段ならすぐに注意するはずだ。
けれど――。
「そうか」
ウィザーはアンラを見る。
「アンラ。お前は昨日のカリバー学園建国記念日のパーティーにいなかったのだな」
「…………?」
アンラが首を傾げる。
「なにかあったんですかー?」
「ああ」
ウィザーは教卓の上に教材を置いた。
「この話をするように言われてな。少し遅れたのだ」
「へー」
アンラは興味なさそうに返事をする。ウィザーは教室を見渡した。
「昨日の出来事を知らない生徒もいるだろう」
教室が静かになる。
「昨日、カリバー学園建国記念日のパーティーが行われた」
「…………」
「その最中――」
ウィザーが続ける。
「天井に設置されていたシャンデリアが落下した」
「…………」
「その事故によって、怪我を負った者もいる」
(……フレンのことね)
私は心の中で呟いた。
昨日。
目の前で見た。
フレンがロインを庇って――。
「…………」
私は視線を落とす。
ウィザーは淡々と話を続けた。
「幸い、命に関わるような事態ではない」
教室のあちこちから、ほっとしたような息が漏れる。
「だが、学園としても軽視できる問題ではない」
「…………」
「そのため――」
ウィザーは黒板へ向かう。
「本日の授業は、午前のみとする」
「やったー」
アンラが嬉しそうに声を上げた。
「…………」
ウィザーが振り返る。
「何を喜んでいる」
「午後休みなんでしょ?」
「違う」
「…………?」
「一つ星の生徒は、午後からパーティー会場の清掃を手伝うように」
「…………」
アンラの顔から笑顔が消えた。
「えー……」
「文句があるか?」
「あります」
「聞かん」
「…………」
アンラが机に突っ伏す。
「寝てていい?」
「駄目だ」
「…………」
「午後も働け」
「先生きらい」
「昨日も聞いたぞ」
「…………」
私は思わず、口元を押さえた。
(……ふっ)
昨日の事件の話をしているというのに。
いつもと変わらない。
アンラも。ウィザーも。
この学園も。
まるで何事もなかったかのように、今日が始まっている。
けれど――。
(私は知っている)
昨日の出来事が。ただの事故ではないことを。
そして。
その原因を作ったのが――。
私だということを。
そして――。
午前の授業が終わった。
私たち一つ星の生徒は、昨日のパーティ会場へ向かうことになった。
昨日まで華やかだった会場は、すっかり様子が変わっている。
散らばった破片。倒れた椅子。汚れた床。
生徒たちはそれぞれ掃除道具を持ち、黙々と片付けを始めていた。
「…………」
私も箒を手にする。
そして――。
ふと、昨日のことを思い出した。
(……あの時)
私は、シャンデリアを落とした。
狙いは――ロイン。
確かに、あの時。
シャンデリアの下にはロインがいた。
私は――。
ロインが押し潰されたと思った。
なのに。その直後。
「…………」
一瞬だけ。
頭の中を、あのノイズが走った。
――ザザッ。
そして。
次に見えたのは――。
ロインではなく。フレンだった。
(…………)
どうして?あの一瞬。
何が起こったの?
考えても答えは出ない。
ただ。確かに私は見た。
ロインがそこにいた。
それなのに――。
「ちょっと、エラーラさーん」
「…………」
「掃除、さぼらないでくださーい」
「…………」
声に気づいて、私は振り返る。
アンラが箒を持ったまま、こちらを見ていた。
「フフフ」
私は笑って誤魔化す。
「ごめんなさい」
「…………エラーラ」
アンラがこちらへ近づいてくる。
「なに?」
すると。アンラが私の顔を覗き込んだ。
「なにか楽しいことあったの?」
「…………」
「こんなめんどくさいこと押し付けられてるのに」
「…………」
私は固まった。
(…………怖い)
アンラ。たまに。
本当に妙に鋭いことを言う。
私はアンラの顔を手で押しのけた。
「ちょっと」
「んー?」
「授業より、掃除のほうがよかったと思ってたところよ」
「そか……」
アンラは素直に引き下がる。けれど。
「でも……」
「…………?」
「なんか今まで見た表情とは違った気がしたんだけど」
「…………」
私は一瞬、言葉を失った。
(妙に今日は絡んでくるな……)
いつものアンラなら、掃除なんて適当に済ませて、どこかで寝ようとするはずなのに。
今日はやけに私に絡んでくる。
「あなたも」
私は話題を変える。
「授業より掃除のほうがいいでしょ?」
「え」
アンラが目を丸くする。
「どっちも嫌だけど」
「…………」
「…………」
私はアンラを見る。アンラも私を見る。
そして――。
「あぁ」
私は小さく息を吐いた。
(そういえば、こういう子だったわ)
妙に鋭いことを言ったかと思えば。
次の瞬間には、いつものアンラ。
授業も嫌。掃除も嫌。
できることなら寝ていたい。
それがアンラ・ダグネスだ。
「…………」
なんだか。少しだけ安心した。
「ほら、手を動かしなさい」
「はーい」
アンラは気の抜けた返事をして、再び掃除を始めた。
私はその隣で箒を動かす。
昨日のことを考えるのは――。
今はやめておこう。答えは、まだ分からない。
ただ。あのノイズが何なのか。
そして――。
なぜロインがフレンに変わったのか。
いつか、きっと分かる。そう思いながら。
私は黙々と掃除を続けた。
――そして。
午後の清掃は、何事もなく終わった。




