計画実行
「何ってパーティーよ」
私はそう言って、ナイナから袋を受け取った。
中身を確認する。
……大丈夫。
頼んだものは、ちゃんと揃っている。
これなら問題ない。私は袋を閉じると、何食わぬ顔でパーティ会場へ視線を向けた。
会場には、普段の学園とは違う空気が流れていた。
生徒たちはいつもの制服ではなく、少しだけ特別な服装。
教師たちも普段よりきちんとした格好をしている。
豪華な料理が並び、音楽が流れ、そこかしこで楽しそうな声が聞こえていた。
普段の学園なら、こんな光景を見ることはない。
授業を受けて。昼食を食べて。また授業を受けて。
寮へ帰る。そんな毎日。
けれど、今日は違う。
学園全体が、少しだけ浮かれている。
「建国記念日……ね」
カリバー学園の建国記念日。
ゲームでも、こんな感じだった。
『恋する姫と終わらない奇跡』。
その中でも、毎年恒例のイベント。
攻略対象たちとの会話をして、好感度を上げる。
確か、やる気も上がったりする。ゲームでは何度も見た光景。
それが今、目の前にある。現実にある。
「……本当に、ゲームと同じね」
思わず呟いた。けれど。
ゲーム画面の向こう側から見ていた時とは違う。
料理の匂いも。音楽も。人の話し声も。全部、現実だった。
「そういえば……」
私は、ふと学園の設定のことを思い出す。
カリバー学園。
この学園が建てられた理由。
魔王が倒された後も、この世界に危機が訪れる可能性があるからだった。
魔王を倒した英雄――勇者カリバー。
彼が戦いの後、この学園を作った。
魔法。剣術。
そして、知識。
次に何かが起こった時、同じように世界を守れる人間を育てるため作られた学校。
ゲームの中では、そんな説明が最初に流れていた。
でも――。
実際にこの学園に来てみると、不思議な気分になる。
かつて魔王と戦った英雄が残した意思がこの学園に眠っている。
「……随分、立派なものを残したわね」
そんなことを考えていると――。
「エラーラ!」
突然、声をかけられる。
振り向くと、フレンがいた。
「何よ」
「似合ってるじゃない」
そう言って、私の服を見ながら笑う。
「……そう?」
「うん。いつもと雰囲気違うし」
フレンは楽しそうに言った。そして、会場の向こうを見る。
「ロインにも見せないの?」
「……ロインに?」
視線の先には、ロインがいた。
周囲の人間に笑顔を向けながら、楽しそうに話している。
「そうそう。せっかくだし!」
「……そうね」
私は少しだけ考えてから答えた。
「後で見せるわ」
「ほんと?」
「ええ」
――そのつもりはないけれど。
今は、そう答えておけばいい。
「じゃあ、絶対だよ!」
フレンはそう言って、別の生徒のところへ走っていった。
私はその背中を見送る。そして、会場を見回した。
豪華なシャンデリア。予定通りの場所。
人の流れ。出入口。教師たちの位置。
……うん。
覚えている。
ゲームでも見た通りだ。
「……問題ない」
小さく呟いた。
今回のパーティーに参加しているのは、私だけじゃない。
ロイン。フレン。ジョミナー。セレブス。ウィザー。
そして――ナイナ。
もちろん、学園長のケインもいる。
教師も生徒も多い。
この人数なら、少しくらい何かが起きても、すぐには誰が何をしたのか分からない。
……だからこそ。
私は、この場所を選んだ。その時だった。
ふと、気づく。
「……あれ?」
ナイナがいない。
さっきまで近くにいたはずなのに。
私は周囲を見回した。
すると――。
「いた」
少し離れたところ。
ナイナが料理を食べていた。
……いや。
食べているというより。かなり楽しんでいる。
「…………」
私は無言で近づいた。
「ナイナ」
「ん?」
ナイナが振り返る。
その手には飲み物。そして頬は、少し赤い。
「何してるの?」
「パーティを楽しんでおります!」
「……見れば分かるわ。でも、ナイナ。あなた私の従者でしょ? 私の傍を離れるなんて……」
「だって、今までウィクス家は貧乏でしたので」
「わ、悪かったわね」
思わず言い返してしまう。
……私のせいではない。
元のエラーラが悪いのだ。たぶん。
「十分楽しんだでしょう?」
「はい!」
即答だった。
「なら――」
私は会場の中央へ視線を向ける。
そこには、ロインがいた。
たくさんの生徒に囲まれながら、笑っている。
誰に対しても変わらない笑顔。
まるで――聖女。
私はナイナへ視線を戻した。
「あそこに、まるで聖女のような女性がいるでしょ?」
ナイナが私の視線を追う。
そして――ナイナは初めてロインを見る。
「……素敵な方がいますね」
「そうね」
私は頷く。
「知り合いですか?」
「そうね、ある意味。とっても知り合いよ」
私はロインを見ながら言った。
「名前はロイン」
そして、ナイナを見る。
「ここに呼んできて頂戴」
「はーい」
ナイナは少しふらつきながら立ち上がった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫ですよー」
……本当に大丈夫かしら。
ナイナはそのまま、ロインのもとへ向かっていった。
私はその姿を見送る。
◇
「ロイン様」
「はい?」
ロインが振り返る。
そこには、見覚えのない少女が立っていた。
「あら、あなたは?」
「ロイン様、初めまして」
ナイナは丁寧に頭を下げる。
「エラーラ様の従者のナイナと申します」
「エラーラ様の……?」
「はい」
ナイナは少し酔ったような笑顔を浮かべながら続ける。
「エラーラ様が、ロイン様をお待ちになっております」
「エラーラ様が?」
ロインは少し驚いたように目を瞬かせる。
けれど、すぐに頷いた。
「分かりました。案内してもらえますか?」
「もちろんです!」
ナイナはロインを連れて歩き出した。
その様子を、私は少し離れたところから見ていた。
……来る。予定通り。
けれど。
二人が私のいた場所まで来る、その直前。
私は――その場を離れた。人の少ない場所へ。
そして、物陰から二人の様子を確認する。
「……」
ナイナが辺りを見回した。
「……あれ? いない…」
「どうしたの?」
ロインが尋ねる。
「エラーラ様がいない……」
ナイナはきょろきょろと周囲を見回す。
「どこに行ったんだろ」
「エラーラ様……?」
ロインも辺りを見回す。
「少し待っててくださいね。エラーラ様を探してきます、ロイン様」
「えぇ。分かったわ」
ナイナはそう言って、その場にロインを残した。
そして――。
エラーラを探し始める。
「エラーラ様ー?」
私は、その声を聞いていた。
まだ。もう少し。
「エラーラ様ー?」
ナイナがこちらへ近づいてくる。
私は物陰から、ほんの少しだけ姿を見せた。
「あっ!」
ナイナが私を見つける。
「エラーラ様!探しましたよ!」
こちらへ向かってくる。私はその姿を確認した。
そして――。
小さく笑う。
「……さぁ」
私は、手の中にある小さな瓶を見る。中には、黒い液体が入っている。
「パーティーの始まりよ」
小さく呟いた。
そして――。
瓶を床へ落とした。
――パリン。
黒い液体が広がる。次の瞬間。
会場の明かりが、少しずつ失われていった。
「え?」
「な、何?」
「暗くなってる……?」
ざわめきが広がる。音楽が止まる。
人々の声が重なっていく。
そして――。
会場は、徐々に暗闇へと沈んでいった。
「――っ!」
私はすぐにナイナの手を掴んだ。
「こっちよ」
「え、エラーラ様!?」
そのまま、人の少ない場所へ引っ張る。
ナイナをここに残しておくわけにはいかない。
私は彼女を連れて、その場を離れた。
その途中。少し離れた場所から、声が聞こえた。
「……エラーラ?」
ジョミナーだった。
けれど――。
私は気づかなかった。ただ、暗闇の中を進む。
そして。次の瞬間。
「ガシャァァァンッ!!」
会場中に。巨大な音が響き渡った。
――その瞬間。
私の計画は――終わった。




