上書き
その後も、私は淡々と授業を受けていた。
魔術。歴史。剣術理論。貴族学。
ゲームで一度は触れた内容が多かったため、大まかな部分なら理解できる。
ただ――。
「……ここ、どういう意味?」
細かい部分になると、途端に分からなくなる。
「アンラ」
「……ん?」
私は隣を見る。
「ここなんだけど」
「…………」
アンラは眠そうな目で私のノートを見る。
「そこは……こう」
そう言って、さらさらと答えを書いていく。
「なるほど……」
「うん」
「ありがとう」
「どういたしまして……」
そして――。
アンラは再び机に突っ伏す。
「…………」
(本当に便利ね、この子)
ただ。
たまに――。
「ねえ」
「なに?」
「エラーラって……なんでそれ知ってるの?」
「…………」
アンラが、私の瞳を覗き込む。
黒い瞳が、じっと私を見つめる。
「…………」
「…………」
私は少しだけ目を逸らした。
「……勘よ」
「ふーん」
アンラはそれ以上追及しなかった。
……この子。
本当に変なところだけ鋭い。
そんなやり取りを何度か繰り返しているうちに――。
昼休みになった。
◇
「さて……」
私は廊下を歩く。
「食堂は一階だったわね」
「……うん」
隣を歩くアンラが答える。
「案内してくれてありがとう」
「……別に」
アンラはそう言いながら、眠そうに歩いている。
どうやら普段は食堂へ行かないらしい。それでも、私が迷わないように案内してくれている。
(……意外と優しいのかしら)
そんなことを考えながら、一階へ降りる。
食堂は――想像していたよりもずっと広かった。
昼休みということもあり、様々な生徒が集まっている。
一つ星。二つ星。三つ星。
基本的には全員が同じ食堂を利用する。
ただし――。
食事の内容は、星の数によって違っていた。
一つ星は、副菜。質素なパン。
日によって変わるスープ。そして、たまにデザート。
一日を過ごすには十分。
けれど、それ以上の料理が欲しければ、自分でお金を払う必要がある。
二つ星になると、かなり豪華になる。
様々な野菜。三種類のパン。日替わりのスープ。
そしてデザート。好きなものを選んで食べられるようになっている。
そして――。
三つ星。
彼らは、事前に頼んでおけば、希望した料理を作ってもらえるらしい。
(……格差社会ね)
私は自分の食事を受け取る。
そして――。
「アンラ、こっち」
「……うん」
私はアンラの隣に席を取った。
「…………」
だが。
アンラの前には――何もない。
「……アンラ?」
「…………」
「ご飯は?」
「いらない」
「食べないの?」
「眠いから」
「…………」
そう言って、アンラは机に突っ伏した。
「……寝る」
「ちょっと待ちなさい」
しかし、返事はない。
「…………」
本当に寝てしまった。
(この子……)
私は呆れながらも、自分のパンを手に取った。
そして――。
「さて……」
周囲を見渡す。
「なんだか、この世界に来てから初めて……」
パンをちぎる。
「落ち着いて昼食を食べている気がするわ」
そんなことを呟いた――その時。
「おい!」
「…………!」
聞き覚えのある声。私はゆっくり顔を上げた。
「こんなところにいたのか!」
「…………」
そこにいたのは――。
「……セレブス」
セレブス・ノーブル。
ゲームの攻略対象の一人。
そして――。
(そういえば、学校にいるんだった)
当たり前だ。彼も、この学園の生徒なのだから。
「まさか貴様が、この誇り高きカリバー学園にいるとはな」
セレブスは腕を組む。
「どんなコネを使った?」
「…………」
「まあいい」
セレブスは私を睨む。
「だが――貴様が私にした無礼を、忘れたとは言わせんぞ」
「…………」
あの時のこと。
婚約破棄を告げられたお茶会。
そして――。
私がセレブスの頬を叩いたこと。
(……忘れるわけないでしょう)
むしろ私のほうが忘れたい。
「…………」
どうする。隣を見る。
「……すぅ」
アンラは寝ている。
(この状況でも起きないのね……)
そんなことを考えていると――。
「あら!」
明るい声が聞こえた。
「こんなところにいたのね! エラーラ様!」
「…………!」
ロインだった。ロインは私たちのところへ近づいてくる。
「あら、セレブス様」
そして、セレブスを見る。
「何をそんなに怖い顔をしてらっしゃるの?」
「ロインか……」
セレブスは少しだけ表情を緩める。
「こいつが、私に無礼を働いたことは君も知っているだろう?」
「まあ……」
ロインは私を見る。
「ですが――」
そして、優しく笑った。
「今は同じ学校に通う、同じ生徒です」
「…………」
「それに、次期王子ともあろう方なら――」
ロインはセレブスを見る。
「これくらいの非礼を許す心を持っていないといけないと思います」
「…………」
「それに、エラーラ様も……」
ロインがこちらを見る。
「本当は謝りたいと思っているはずです」
「…………!」
「そうでしょう? エラーラ様」
「…………」
私は言葉に詰まった。
そして――。
「……あの時は」
私は小さく息を吐く。
「婚約破棄を言われて、頭に血が上っていたわ」
「…………」
「……ごめんなさい」
口から、自然と言葉が出ていた。
セレブスはしばらく黙っている。
そして――。
「……ふん」
腕を組んだまま、顔を逸らした。
「周りの者に感謝するのだな」
「…………」
「今回は特別に――」
セレブスは私を見る。
「心の広い王子として、許してやろう」
「…………!」
許された。
(……え?)
私はロインを見る。
(これも……ロインの魅力なの?)
ゲームの中でもそうだった。
彼女が間に入ることで、人間関係が妙に丸く収まる。
まるで――。
周囲の人間が、彼女に引っ張られていくように。
「もう、ロイン!」
その声に振り返る。フレンがこちらへ走ってくる。
「一人でどこか行かないの!」
「あら、ごめんね、フレン」
ロインは笑った。
そして――。
「あっ」
私たちの席を見る。
「せっかくなら、みんなでお昼を食べましょう!」
「…………え?」
ロインは当然のように――。
私の目の前の席に座った。
「…………」
フレンも。
「じゃあ、私も」
セレブスも。
「……まあ、いいだろう」
そして――。
少し離れたところにいたジョミナーまで。
「なんだ、ここにいたのか」
「…………」
気づけば。私の周りに、ゲームで見た主要人物たちが集まっていた。
ロイン。フレン。ジョミナー。セレブス。
そして――。
「……すぅ」
寝ているアンラ。
そして――私。
「…………」
なぜだろう。
私は――安心していた。
胸の奥にあった緊張が、少しずつほどけていく。
「…………」
みんなが楽しそうに話している。
くだらない話。授業の話。食事の話。
これから始まる学園生活の話。
私はその会話を聞きながら――。
(……楽しい)
そう思った。
そして――。
胸の奥で。
何かが――。
すうっと。
抜け落ちたような気がした。
「…………?」
私は一瞬だけ眉をひそめる。
だが――。
「エラーラ様、これ美味しいですよ」
「……え?」
ロインが笑っている。
「本当?」
「はい!」
「……そう」
私は料理を口に運ぶ。
「…………美味しい」
そして――。
私は笑った。心から。
(……私は)
ふと、そんなことを思う。
(この学校生活を謳歌するために、ここにいるのかもしれない)
何か――。
大切な目的があったような気もする。
けれど。
今は――。
(まあ、いいか)
ロイン。ジョミナー。セレブス。フレン。アンラ。
そして――私。
六人で過ごす昼休み。
「…………」
なんて――。
楽しい時間なんだろう。私は、そう思った。
◇
午後の授業も終わり。
気づけば、空は夕焼けに染まっていた。
「……疲れた」
私は寮へ戻る。
今日は一日中、歩き回った。
授業を受けて。食堂へ行って。
いろいろな人と話して。
そして――。
「…………」
急激な眠気が襲ってきた。
「……眠い」
私はなんとか自室へ戻る。
ベッドへ倒れ込む。
「…………」
目を閉じる。
そして――。
そのまま眠りへ落ちていった。




