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悪役令嬢に転生したので、ヒロインを殺します――私は“悪”だから  作者: フーマ


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ウィザー・マルシク

 私は席に座りながら、教壇に立つウィザー・マルシクを見つめていた。


 青い髪に眼鏡。そして、あの鋭い目つき。


 間違いない。


 攻略対象の一人――ウィザー・マルシク。


 魔術の才能は学園でも群を抜いており、その才能を見込んだケインに誘われ、

現在はカリバー学園で魔術の教師をしている。


 そして――。


 ドS。


 言葉遣いは厳しく、生徒にも容赦がない。

けれど、攻略を進めていくと少しずつ態度が変わっていき、最終的には典型的なツンデレになる。


(あー……)


 ゲームで何度も見たキャラクターだ。


「……なんだ?」


「…………」


 突然、ウィザーがこちらを見る。


「エラーラ。新入生だからといって、私がお前に優しくするとでも思っているのか?」


「い、いえ」


「ならば授業に集中しろ」


「……はい」


(あー……)


(やっぱりこの感じだわ)


 私は素早く視線を逸らした。懐かしい。

ゲームをしていた頃と、ほとんど変わらない。

私は机の上へ視線を落とす。

黒板には、魔術に関する複雑な式や術式がびっしりと書かれていた。


「…………」


 とりあえず、ノートへ書き写す。


 そして――。


「…………」


 もう一度、黒板を見る。


「…………?」


 分からない。何一つ分からない。


(なにこれ……)


 私は眉をひそめる。


(こんなのゲームで勉強した覚えないんだけど)


 そもそも、ゲームではこんな授業を受けることなどなかった。

ゲームの中では、メニュー画面を開いて、その中から勉強したい項目を選ぶ。


 魔術を選べば魔術の能力値が上がる。

剣術を選べば剣術の能力値が上がる。

勉学を選べば知識が上がる。


 そんな、いかにもゲームらしいシステムだった。


 けれど――。


(ここには、選択肢がない)


 私はちらりと周囲を見る。誰もが普通に授業を受けている。

教師が教壇に立ち、生徒たちは机に座ってノートを取る。


 まるで――。


(普通の学校じゃない)


 ゲームの世界なのに。ゲームのようなシステムは存在していない。


(……これも、ゲームとは違うところなのかしら)


 私は小さく息を吐いた。


 それにしても――。


(難しすぎる……)


 黒板に書かれた術式を見ても、さっぱり意味が分からない。

ゲームなら、ボタン一つで能力値が上がっていたのに。

現実では、そう簡単にはいかないらしい。

私は渋々、ノートへ術式を書き写していく。


 すると――。


「…………」


 隣から、妙な音が聞こえてきた。


「……すぅ」


「…………」


 私はゆっくり隣を見る。


 そこには――。


 机に突っ伏して眠っているアンラがいた。


「…………」


 完全に寝ている。授業中だというのに。

しかも教師は、あのウィザーだ。


(……よく寝られるわね)


 私は呆れながらアンラを見る。


 すると――。


「……すぅ……」


 アンラは気持ちよさそうに寝返りを打った。


「…………」


 私は前を見る。ウィザーは黒板に術式を書いている。


 そして――。


 ちらり。眼鏡の奥から、アンラを見る。


「…………」


 ウィザーの眉がピクリと動いた。


(あ)


 私は思った。


(……まずい)


 次の瞬間――。


「そこの黒髪」


「…………すぅ」


「起きろ」


「…………」


「起きろと言っている」


「……ん……?」


 アンラがゆっくり顔を上げる。


「……はい?」


「授業中だ」


「……知ってる」


「なら寝るな」


「……眠いから」


「…………」


 教室の空気が凍った。私は思わず俯いた。


(……やっぱり)


 この学園生活。


 どうやら――。


 ゲームより面倒なことになりそうだ。


 そう思った――その時。


「……ふぁ」


 アンラが大きく欠伸をした。

そして、何事もなかったかのように顔を上げる。


「だって、ウィザー先生の授業……つまんないから」


「…………」


 私は思わずアンラを見る。


(言った……)


 しかも。アンラはウィザーの顔をじっと見つめている。

黒い瞳が、まるで相手の奥を覗き込むように向けられていた。


(……この目)


(この見つめ方……誰にでもやるのね)


 昨日、私を見た時もそうだった。ロインを見た時もそう。

相手の目を覗き込むように、じっと見つめる。


 アンラにとっては、これが普通なのだろう。


「…………」


 ウィザーはしばらく黙っていた。


 そして――。


「……ふっ」


 小さく笑った。


「だったら」


 ウィザーが黒板へ向き直る。


 次の瞬間――。


 ドンッ!


 手のひらで黒板を叩いた。


「この魔術式の答えを言ってみろ」


「…………」


 教室が静まり返る。黒板には、先ほどから書かれていた複雑な術式。

私には何が何だかさっぱり分からない。


「えーっと……」


 アンラは立ち上がることもなく、椅子に座ったまま黒板を見る。


 そして――。


「温度を調整して……標的が……」


 ぶつぶつと呟き始めた。


「……火属性に見せて……いや、違う」


 指で机を軽く叩きながら考える。


「じゃあ計算はこうで……」


「…………」


 ウィザーは黙って待っている。


 やがて。


「これ、あれですね」


 アンラが顔を上げた。


「炎や氷系の魔法に見せかけた、ひっかけ問題ですね」


「…………」


「本当は雷属性の魔術」


 アンラはさらりと言った。


「答えは――雷の魔法のたぐい、ですか?」


 沈黙。教室中の視線がアンラへ集まる。

ウィザーは眼鏡を押し上げた。


「……正解だ」


「やった」


 アンラは嬉しそうにするでもなく、また机へ突っ伏そうとする。


「…………」


 私は呆然とアンラを見る。


(え……?)


(分かったの?)


 私には、何が書いてあるのかすら分からなかった。


 それを――。


 あんなに眠そうにしていたアンラが、ほとんど迷うことなく答えた。


「さすがは――」


 ウィザーが口を開く。


「魔術にかけては、才を持っているな」


「…………」


 アンラは顔だけを上げる。


「ありがとう」


「だが」


 ウィザーの声が低くなる。


「その態度は気に入らん」


「…………」


「いくら才能があろうと、授業を舐めるな」


「……でも、分かってるし」


「分かっていることと、学ぶことは別だ」


 ウィザーはアンラを見下ろす。


「才能に胡坐をかいている人間ほど、成長が止まる」


「…………」


 アンラは少しだけ目を細めた。


 だが――。


「……分かった」


 そう言いながらも、やはり眠そうだった。


(そうだった……)


 私はアンラを見ながら思い出す。


 ゲームの設定でも――。


 アンラは魔術に関しては、とんでもない才能を持っていた。

既存の魔法を覚えるだけじゃない。

自分で新しい魔法を生み出そうとするほどの才能。

だからこそ、独自に魔法を開発していた。


 ……まあ。


 その結果が、さっきのキノコなのだけれど。


(でも、それ以外は本当に天才なのよね)


 問題は――。


 自分の興味があること以外には、驚くほど無関心なところ。


 勉強も。授業態度も。身だしなみも。

本人にとっては、どうでもいい。


(だからこそ、ウィザーとは相性が悪そうね……)


 私は教壇を見る。

ウィザーは眼鏡を直しながら、再び黒板へ向かっていた。

ほんの少しだけ、楽しそうな笑みが浮かんでいた。


(……ああ)


(この二人、絶対に相性悪いわ)


 私はそう確信した。


「…………」


 アンラが少しだけウィザーを見る


 そして――。


 ウィザーが黒板へ視線を向ける。


「今の答えは正解だ」


「…………」


 アンラが顔を上げる。


「うん」


「だが――」


 ウィザーの声が低くなった。


「お前の答えは、応用だ」


「…………?」


「基礎を飛ばしている」


 ウィザーは黒板を指で叩いた。


「お前は魔術の構造を理解している。だからこそ、応用だけで答えを導き出せる」


「…………」


「だがな」


 ウィザーがアンラを見つめる。


「基礎を忘れている人間は――肝心な時に躓く」


「…………」


「そこは、お前自身も分かっているだろう?」


「…………」


 アンラはしばらくウィザーを見つめた。


 そして――。


「……はて?」


 首を傾げる。


「なんのことでしょう?」


「…………」


 私は思わずアンラを見る。


(とぼけた……)


 明らかに分かっている顔だ。

だが、ウィザーもそんなことで引き下がるような男ではなかった。


「ならば聞こう」


 ウィザーが眼鏡を押し上げる。


「なぜ――」


 一歩。アンラの方へ近づく。


「花を咲かせる魔法が、キノコに変わった?」


「…………」


「教えてもらおうか」


「…………」


 アンラが固まった。


「…………」


 私も固まる。


(え?)


(ウィザー先生、知ってるの?)


 アンラはゆっくりと顔を上げる。


「……あぁ」


 そして、ぽつりと呟いた。


「あの時のこと……知ってるんだ」


「当然だ」


 ウィザーは即答する。


「お前が作った魔法だ。知らない方がおかしい」


「…………」


「そもそも、あの術式では――」


「でも、あれはですね」


 アンラが口を挟む。


「理論上は花が出るはずだったんです」


「理論上?」


「うん」


「ならば実際に出なかった理由を説明しろ」


「魔力の流れが――」


「違う」


「……え?」


「そこではない」


 ウィザーは黒板へ向かい、術式を書き始める。


「お前は魔力の変換効率を優先しすぎた。そのせいで植物系統の生成術式が――」


「でも、そこを調整すると発動速度が落ちる」


「速度を優先する必要がどこにある?」


「実戦なら必要でしょ」


「花を出す魔法を実戦で使うのか?」


「……使えるかもしれない」


「どんな場面だ」


「…………」


「答えてみろ」


「…………」


「どうした?」


「……分からない」


「なら必要ないだろう」


「でも――」


「お前はいつもそうだ」


「…………」


 アンラがむっとした顔になる。


「面白そうだから作ってるだけなのに」


「それならなおさら基礎を学べ」


「嫌」


「なぜだ」


「つまらないから」


「…………」


「自分で作った方が楽しい」


「だから失敗する」


「失敗じゃない」


「キノコが生えた」


「……成功ではないけど」


「失敗だろう」


「…………」


 アンラが黙る。


 そして――。


「……先生、嫌い」


「構わん」


「…………」


「私はお前に好かれるために教師をしているわけではない」


「…………」


 アンラは少しだけウィザーを睨む。ウィザーも引かない。


「そもそも――」


「いや、先生のその理論は――」


「だからそこは――」


「でも――」


「それは違う」


「違わない」


「違う」


「違わない」


「…………」


「…………」


 気づけば。二人は黒板を挟んで、本格的な討論を始めていた。


「…………」


 私は黙って二人を見る。

ウィザーが術式を書き換える。

アンラがそれを見て、すぐに別の方法を指摘する。

ウィザーが反論する。アンラがさらに反論する。


 そして――。


「…………」


 時計を見る。


(……え?)


 いつの間にか。

授業終了の時間になっていた。


 キーン、コーン――。


 鐘が鳴る。


「…………」


 教室中の生徒が、一斉に息を吐いた。


「本日の授業はここまでだ」


 ウィザーがチョークを置く。


「次回までに今日の術式を復習しておけ」


 そう言って教壇を離れていく。


「…………」


 私は呆然とその背中を見る。


(……二人の言い争いだけで授業終わっちゃったんだけど)


 なんだったの、今日の授業。私は隣を見る。


 アンラは自分の席へ戻ると――。


「あー……」


 机に突っ伏した。


「アンラ?」


「私、あの先生嫌い……」


 そして――。


「……ぐぅ」


「…………」


 寝た。


(……早っ)


 私は思わず苦笑する。

ついさっきまで、あれだけ真剣に魔術について言い争っていたのに。

もう寝ている。


「…………」


 私はアンラの寝顔を見る。


 そして――。


 ふと、胸の奥が少しだけ軽くなっていることに気づいた。


(……なんだろう)


 さっきまで。私はこの世界がゲームなのか。

ゲーム通りに進むのか。ロインをどう殺すのか。


 そんなことばかり考えていた。けれど。


 今は――。


 どうでもいいようなことで笑っていた。

アンラとウィザーの言い争い。くだらないようで。


 でも、妙に楽しかった。


(……私)


 ふと、そんなことを思う。


(青春って……こんな感じだったのかしら)


 前の世界では。毎日を生きることだけで精一杯だった。

学校を卒業して。働いて。疲れて。家に帰って。


 また次の日を迎える。

そんな毎日の繰り返しだった。


 だから――。


 こんなふうに。誰かとくだらないことで笑ったり。

授業を受けたり。友達……と呼べるか分からない相手と一緒に過ごしたり。


 そんな時間を、私はほとんど知らなかった。


「…………」


 私は窓の外を見る。青い空が広がっていた。


(……少しだけ)


 私は小さく笑う。


(青春を取り戻してるような気がする)


 ――まあ。


 私がこの学園に来た目的は。そんな爽やかなものではないのだけれど。


(……ロインを殺すためなんだから)


 私はそう自分に言い聞かせた。


 なのに――。


 なぜだろう。ほんの少しだけ。


 この学園生活が――楽しみになっていた。

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