再会
そんな不安を胸の奥に残しながらも、私は明日の準備を始めた。
カリバー学園への入学。それ自体は、無事に認められた。
つまり――。
私は明日から、この学園の生徒になる。
◇
カリバー学園は寮制だ。
一つの部屋に二人。
基本的には二人一組で生活することになっている。
私に用意された部屋も、ごく普通のものだった。
二段ベッドが一つ。
机が二つ。荷物を置くための棚。
必要最低限の家具だけが置かれた、簡素な部屋だ。
「…………」
私は部屋の中を見渡す。
そして――。
あることに気づいた。
「……先客がいるのね」
部屋には、すでに誰かの荷物が置かれていた。
どうやら、私と同室になる人間はすでにここで生活しているらしい。
私は一度だけ息を整え、声をかけた。
「あのー」
返事はない。
「明日からカリバー学園に通うことになった、エラーラ・ウィクスよ」
やはり返事はない。
「…………?」
誰もいないのかと思い、部屋の中を見渡す。
その時だった。
――もぞ。
「…………?」
音がした。私は顔を上げる。
二段ベッドの上。
布団がわずかに動いていた。
そして、その中から――。
「……新しい人……?」
眠そうな声が聞こえた。
「…………」
「私は眠いから……まあ、よろしく……」
それだけ言うと、また布団の中へ潜り込んでしまった。
「…………」
私は固まった。
その姿を見ているだけで、嫌な予感がする。
いや。これは予感なんかじゃない。
私は――この女を知っている。
名前を口にしたくないくらい、好きじゃない。
黒く長い髪。顔のほとんどが髪に隠れていて、表情すらよく分からない。
ゲーム『恋する姫と終わらない奇跡』。
その中で、私は何度もこの女を見てきた。
名前は――。
アンラ・ダグネス。
キャラクターデザイン自体は、嫌いではなかった。
むしろ――好きな部類だった。
だが。問題は、彼女に関わるイベントだ。
アンラのイベントが発生すると、なぜかロクなことが起きない。
能力値が下がる。勉学の成績が落ちる。周囲の好感度が下がる。
その他にも、プレイヤーにとって嬉しくないイベントがいくつも発生する。
ゲームをプレイしていた頃の私は――。アンラに関わるイベントを、可能な限り避けていた。
(……よりによって)
私は二段ベッドの上を見る。布団にくるまったまま、すでに眠っているアンラ。
(なんでこの女と同室なのよ……)
嫌な予感しかしない。
けれど――。
(まあ、いいわ)
私は小さく息を吐いた。今はまだ、何も起きていない。
それに、ここで騒いだところで部屋を変えてもらえるとは限らない。
だったら――。
今は気にしない。
「……よろしくね、アンラ」
返事はない。どうやら本当に眠ってしまったらしい。
「…………」
私は自分の荷物を机の横へ置いた。
まずは荷物の整理。
それから――。
(ナイナにも手紙を書かないと)
私は机へ向かった。
今日、無事にカリバー学園へ入学できたこと。
しばらくは学園で生活すること。
屋敷のことは任せているが、何かあればすぐに連絡してほしいこと。
簡単な内容を書き、手紙をまとめる。
「……これでよし」
明日からは、いよいよ学園生活が始まる。
ロインもいる。攻略対象たちも、この学園にいるはずだ。
そして――私もいる。
(計画通り)
ここまで、多少の予想外はあった。
けれど。入学することはできた。
学園の内部も確認できた。
ロインの存在も、この目で確認した。
あとは――。
私の計画を進めるだけ。
「……今日はもう寝ましょう」
私はベッドへ入った。
二段ベッドの上から、アンラの小さな寝息が聞こえてくる。
それを聞きながら、私は目を閉じた。
明日から始まる学園生活。
きっと、ここからが本当の始まりだ。
そんなことを考えながら――。
私は久しぶりに、何の不安もなく眠りについた。
そして――翌朝。
「…………ん」
カーテンの隙間から差し込む朝日。
私はゆっくりと目を開けた。
「……朝?」
気持ちのいい目覚めだった。
昨夜までの疲れも、すっかり抜けている。
今日から――。
私の学園生活が始まる。いや私のゲームが始まる。
「…………」
私は起き上がり、二段ベッドの上を見る。
「…………寝てる」
アンラはまだ眠っていた。
昨日とまったく変わらない姿勢で、布団にくるまっている。
「……一応、起こすか」
そういえば、ケインに頼まれていた。
『何かあったら、同室の者に頼れ』
そこまでは分かる。問題は、その後だ。
『あと、面倒も頼む』
「…………」
最初は意味が分からなかった。
だが――。
今なら分かる。
(……アンラのことね)
私は二段ベッドの上を見上げた。
「アンラ……起きなさい」
返事はない。
「一応、あなたに色々教えてもらうように言われているのよ」
私はベッドを軽く揺らした。
すると――。
「――ガバッ」!
「…………!」
アンラが突然、勢いよく起き上がった。
そして。私の肩を両手で掴む。
「…………え?」
黒い瞳が、じっと私を見つめている。
「私……あなたに名前って言いましたっけ?」
「…………」
しまった。
そういえば――。
まだ名前を聞いていない。
なのに私は、当然のように「アンラ」と呼んでしまった。
(まずい……!)
けれど。私はこれまで、いろいろな修羅場を経験してきた。
この程度のことなら――。
「……ケイン様から聞いていたに決まっているじゃない」
少しだけ動揺しながら答える。
「…………」
アンラはしばらく私の顔を見つめていた。
やがて。
「……それもそうか」
あっさりと手を離した。
「じゃ、私は寝るね……」
「…………」
そう言って、また布団へ潜り込もうとする。
「…………」
私は無言で拳を握った。
(本当に変な子ね……)
ゲームの中でも思っていたけれど。実際に会うと、余計にそう感じる。
「――って」
私はベッドへ手を伸ばした。
「起きなさいよ!」
「うわぁ……」
アンラを叩き起こす。
◇
しばらくして。私は制服へ着替え終わった。
「…………」
鏡の前に立つ。
そこに映っているのは――。
いつものドレス姿ではない。
カリバー学園の制服を着た、エラーラ・ウィクス。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
(制服……!)
ゲームの中で何度も見た。
ロインも。攻略対象たちも。
そして――エラーラ以外の生徒たちも。
けれど。
今、その制服を着ているのは――私。
(あのエラーラが制服……!)
なんだろう。ものすごく感動する。レア感があった。
私はしばらく鏡から離れられなかった。
「……そんなに制服、気に入ったの?」
「…………?」
振り返る。
そこには、だらしなく制服を着たアンラが立っていた。
「…………」
襟は曲がっている。髪もぼさぼさ。制服の着方も適当。
ゲームでもアンラは適当に着ているが。少し気になってしまった。
「…………」
なんとなく。いや。かなり気になった。
「ちょっと」
「……なに?」
「あなた、その格好で行くつもり?」
「……うん」
「駄目よ」
私はアンラの制服を整える。
襟を直し。服の乱れを軽く整える。
「これでよし」
「……別にいいのに」
「よくないわ」
私は満足して頷いた。
「とにかく、教室へ向かうわよ!」
「……眠い」
「歩きなさい!」
こうして私たちは、寮を出た。
そして――。
廊下を歩いていた、その時だった。
「…………!」
前方に見覚えのある姿があった。
淡い金色の髪。青い瞳。何度もゲーム画面で見た。
何度も見てきた。
そして――。
「ロイン……!?」
思わず声が漏れた。
その声に反応して、少女が振り返る。
「あら?」
ロインだった。
「エラーラ様?」
彼女は私を見ると、嬉しそうに笑った。
「まさか、その服……」
ロインが私の制服を見る。
「この学園に入学したのですね!」
そして。私の手を握った。
「おめでとうございます!」
「…………」
正直。会いたくなかった。
けれど――。
会ってしまったものは仕方がない。
「……ありがとう」
言いたくもない礼を口にする。すると。
「ねえ、ロイン」
隣から声がした。
「この子、誰? 知り合いなの?」
「…………」
私はその声を聞いた瞬間、そちらへ目を向けた。
茶色の短い髪。明るい表情。
そして――。
(……この顔)
知っている。ものすごく知っている。
ゲームで何度見たことか。
下手をすれば――。
(親の顔より見たかもしれない)
彼女の名前は――。
フレン・ドレド。
ロインの親友。
そして、ゲームではプレイヤーをサポートしてくれるキャラクターだ。
攻略対象の好感度。イベントのヒント。
攻略のアドバイス。ゲームを進めるうえで、何度も彼女の話を聞いた。
つまり――。
(この子に話を聞かないと、攻略対象の好感度が分からないのよね)
ゲームをプレイしていた頃。
私は何度も彼女のところへ通った。
だから、この顔を見れば――。
嫌でも思い出す。
「ええ」
ロインが答える。
「友達です!」
「…………」
私は無言になった。
(何が友達よ)
私たちは――。
あのお茶会で少し会っただけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
(そう言いたい……)
けれど。ここで否定したところで意味はない。
むしろ面倒になる。
「……そうね」
私は適当に笑った。
そして、心の中で呟く。
(まさか……)
ゲームの舞台に立ったと思ったら。
こんなにも早く――。
ゲームの主要人物たちと顔を合わせることになるなんて。




