確率
私は目の前の女性を真っ直ぐ見つめた。
「あなたの美貌が、あの地下に隠されていることもご存じです」
「…………!」
ケインの表情が変わった。
先ほどまでの余裕が、ほんの一瞬だけ消える。
「……お前」
低い声だった。
「なぜ、それを知っている?」
「ゲームの中で知りました」
――なんて言えるはずもない。
だから私は、もっともらしい顔で続ける。
「この学園について調べているうちに、いくつか興味深い情報を知ったのです」
「…………」
「例えば、図書室」
ケインの目が細くなる。
「夜になると、誰もいないはずの図書室へ、あなたが足を運んでいる」
「…………」
「そして――」
私は指を一本立てた。
「火の本」
もう一本。
「水の本」
さらに一本。
「雷の本」
ケインの顔から、完全に笑みが消えた。
「それらを特定の場所へ置くことで――」
私は一呼吸置く。
「地下にある魔法研究室へ繋がる」
「…………」
沈黙。
部屋の空気が、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「……面白い」
やがて、ケインが小さく笑った。
だが、その目は笑っていない。
「そこまで知っているのか」
「ええ」
「ならば――」
ケインが椅子から立ち上がる。
「なぜ、あの地下に研究室があるのかも知っているのか?」
「もちろんです」
私は即答した。地下の研究室。
そこは、かつて新たな魔法を生み出すために作られた場所。
けれど、今ではその存在を知る者はほとんどいない。
ゲームの中盤。
ロインが夜の図書室を訪れたことで、初めてその存在が明らかになる場所だった。
そして――。
現在、その研究室を使っているのはケインだけ。
新たな魔法を研究するためではない。
彼女自身の美貌を保つために。
「なるほど……」
ケインは腕を組んだ。
「お前の言う『地理の能力』というものが、ただ地図を描く程度のものではないことは分かった」
「はい」
「この学園について、かなり詳しいようだな」
「その通りです」
私は微笑んだ。
「だからこそ、ここへ来たのです」
ケインが私を見る。
「……それで?」
「…………」
「そこまでして、この学園を調べた理由は何だ?」
来た。私は心の中で小さく笑う。
ここまでが前座。ここからが本題だ。
「私を――」
私は姿勢を正した。
「どうか、このカリバー学園に入学させてほしいのです」
「…………」
ケインは黙って私を見つめた。
「……入学?」
「はい」
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「もちろん」
私は迷いなく答えた。
「私は、この学園で学びたいのです」
ケインの瞳が細くなる。
「ならば、最初からそう言えばいいだろう」
「それでは、あなたとこうして話すことはできなかったでしょう?」
「…………」
ケインがわずかに口元を上げた。
「なるほど」
どうやら――。
少なくとも、話を聞いてもらえるところまでは来たらしい。
私は胸の内で息を吐く。
(ここからよ)
ようやく。ようやく、ゲーム本編の舞台に立てた。
ここから先は――。
私の知っている世界だ。
少なくとも、そう思っていた。
カリバー学園には、特殊な能力を持つ者。
剣術に秀でた者。優れた知識や頭脳を持つ者。
そして、強大な魔力を持つ者。
そういった何か一つでも突出した才能があれば、
正規の入学時期でなくとも途中から入学することができる。
私は、それをゲームの中で知っていた。
だからこそ――。
ここまで来た。
「確かに、お前のその知識には興味がある」
ケインは私の持ってきた地図を眺めながら、顎に手を当てた。
「これほど学園のことを詳しく知っている人間は、そうはいないからな」
そして、ケインは聞いてきた。
「名は何という?」
私は答える。
「……エラーラ・ウィクス」
「エラーラ……ウィクスか」
「はい」
「エラーラ……ウィクス……」
ケインが何かを思い出したように目を見開く。
「おお!」
「…………?」
「トニックの孫か!」
その名前が出た瞬間、私は少しだけ驚いた。
「祖父をご存じなのですか?」
「ああ。昔の馴染みだ」
ケインは懐かしそうに笑う。
「なるほど……そういうことか」
そして、しばらく私を見つめた。
「分かった」
「…………」
「お前の知識。そして、トニックの孫ということも含めて――」
ケインは椅子へ深く腰掛ける。
「カリバー学園への入学を許可してやろう」
「……!」
思わず胸が高鳴った。やった。
これで――。
「ただし」
「…………」
ケインが人差し指を立てる。
「一つだけ条件がある」
なんだ……? 一体。嫌な予感がする。
私は身構えた。
すると――。
「月雫を一本、売ってくれ」
「…………」
「ウィクス家の名前を聞いたら、またあの酒が飲みたくなってな」
「…………」
私はしばらく黙った。
そして――。
「……なんだ。そんなことですか」
「そんなこととは何だ」
「いえ」
私は小さく息を吐いた。
(よかった……)
もっと無茶な条件を出されるかと思った。
「承知しました」
「そうか!」
ケインは嬉しそうに笑った。
「では、これで話は決まりだ」
「それでは、メイドに連絡する手紙でも送っておきましょう」
「頼む」
ケインは満足そうに頷いた。
「というわけで――エラーラ・ウィクスよ」
「はい」
「入学を認める」
「ありがとうございます」
こうして。私は、カリバー学園への入学を正式に認められた。
ようやく――。
ここまで来た。これからは、この学園を舞台に動くことができる。
私はふと、気になっていたことを思い出した。
「あの、少し聞きたいことがあるのですが」
「なんだ。言ってみろ」
「カリバー学園には、星によるランク制度がありますよね?」
「ああ」
「私は何星なのでしょうか?」
ケインは当然のように答えた。
「一つ星だが?」
「……分かりました」
(まあ、当然ね)
学園について詳しい。それだけなら、一つ星が妥当だろう。
ゲームでも最初は一つ星から始まる。
一つ星の教室は三階。授業を受けるために移動するだけでも、それなりに苦労する。
半日はそこで勉学に励まなければならず、教室もいたって普通。
少し埃っぽく、掃除も自分たちでしっかり行う必要がある。
対して二つ星は二階。一つ星ほど移動に時間はかからない。
半日すべてを勉学に使う必要もなく、多少の自由が認められている。
教室もシンプルだが綺麗で、掃除の時間もない。
ゲームでは、二つ星になることが一つの目標になっていた。
そして――三つ星。
一階にある、特別な教室。
授業への参加すらある程度自由で、自分で必要なものを選んで学ぶことができる。
あまりにも授業をさぼれば二つ星へ戻されるが、それ以外はかなり自由だ。教室も豪華。
ゲームの攻略上、必ずしも三つ星になる必要はなかった。
私はそこまで思い出してから、もう一つの疑問を口にした。
「あの、もう一つ聞きたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「ロイン・デルフォルは、何星なのでしょうか?」
「…………」
ケインの眉がわずかに動く。
「なぜ知りたい?」
「友人でして」
嘘だった。もちろん、ロインと友人になったことなどない。
「……そういうことか」
ケインは納得したように頷く。
「奴は二つ星だが?」
「…………なっ」
思わず声が漏れた。
「どうした?」
「い、いえ……」
私は慌てて取り繕う。
(そんなはず……)
ゲームでは。ロインは、最初はほぼ必ず一つ星だった。
二つ星へ上がるのは、ゲーム序盤のイベントをいくつもこなした後。
それが普通だった。
ただ――。
ごく稀に。
運が良ければ、最初から二つ星になることがある。
確率にして、およそ五十回に一回。
ゲームを何度もプレイしていた私でさえ、滅多に見たことのない展開だ。
(まさか……)
私は無意識に拳を握った。
(ロインは、その低確率を引いたっていうの?)
ありえない。
いや。ありえる。
ゲームの中でも、実際に存在したことなのだから。
けれど――。
(……おかしい)
私はケインを見る。そして、ふと気づく。
私は今まで、ゲームの知識を使えばこの世界を先読みできると思っていた。
けれど。
この世界は、ゲームそのものではない。
エラーラの家が存在していた。
ゲームにはいなかった私が、ここにいる。
そして今度は――。
ロインまで、普通のゲームとは違うスタートを切っている。
(……もしかして)
この世界では。
ゲームのイベントすら――。
私の知っている通りには進まないのかもしれない。




