第一章 5 『あの三年間』
それは、もう三年近く前の、放課後の蒸し暑い午後だった。僕は自宅のダイニングに座り、手にした透明なメガネをじっと見つめていた。それは、ほんの数分前まで学校のAPAに接続するために使っていたものだった。
鼻筋には、まだわずかな圧迫感が残っていた。まるで、自分の一部がまだあの別の場所に繋がったままであるかのように。
ダイニングは静かだった。静かすぎるほどだった。窓の隙間から熱い空気が入り込み、すべてが少しだけ遅く感じられた。
当時、僕は日本の高校の最終学年を過ごしていた。
「ねえ、実……暑いの? なんだかすごく元気がなさそうだけど……」
そう声をかけてきたのは、僕の向かいに座っていた母の姉、つまり叔母だった。
彼女は月に一、二回、僕たち家族を訪ねてくるのが習慣だった。しかし、僕が最も気になったのは、叔母がAPAを使わずに来ていたことで、それは僕にとってはかなり珍しいことだった。
彼女の名前は市川ひかる。
当時、彼女は三十歳だったが、その年齢にはまったく見えなかった。
僕と同じようにオレンジ色の髪で、前と後ろに二本の長いおさげ髪があり、その先端はカールしていた。家の中が静まり返っている時でさえ、彼女はいつもエネルギーに満ち溢れているような印象を与えていた。
「さあ、その顔を変えなきゃ! ひかるおばさんが会いに来てくれたのに、嬉しくないの? 笑わなきゃ! 笑って! 私みたいに!」
おばさんは満面の笑みを浮かべながら、僕の髪を左右に力強く撫でながらそう言った。指が頭の上を力任せに動くのを感じ、少し身を引こうとしたが、完全には避けられなかった。
そこで、僕は説明しようと試みた。
「ただ、最近、毎日がすごく単調で退屈になってしまって……」
僕の声は、思ったより小さくなってしまった。
それは、厳密に言えば悲しみでも怒りでもなかった。
どちらかといえば、ここ数週間ずっと溜まり続けていた重苦しい感覚で、どういうわけか、そう言うことしかできなかったのだ。
「どういうこと?」
「えっと、ここ数週間、いろいろ考えてみたんだけど、まともな会話ができるのは、ここにいる両親と、たまに叔母さんだけなんだって気づいたの」
そう言うと、僕はまだ手に持っていたリンカーに少し視線を落とした。
声に出してみると、想像していた以上に悲しく響いてしまった。
「他に誰もいないんだ」
指先でメガネの縁を軽く握りしめた。複雑な言葉ではないのに、それでも口にするのは辛かった。
「学校では、みんなAPAを使っているから、クラスメートと言葉を交わす機会を見つけるのがすごく難しいんだ」
自分が大げさに言っているのかどうか分からなかった。たぶん、他の人にとってはそれが普通のことなのだろう。でも、そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、居心地が悪くなっていった。
それを聞いて、ひかるおばさんは腕を組んで、数秒間目を閉じた。
答える前に、考えを整理しているようだった。
「今、あなたがどんな気持ちなのか、よく分かるわ。同年代の話し相手がいないなんて、あなたにとってはかなりもどかしいことだろうね……」
叔母は、さっきよりも落ち着いた口調でそう言った。
もう無理に僕を笑顔にさせようとはしていなかった。初めて、僕の言葉を真剣に受け止めているように見えた。
「それ、私が大学生だった頃の思い出も少し蘇るわ」
それを聞いて、僕は少し顔を上げた。
ひかるおばさんが、僕の悩みを彼女自身の経験と結びつけるとは思ってもみなかった。
僕にとって、彼女はいつも、深く考えずに誰とでも話せるような人に見えたからだ。
「私も、友達を作ろうとして完全に失敗したと思うわ」
「友達? それは両親の口からしか聞いたことのない言葉だ。正直、その意味はまだよく分かっていないんだけど……」
声に出して言ってみると、なんだか不思議な感じがした。
短い言葉だった。両親によれば、昔はかなり一般的だったらしい。でも僕にとっては、まるで遠い場所の名前のように聞こえた。僕以外の誰もが知っているような、そんな言葉だった。
叔母は話を続けた。
「そうね。『友達』という言葉は、今の日本ではあまり使われていないわ。この国の人々の生活状況を考えると、年月が経つにつれて、その言葉は日本人の語彙から少しずつ消えつつあるの……まあ、私自身も最後にその言葉を使ったのがいつだったか、あまりよく覚えていないわ……」
一瞬、食卓は静まり返った。
まるで僕たち二人が、まったく異なる角度から同じ言葉を見つめているかのようだった。
彼女にとって、それは思い出のようだった。僕にとっては、まだどう想像していいかわからないものだった。
突然、叔母は両肘をテーブルにつくと、僕の方へ身を乗り出した。
「ねえ、実。友達っていうのは、定期的に一緒に過ごす人のことよ」
叔母はそう言いながら人差し指を立てた。まるで、とても単純な言葉を説明しようとしているかのようだったが、それでも僕にとってはその形がはっきりとは見えなかった。
「同じ興味や趣味を共有し、数え切れないほど楽しい時間を一緒に過ごす人のことよ」
その話を聞きながら、僕はそれを想像してみた。
しかし、僕の頭の中では、そのすべてがまだあまりにも遠いもののように感じられた。
「秘密を打ち明けられるほど、そして相手も自分の秘密を打ち明けてくれるほど、信頼関係を築いた人のことよ」
「信頼」という言葉に、僕は少し目を伏せてしまった。
その意味が分からなかったからではなく、どうやって人とそこまで深い関係になれるのか、僕には想像がつかなかったからだ。
「まあ、あなたにとっては理解しにくいことかもしれないわね。だって、友達と呼べるような人に会ったことがないんだから……」
定期的に誰かと会うこと。興味を共有すること。楽しい時間を過ごすこと。秘密を打ち明けること。
叔母がそう言えば単純なことだが、僕の頭の中では具体的な形を成すことができなかった。
まるで、それは別の種類の人たちだけの経験について話しているかのようだった。言葉を口にする前に一つひとつ考え込むことなく、自然に他人に近づける人たちのこと。
「じゃあ、ひかるおばさん、あなたは『友達』と呼べるような人に出会ったことがあるの?」
その質問に、ひかるおばさんは数秒間、言葉を失った。
彼女の表情がほんのわずかに変わった。浮かべていた笑顔は完全に消えたわけではないが、より小さく、より穏やかなものになった。
ここに来てから初めて、僕の質問が、彼女がまさかこんなに急に思い出すことになるとは思っていなかった何かを突いてしまったのだと感じた。
「実を言うと……私は幸運にも、友達と呼べる人たちに出会うことができたの。でも残念なことに、彼らとはもうずいぶん前から連絡を取らなくなってしまったわ……」
「どうして!? どうして友達と連絡を取らなくなっちゃったの……?」
その瞬間、僕は叔母の言葉と、それを口にした時の彼女の表情に、どうしても好奇心を抱かずにはいられなかった。その表情は、幸せと懐かしさ、そして悲しみが混ざり合ったようだった。
どうしてそんな大切なことを、あんな笑顔を浮かべて話せるのか、僕には理解できなかった。
友達がいることがそれほど価値あることなら、なぜ誰かが彼らと話すのをやめてしまうのだろう? なぜそんな関係が、ただ時が経つだけで終わってしまうのだろうか?
「あなたが今くらいの年齢になる頃、私は留学の奨学金に応募したの。三年もの長い間、日本国外の学校に通っていたわ。ようやく留学を終えて帰国した頃には、年月が経つにつれて、そこでできた友達全員との連絡が途絶えてしまっていたの……」
叔母の声は、その最後の部分を話すにつれて、少し柔らかくなった。
「結局のところ、私たち一人ひとりが、それぞれ別々の道を歩んでいったのよ」
そう言うと、ひかるおばさんは再び黙り込んだ。
今回は、その沈黙がいつもより少し長く感じられた。
僕はどう返事をすればいいのかわからなかった。そんな大切なものを失って、辛くないのかと尋ねたい気持ちもあったが、一方で、そう単純な話ではないことも理解していた。
もしかすると、大人にとっては、大切なことさえも、いつの間にか気づかないうちに過去のものになってしまうのかもしれない。
すると、彼女の顔に微笑みが浮かんだ。もう触れることのできないけれど、それでも彼女にとって大切な何かを見つめているかのように。
「それでも、学生生活の最後の三年間を海外の学校で過ごすという決断をしたことを、後悔はしていないわ」
ひかるおばさんは、懐かしそうな表情でそう言った。
それは、今でも彼女にとって大切な何かを、改めて確認しているかのようだった。
「結局、みんなとたくさんの素敵な思い出を作ることができたわ」
その話を聞きながら、僕は彼女の顔を見つめていた。
もう連絡を取っていない人たちについて話しながら、どうしてあんな風に微笑めるのか、僕には完全には理解できなかった。
僕にとって、そんなものを失うというのは悲しいことのように思えた。しかし彼女にとっては、時間が経ったからといって、その思い出が消えてしまったわけではないようだった。
「私にとっては一生に一度の経験だった。そう感じていたわ」
そう言いながらとても幸せそうな表情を浮かべるひかるおばさんを見て、僕は思わず尋ねてしまった。
「本当に、あの学校に通うのはそんなに素晴らしいことだったの?」
叔母の目が突然輝いた。
それから、両肘をテーブルにつけ、両手で頬を支えながら、熱意を込めて僕を見つめた。
まるで、一瞬の間、僕の家のダイニングで僕の向かいに座っていることを忘れ、彼女が話していたあの三年間へと戻ったかのようだった。
そして、片目を細めてこう言った。
「あの三年間の学生生活がどんなものだったか、話してあげる?」
叔母の顔を見て、僕の心臓は激しく鼓動し始めた。なぜかはよくわからなかった。
小さな戦慄が全身を駆け巡り、一瞬も迷うことなく、僕は全力を込めて答えた。
「はい、ぜひ!」




