第5話「治癒」
『ヤッ、久しぶり!』
飄々とした喋り口調、全てを馬鹿にしたように喋る人物――〈ゼロ〉だ。
――またここに来たのか。今度はなんの用がある?
『イヤね! 大層なことじゃないんだよ! ボクはキミに賞賛を送りたかったんだ! えくせれんと! おめでとう! 《神位》の階位が上がったわけだ!』
――《神位》の階位が上がっただと?
『そう! キミは蕾の段階から花が芽吹いたワケだ!』
そう言う〈ゼロ〉は大層嬉しそうに話す。
『覚醒したばかりなのに〈メタ〉くんの神子の左手を切り落としちゃうなんて、素晴らしいヨ!』
――あぁ、そのことか
たしかに左手は落としたが、その後すぐ回復された。
あの驚異的な再生力はどこから来ているのだろうか。
そもそも神子とは何者なんだ……。
『とか、考えてるであろうルシアくんに答えてあげよう!』
――心を読んだのか
『ボクとキミは一心同体だからネ! 考えていることも何となくわかるのさ! そんなこんなで説明しよう!』
掴みどころのない口調でいうが、心が読めるというのは本当なのか怪しいところだ。
『まずは神子の説明からだネ! 神子っていうのはその名の通り〈絶対者〉たちの守護者的な存在だヨ! 〈絶対者〉から《神位》を授けられてるからメチャクチャ強くて、ひゅぽーん! って左腕だって生えてきちゃうんだよ』
――〈絶対者〉には守護者がついているのか。
『そうそう! あ、ちなみにキミもすごーく強くなってるから、すこーしのケガならすぐ治るハズだよ。いやー、キミは格上相手によく善戦したネ。キミの前で人が死ぬ度に! 復讐心に囚われた時! キミは――確実に強くなる』
どうか、と〈ゼロ〉は言葉を紡ぐ。
『キミの前でどうでもいい人から、たいせつな人までたくさん人が死ぬといいね! そうすればキミはもっともぉっと強くなれる!』
衝撃の一言を告げる〈ゼロ〉。
ふつふつと嫌悪感が込み上げてくる中、でもね、と続ける。
『自己犠牲は許容できないなァ……キミには〈絶対者〉たちへ復讐するというボクからの「オネガイゴト」があるじゃないカ! どうか死なないでおくれよ』
――あぁ、わかっている。
内心、嫌悪感でいっぱいいっぱいだった。
――それ以上話すことがないならもう話をやめるぞ。
『そうだネ、そろそろ時間もいいところだし、話したいことは話せたし……あぁ! 最後にさ、いいことを教えてあげよう《神位》を使用する時は一種の呪文みたいなやつとさ、一緒にこういうんだ』
『――《神位》開放』
ってね! などといつも通りのおどけた調子で言う〈ゼロ〉。
『それじゃあ、今回はバイバーイ! また会えるの楽しみにしてるヨ!』
――ズブン。
落ちていく。
深い水面の底へと。少しづつゆっくりと。
深い嫌悪感を抱きつつ。落ちてゆく。
――――――
「――ッ! ハァ……ハァ……」
悪夢のようだった。
身体には包帯が巻かれている。
誰かが応急処置をしてくれたのだろうか。
傷は〈ゼロ〉が言う通り、浅い傷は完治していた。だが、まだ刺された場所は完治とまではいかず痛む。
「やっと起きたんだ……寝顔も良かったけど、傷の治りも早い……やっぱり君は他の人間と違う。ドキドキする……!」
ふわっとした声音で言うのは、あの花畑で出会った……たしかロゼッタ・マリィと名乗った人物。
黒髪に赤いメッシュが入っており、見た目に反してふわっとした声音で話す女性。眼にハイライトがないところが何を考えているのか何処か読めないところだ。
そして……。
やけに距離が近い。
いまも彼女の吐息がかかるほどの距離で話しかけられてくる。
「わっ! ルシア、よかった! ほんとうに心配したんだよ!」
御者台から顔だけだして、シルは心底心配したのだという感情が伝わってくるように言う。
「すまない、心配かけてしまった……」
「いやいや、無事……とまではいかないだろうけど、ひとまず眼を覚ましてくれてほんとに良かった! 1週間くらい眼を覚まさなかったから心配したんだよ」
そんなに寝てしまっていたのか。随分長い間、気を失ってしまっていたらしい。
「いまは……どんな状況なんだ」
「いまはキミのその傷を治すため〈絶対者・ゼタ〉の領地へ向かっている最中だよ」
――〈絶対者・ゼタ〉!
ついに〈絶対者〉の領地へ侵入することになるのか。
遺憾だが〈ゼロ〉からの使命がある。
なにより〈絶対者〉、〈絶対者〉に準ずるもの共は鏖殺だ――。
「あの……」
唐突に声を掛けられる。
それは――カリンの母親だった。
「娘は……娘はどうなったんでしょうか……? あの娘、急にお兄ちゃんのところに行くって飛び出してって……無事なんですよね? ね!」
何も言えなかった。
俺は命を救ってもらった側だが、カリンはもうこの世に存在していない。
カリンの母親もわかっているのだろうが、現実を直視したくないのか何度もカリンの安否を確認してくる。
「…………大変申し訳ありません」
俺には謝罪しかできない。あの娘を守る立場の人間であるはずなのに逆に守られて情けなかった。
「…………あの娘はどうでしたか?」
母親から低く、落ち着いた声音で尋ねてくる。
「カリンちゃんは”人を想いやれる、強く優しい娘”でした」
「……うっ……うぅ……うぅ……!」
母親はその場に泣き崩れた。
俺は無力さに悔しさで胸がいっぱいになった。握りしめた拳からはぽたぽたと血が流れ出ていた。
荷台の中にはカリンの母親の啜り泣く声がしばらく続いた。
――――――
「そろそろ〈絶対者・ゼタ〉の領地だよ!」
シルの声が御者台から荷台に響いた。
「そういえば町から逃げ出した町民はどうするのかな?」
唐突にロゼッタはそんなことを言い始めた。
「だってゼタ領から逃げてきた人もいたはず。貴方たちはどうするの?」
ロゼッタの問いかけに荷台にいる人たちは顔を見合わせる。
結果、この場で降りるものと、ゼタ領まで着いてくるものに別れた。理由はまたゼタ領に戻るくらいなら野垂れ死んだ方が良いという者や、この場で降りて〈終末の獣〉に怯えるくらいならゼタ領に行くといったものだった。
――――――
――数刻後
ゼタ領に到着したのだが、目の前には光の柱がそびえ立っていた。
上を向けばどこまでも伸びるその光の柱はずっと眺めていると首が痛くなってきそうだった。
「ゼタ領に到着したけど、これは一体どうやって侵入するんだ?」
俺は単純な疑問をシルへ投げかけた。
「そんなの普通に入っていけば……」
――刹那。
恐れおののくほどの重圧感に襲われる。他を圧倒するほどの威圧感。
「――止まれ」
光の柱からは真っ赤な髪の毛をして、無精髭を生やした筋骨隆々の人物が現れた。
登場そうそうにこう言った。
「オレの名前は〈ゼタ〉! 貴様らの中に妙な人物がいるな……ここを通して欲しければ、そやつの”強さ”を証明しろ。さもなければこの領地への侵入はゆるさん!」
「強さを……」
恐らく俺のことだ。
荷台の中からでもわかる。俺を呼んでいる。
俺は身体を起こそうとしたが――痛みが走る。
まだ、傷が癒えていない。
「シル、俺が行く。アイツは俺を呼んでいる」
「ダメだ! いくら傷の治りが早いとはいえ、まだ傷は治ってないじゃないか!」
「俺なら大丈夫だ」
きっと大丈夫ではないが、呼ばれたからには応えてやらなければならない。
馬車の荷台から名乗り出た。
「俺の名前はルシアだ! 俺のことを呼んでるんだろ。相手になってやる」
ここで〈絶対者〉のひとりを殺害できるのは嬉しい誤算だ。
この好機を逃さない……!
「お前か……面白い! いつでもかかってこい!」
「言われなくても……!」
――不思議と頭の中に、呪文のような文字列が浮かんだ。
俺はそれを勝手に口ずさんでいた。
「――憎悪よ、怨恨よ、憎き者共すべてを壊し尽くそう」
言葉を続ける。
「――《神位》開放」
右手から黒い靄が溢れ出てくる。
気づくと右手には紅黒の大剣と、左手には鎖のついた手斧が握られていた。
「ハハハハハハッ! やはりか! 貴様も《神位》が使えるようだなァ! いいだろう、相手に不覚なし!」
俺は手斧を投げ、先制攻撃を仕掛ける。
手斧は鎖の音をジャリジャリとあげ、〈ゼタ〉へにじり寄る。
しかし簡単に弾き返されてしまった。
その時、〈ゼタ〉は一瞬にして距離を詰めてきて数発の攻撃を浴びせてきた。
「――グフッ」
重い衝撃が身体を駆け巡る。
だが、距離を詰めてきたならば――!
手斧の鎖で〈ゼタ〉の身体を拘束しようと試みる。
しかし、サッと避けられる。
その隙を逃さない!
紅黒の大剣の突きの追撃を繰り出す。
その突きは〈ゼタ〉に読まれ、いとも簡単に避けられてしまう。
諦めず斬撃を繰り出す。
上段からの斬撃。下段からの斬撃。横薙ぎ。
全て避けられる。まるで全てを読まれているようだ。
「ハハハハハハァ! 楽しくなってきたなァ!」
今度は〈ゼタ〉からの攻撃が激化した。
距離を詰めての打撃、打撃、打撃!
全て防ぐので精一杯だ。
――だが!
ここで”強さ”を証明できなければ、負けてしまえば……! 何もかも無駄になって、ゼタ領への入国も、復讐すらも終わってしまう――。
――それだけはダメだ……こんな所で終わってたまるか!
〈ゼタ〉の後方へ手斧を投げ鎖で拘束を試みる。
拘束されまいと当たり前のように距離を取る〈ゼタ〉。
そのまま手斧を手放すと、空中で霧散して言った。
それを見た〈ゼタ〉は好機と言わんばかりに、またこちらへ踏み込んできた。
俺は守りを捨て、大剣を上段に構える。
「いいぞいいぞ! 守りを捨てたか!」
突っ込んでくる〈ゼタ〉は正拳突きを放ってくる。
拳による攻撃が腹にもろに入り、突き抜ける。
「――グフッ!」
2度目の吐血。
――しかし、ここが好機。
「このままだと死んじまうぞ、小僧ォ!」
「……いいや、こんな所で死んでたまるかよ!」
〈ゼタ〉の拳を握り締める。
――絶対にこの手を離さない!
「ハハハハハハァッ! そうキタかァ!」
上段で構えていた大剣を振り下ろす。
紅黒の大剣は〈ゼタ〉の右肩へと振り下ろされる。
「うおおおおおおおおッ!」
紅黒の大剣は〈ゼタ〉の肉を断ち、深々と切り込んでいく。
やがて〈ゼタ〉の左手はぼとりと落ちた。
「ハハハハハハハハハハハハハァッ! 面白い! 面白いぞ! 貴様ァ!」
身体を貫通していた腕を抜く〈ゼタ〉
「貴様、名をルシアと言ったな! 気に入った! 我が領地へ入ることをゆるそう!」
だが、と続ける〈ゼタ〉。
「条件がある」
「条件……?」
「ああ。この領地で、間もなくトーナメントが開催される」
〈ゼタ〉が俺を指差す。
「貴様は、必ずそれに参加しろ」
「トーナメント……」
「この領地では、強さこそが全てだ。戦いによって、全てが決まる。次回は万全の状態で試合に挑め!」
〈ゼタ〉が続ける。
「住民全てに《神位》を付与している。公平に、強さを競い合うためにな」
「全員に……《神位》……?」
「ああ。そして、トーナメントで優勝した者には、望みを一つ叶えてやる」
〈ゼタ〉が俺を見た。
「……分かった」
俺は答えた。
俺はこのトーナメントを優勝して〈ゼタ〉を殺す――。
選択肢は、ない。
「ハハハハハハッ! 良い返事だ!」
〈ゼタ〉が笑う。
「だが、今の貴様では戦えんな。傷だら……」
あ、だめだ。
視界が眩む。
俺はその場に倒れる。
〈ゼタ〉が手を挙げる。
「おい、癒してやれ」
〈ゼタ〉同様、筋骨隆々の男が、〈ゼタ〉の後ろから現れた。
銀色の髪を後ろで結っており、如何にも武闘派と言わんばかりの見た目をしている。
「かしこまりました〈ゼタ〉様」
銀髪の男が俺に近づき、手をかざした。
温かい光が、俺の身体を包む。
腹に空いた傷が――癒えていく。
「これは……」
「オレの《神位》はな、【治癒】なんだよ」
銀髪の人物はニカッと裏表のない表情で笑った
安堵感からか全身の力が抜け、意識が朧気になっていく。
突然、意識は途切れた。
――――――
どれくらい眠っただろうか。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
「……んァ、ふぁぁぁぁ……」
欠伸の声が聞こえた。
足元を見ると――ロゼッタ・マリィが、ベットに突っ伏していた。
「んーっ」
ロゼッタが伸びをする。
「ルシアくん、やっと起きたぁ」
「……お前、ずっとそこに?」
「うん。見張ってたの」
ロゼッタがニコリと笑う。
次の瞬間、瞬時に顔を近づけてきた。
「ルシアくん、まだワタシが愛殺してないから、誰かにコロされちゃダメだよ♡」
「愛殺……って……」
「キミのことは、ワタシが守ってあげる」
ロゼッタが立ち上がる。
「だから、安心して♡」
そして、俺の手を引いた。
「ほら、街に行ってみよう?」
「待て、俺は――」
「ワタシとは行きたくないのかな……?」
ロゼッタは上目遣いでそう言ってきた。
そう言われるとは思いもしなかった。
「いや、そのだな、嫌という訳じゃないが……」
「じゃあ、大丈夫だね♡ 行こっ街に!」
有無を言わさぬ勢いでロゼッタは、俺を部屋の外へと引っ張り出した。
これはなかなか手強い相手かもしれない。
――――――
街を歩く。
至る所で、鍛錬を積んでいる。
剣を交える者。
拳を打ち合う者。
みんな、真剣だが――強くなることに対して楽しさすら覚えているように見える。
だが、対象的に屋台や、酒場も多いことに気づく。
おそらく、商業も盛んなところなのだろう。
「この領地、面白いよね」
ロゼッタが言う。
「みんな、戦うことが好きなんだ」
「……ああ」
「ルシアくんも、戦うの好き?」
「……わからない」
俺は答えた。
「俺は、ただ大切な人を奪ったやつらに復讐を果たしたい」
「復讐、かぁ」
ロゼッタが首を傾げる。
「やっぱりルシアくんは面白い♡」
ニタリとこれまで見たことない笑みで
「その復讐、ワタシも参加しちゃおうかな♡」
「……は?」
「なんてね、じょーだんですよ?」
「冗談でも言っていい事と……」
「ふふふ」
でも、と続ける。
「今は、ルシアくんが気になる。それだけ」
「なんでだ?」
「分かんない。でも、キミを見てると、ドキドキするの……」
ロゼッタが俺の顔を覗き込む。
「だから、愛殺したい♡」
「……意味が分からない」
「いいの。ワタシだけわかっていれば。ルシアくんに愛殺する時が楽しみだなァ♡」
ロゼッタがクスクスと笑った。
「ア! ルシアくんアレを食べよ」
ロゼッタが指さしたのは屋台だった。
屋台からは甘い匂いが漂っている。
「早く行こ♡」
俺はロゼッタに手を引かれ、屋台の前まで来た。
「へいらっしゃい! いま話題の焼き菓子だよ! ひとつどうだい!」
どうやらいま話題の焼き菓子らしい。
「へい、大将! 1つくださいな」
ロゼッタはふわっとしながらも気さくに告げた。
「へい、まいど! ありがとうね! お兄ちゃんたちお似合いだからオマケしとくよ!」
屋台の大将は愛想良く返事をしたあと、世辞を行ってくる。
「そうなんです、ワタシたちお似合いなんです♡」
ロゼッタはギュッと腕を組んでくる。
「おい、ふざけるのはやめろ」
「ふざけてないよ? ワタシは真剣♡」
ニコッと笑う姿がやけに可愛く見えてしまい、迂闊にもドキッとしてしまった。
――――――
街を歩き続けた。
ロゼッタと、色んな場所を回った気がする。
訓練場。
武器屋。
闘技場。
屋台。
「トーナメントはどうなるのかな」
ロゼッタが言う。
「ルシアくんなら、勝てると思うな」
「どうだろうな」
「大丈夫。ワタシが見守ってるからね」
ロゼッタが微笑む。何を考えているのかわからないハイライトのない眼でそう呟いた。




