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第4話『覚醒』


 朝日が、部屋に差し込んでいた。


 俺は目を覚まし、身体を起こす。


 昨晩はシルとカリンの母親の間で、家に泊まっていくということで決着が着いたようだった。


 親子の家で一晩、泊めてもらった。


 あまりお世辞にも綺麗な部屋とは言えなかったが、部屋が旧世界のもので作られていた。


「やあ、ルシアおはよう!」


 シルはいつも通り爽やかな笑顔で声をかけてきた。真っ白の髪の毛がふわりと動いた。


「あぁ、おはよう」


 シルとは何度かこのような会話を行っているが、今日は普段と変わって懐かしさを覚えた。


「朝食の準備ができたってさ。行こう」


 俺はシルと共に、リビングへと向かった。


-----


 テーブルには、朝食が並んでいた。


 焼いたパン。


 野菜のスープ。


 パンは硬く、スープにはお気持ち程度の野菜だけだったが、新世界に来てから初めてまともな食事にありついた。


 シルと2人きりの際はレーションのような簡易的な物で腹を満たしていた。


「質素なものですが、どうぞ召し上がってください」


 カリンの母親は笑顔で言った。


 カリンも、嬉しそうに席についている。


「いただきまーす!」


 その姿が妙に凛と重なって、懐かしさを覚える。


 俺はスープを口に運んだ。


 温かい。


 薄く味付けがされており、優しい味がする。


 そして――。


 頭の中に、あの日の光景が浮かんだ。


 母さんが作ってくれた朝食。


 父さんが新聞を読みながら、コーヒーをこぼす。


 凛が眠そうにテーブルに突っ伏す。


 優和が、笑顔で俺の隣に座る。


 あの、何気ない日常。


 もう、戻らない日々。


「――ッ」


 気がつくと、涙が流れていた。


「ルシアどうしたんだい?」


 シルが心配そうに声をかけてくる。


「……いや、なんでもない」


 俺は両の眼から流れる汗を平然を装い、拭った。


 何でもない。きっと気の迷いだ、と言い聞かせた。


「少し、埃が目に入っただけだ」


「……そうか」


 シルは、それ以上何も言わなかった。


 ただ、俺の肩を軽く叩いて、いつもの爽やかで優しい笑顔をくれた。



――――――



 朝食を終え、俺たちは外へ出た。


 町は、朝の活気に包まれている。


 人々が働き、子供たちが走り回る。


 旧世界の遺物を使ったツギハギだらけの町だが――ここには、確かに生活があった。


「ありがとうございました。本当に……」


 カリンの母親は、深々と頭を下げた。


「気にしないでください。たまたま通り掛かっただけなので」


 シルは苦笑しながら答えた。


「お兄ちゃん、またね!」


 カリンが手を振る。


 俺は頭にぽん、と手を置いた。


「あぁ、またな」


 ――刹那、彼方から轟音が響き渡った。


「……?」


 俺は瞬時に音の方角に顔を向けた。


 そして――見えた。


 町の入口から、何かが押し寄せてくる。


 旅路で嫌という程、視認した『獣』


 〈果ての獣〉だ。


 おびただしい数の〈果ての獣〉が街へ進撃していた。


『ギギギぎ、ぎ……ギギぎ……!』


「あれはヤバい、早く逃げないと……!」


 シルが叫ぶ。


「〈果ての獣〉の群れ……なんでこんなに……!」


 町の人々が逃げ惑う。


 周囲が阿鼻叫喚となる。


「ルシア! あれはさすがにマズイ! なるべく多くの人を馬車の荷台に乗せて逃げよう!」


「残りの町民はどうする!」


「残念だが、この場合、全員は助けられない! 乗せられるだけの人を乗せて逃げるのが最善だよ!」


 シルの言うことは正論であり、いま取れる最善の策かもしれない。


 俺は〈絶対者〉共に復讐を果たさなければいけない。

 

 だがここにいる町民を見捨てた場合、俺はまた目の前の人間を助けられないままになる――。


 俺は――。


「シル。ここは俺に任せてくれ! この場を何とかしてみせる!」


「ハァ!? そんなの正気じゃないよ! 早く荷台に乗って逃げよう!」


「俺は大丈夫だ、策がある。シルはその代わり町民の避難を頼む!」


「だ、だけど……!」


「――シル」


「……ああっ! もう、わかったよ! その代わり必ず生きて帰ってくるんだよ!」


 短い付き合いではあるが、シルは相手の気持ちを汲み取れるやつだ。


 今回はそこに甘えさせてもらった。


 ありがとう、シル。


「お兄ちゃん、行くの……?」


「あぁ、少しやることがあるんだ」


「カリンも着いていく! そしたら百人力だよ!」


 腰に手を当てて、ムフッと自信満々に告げる。


 またその姿が妹の凛と重なった気がした。


「ありがとう……だけど1人で大丈夫だ」


 でも、とカリンが続けようとしたところで――。

 

「カリン、お兄さんもそう言ってるのだからやめなさい!」


 カリンは母親に静止された。


 俺はカリンの母親へ、ペコリと頭を下げ、謝罪をする。


 心配してくれるのはありがたいが、いい加減、ここらで切り上げなければ、〈果ての獣〉たちが来てしまう。


 俺はカリンたちが馬車の荷台に乗るのを確認してから、〈果ての獣〉たちの方へ走り出した。



――――――

 


 〈果ての獣〉が迫る荒野にて。


 〈果ての獣〉の大群は刻一刻とこちらへ迫っていた。


 こちらは1人に対して無数の獣たち。数が多すぎる。


 正直、俺1人でどこまで足止めができるだろうか。


 《神位》のお陰で身体能力は通常の人間を凌駕しているが、〈ゼロ〉が言うには未だに使いこなせていないらしい。


 また、仮に身体能力を活かして、戦闘を行ったとしても討伐可能なのは、せいぜい数体程度だろう。


 この数をどう抑えるか……。


 ――刹那。


 〈果ての獣〉の大群を両断するかのように白銀の光が放たれた。


『ぎぎぎぎギ、ギギギギギぎぎぎぎ――!』


 獣たちの断末魔が周囲一帯へ響き渡る。


「あれは……!」


 あの光は見覚えがある――。


 両断された獣の群れの間から、人影が現れた。


 白銀の鎧を身にまとい、腰には同様の白銀の柄を携えている。その手には、白銀の剣を持っている。誰がどう言おうが模範的な騎士然としている。


 だが、ただひとつ違ったものがあるとしたら背中には〈メタ〉と同じ光輪が憎いほど輝いている。


「あの光輪は……!」


 騎士は、ゆっくりと歩いてくる。


 近づいてくると、よく顔が見えたがその顔はアクトに瓜二つであった。


「アクト……?」


 いや、流石にアクトがこんなところにいるはずがない……。


 何者かはこちらを一瞥すると、瞬きにも満たないほどの一瞬、憎しみの籠った表情を向けてきた…………気がした。


 そう。ただ、気がしただけである。


 だがやけに気になってしょうがない。


 やがて、何者かは名を名乗る。


「私は〈絶対者・メタ〉様より領地より逃げ出した不届き者を処分する名を受け、参上に至った!」


 すぅと1拍あけ。


「〈絶対者・メタ〉の神子〈ロレ〉と申す!」


 突如現れた奴は〈ロレ〉と名乗った。


 〈メタ〉の神子……?


 なんだそれは。聞いたことがない単語や、状況に頭の処理が追いつこうとしない。


「お前は誰だ! 神子とはなんだ!」


 俺は状況を整理するためにも、尋ねる。


「ふんっ、無知な貴様に教えてやる道理はない。我が真名を拝借できただけでも光栄に思うことだ」


 まずは――。


 奴はそう言葉を紡ぐと……。


「貴様から殺してやろう!」


 瞬きするよりも早くに一瞬にして距離を詰めてきた。


 咄嗟に後ろに飛び退けようとするが、数コンマ遅く、〈ロレ〉の白銀の刃は胸を貫こうと迫ってきていた。


 そして――。


 少女が、前に、立っていた。


 その体躯からは煌びやかな鮮血の華を咲かせた。


「あ……」


 何が起きた。


 いや、何も起きてない。


 そうだ。何もかも。幻さ。


 ――〈ロレ〉の白銀の刃は、カリンの身体を貫いていた。


「あ……ぅ……あ……」


 声にならない声だけがぽろぽろと漏れ出していく。


 カリンが、小さく声を漏らす。


「お……にぃちゃ、ん……かりん、が……まもって……あ……」


 そして――崩れ落ちた。


「うあああああああああああああああああああああああああ!!」


 俺は、叫んでいたんだと思う。


 もう発狂に近いほどに。


 ――凛。


 妹の顔が、少女の顔が、あの時の光景が重なる――。


 また、守れなかった。


 また、大切な人が――。


 その場で力の限り腕を振り払った。


 奴はサッと鎧など身につけていないかのように軽々しく避ける。


 カリンの身体を抱きかかえた。


 流れ出る鮮血は止まることを知らない。


「お、にぃ……ちゃん……えへへ……き、ちゃ……った……」


 そういうと、カリンの身体は魂のない傀儡のように軽くなった。


 俺は認めない。


 認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない。


「愚かな娘だ。貴様なんぞを庇って死ぬとはな」


 腹の底の方に冷たく、黒いものを入れ込まれた気がした。


 カリンをその場に起き――。


「よく聴け」

 

 俺の声は、低く、冷たかった。


 右腕から、黒い靄が溢れ出す。


 濃く、激しく、黒い靄は溢れ出す。


「いまから俺が! お前を、惨殺してやる……!」


 靄の中から――右手に収まるように赤黒い大剣が形成された。


 直剣よりも遥かに大きく、重厚な刃。


 しかし、重さは1ミリたりとも感じなかった。


 左手には、鎖のついた手斧が握られていた。


「お前も、〈絶対者〉も……すべて、鏖殺だ、惨殺だ、虐殺だ――!」


 俺は、騎士に向かって駆け出していた。


 

――――――


 

 大剣を乱暴に振り下ろす。


 騎士は、白銀の剣でそれをいなした。


 ガキィンッ!


 辺りへ金属音が響き渡る。


 俺は構わず、連続で斬りかかった。


 獣のように、ただ相手に「危害」を加えられたら、それで良かった。


 上段。


 下段。


 横薙ぎ。


 だが――。


 四方八方からの攻撃を、騎士は全てを防いでみせ、カウンターの斬撃を浴びせてくる。


「ッ!」


 左手の手斧を投げつける。


 騎士は剣で弾き飛ばした。


「ああ!」


 乱暴に叫んだ。


 俺は手斧を手放す。宙に放り出された手斧は霧散して消えていった。


 どうやら手放すと自動的に消えるようだ。


 その次に大剣を両手で握り、全力で振り下ろした。


 だが――。


 騎士の剣が、俺の大剣を弾く。


 俺の体勢が崩れる。


 その隙を――騎士は見逃さなかった。


 白銀の剣が、俺の肩を斬り裂く。


「――ッ!」


 好機だと感じた。


 痛みなどとうの昔に忘れてきた。


 あの子たちの痛みに比べれば――。


 左手に瞬時に手斧を生成した。


 その手斧についた鎖で相手の身動きを奪った。


 相手は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐ冷静な表情に戻る。


 〈ロレ〉は鎖を解こうとするが、それよりも早く大剣を相手に目掛けて振り下ろす。


 そのまま大剣は白銀の鎧を切り裂き、その先にある肉にまで到達した。


 ――相手の左手はぼとりと落ちた。


「んぐぅああああああああ!」


 〈ロレ〉は左手が削ぎ落ちたことにより、苦悶の表情を浮かべた。


「フシュゥ……フシュゥ……」


 俺は気づくと獣じみた呼吸をしていた。


 ――腹には白銀の剣が穿いていた。

 

 1周まわって頭はクリアだった。


「貴様如きに、ここまで追い詰められるとはなァ!」


 気づくと〈ロレ〉の左手は再生していた。


 コツコツとこちらへ近づき腹部に刺さっている白銀の剣を抜いた。


「ゴフッ……」


 口からは溢れるように血が出てきた。


 立っていられるのが奇跡のようだ。


「……貴様はここで殺す!」


 振り上げられた白銀の剣は今から命を狩り取ろうとする死神の鎌のように鈍く光を放っている。


 ここまでか――。


「ルシアッ!」


 何処かから聞き慣れた声が響いた。


 その声を聞いた途端、〈ロレ〉は瞬時に距離を取った。


 目の前にはシルの馬車が。


「早く手を!」

 

 傷が深い。いま出せるめいいっぱいの力で手を伸ばす。


 ガシッ――!


 幾度目か、握り締めた手は頼もしかった。


「――離すなよ!」


 馬車はその場に〈ロレ〉を置いて走り出す。


 騎士は――追ってこなかった。


 ただ、静かに立っていた。


 荷台へ投げ込まれた俺は何処へ向かうかわからなかったが、意識が朦朧とする。傷を負いすぎていたみたいだ。


「あらら、コレは酷い怪我だね」


 どこかで聞いたことのある声。


「これは治療が必要だなァ……このままのルシアくんもステキだけど! とりあえず、死なないように応急処置をしようね」


 もしかして……あの花畑で出会った……。


 俺の意識がそこで途切れた。

 

――――――


 荒野を走る馬車の御者台と荷台にて。


「〈ゼタ〉の領地に、噂がある?」


 御者台からシルファは問う。


 荷台から顔を出し、少女――ロゼッタ・マリィはおどけた様子で言った


「うん! ワタシ聞いたことがあるよ。闘争を司る〈絶対者・ゼタ〉の神子は、傷を癒す《神位》を使えること」


「そうなのか……だけど神子に会うこと自体が難しいじゃないかな?」

 

「それなら大丈夫だよ! ワタシに策があるから!」


「その言葉程、信用できないものはないないが、今は信用するしかなさそうだね」


 シルファが手綱を握る。


「じゃあ、出発だ! 〈絶対者・ゼタ〉の領地まで」


「しゅっぱぁーつ! おー!」


 馬車は進路を変え〈絶対者・ゼタ〉の領地へ走り出した。


 闘争の地へ。



 ――――――


 

 その頃。


 白銀の騎士はその場に立ち尽くしていた。


 周囲には、《終末の獣》と町民の死体。


 騎士は呟いた。


「……琉紫亜……」


 その声は――憎しみに満ちていた。


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うわぁああああ、カリンちゃん……
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