第3話『少女』
荒れた大地を駆ける馬車の荷台で目を覚ました。
どれだけ寝てしまっていただろう。
シルに助けて貰ってからしばらく荒野を走っていたが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
馬車の走行中、例の化け物を何度も見かけた。
シルが言うにはこの世界の人々からは〈果ての獣〉と呼ばれているらしい。
いつから存在していたのかわからず、どこから現れ、どこに帰ってゆき、なぜ生命を襲うのかすら解明されていないようだ。
「やあ、おはよう! よく眠れたかな?」
「あぁ、相変わらずよく眠れたよ」
それは良かった! とシルは爽やかに告げる。
「ところで、僕はこれから〈絶対者・メタ〉様の領地に向かう予定だけど、ルシアはどうする?」
「〈メタ〉……やつのところに向かうのか?」
〈メタ〉だけは絶対に許さない。
〈絶対者〉全員を殺害する為にも、これはチャンスだ。
「俺もこの先、同行していいか?」
「もちろん! どうせ1人きりの寂しい旅路さ。人数が増えた方が断然たのしくなるよ!」
にこりと清涼感のある笑顔で彼は答える。
「以前から気になっていたんだが、シルはなぜ旅をしているんだ?」
「ん? あぁ、実は僕は旅をしているわけじゃなくて、運び屋をさせてもらってるよ」
「運び屋?」
「うん! 各〈絶対者〉様の領地から物資を仕入れて、他の領地へ荷物を届けたり……これはあまり大きな声では言えないけど、領地外にある町々にもこっそり届けたりしてるんだよ」
この世界の流通も、旧世界とあまり変わりはないんだな。
馬車を引く、馬のような謎の獣が淡々と目的地へ向かって歩みを進めていく中、数メートル先で親子が〈果ての獣〉に囲まれている。
「誰か……助けて」
「シル! まずい、数メートル先の前方に親子が襲われているぞ!」
「あぁ、このままだとまずいから、助けるよ!」
馬車を走らせ、親子の方へいま出せる最大速度で向かう。
親子のところへ近づいたとき、俺を助けたときのようにシルは叫んだ。
「掴まれ!」
シルは母娘目掛けてめいっぱいに手を伸ばす。
母娘はそれを逃さずしっかりと握り締めた。
――――――
「どうか助けて頂いたお礼を……!」
「いやいや、お礼なんて!」
「いや、しかし……」
アレから母娘を救出したシルだが、母娘が住んでる町が近くにあるのでお礼をしたいと言い、結果寄ることになったのだが……。
「どうかお願いします! 命を救って頂いたのにこのまま返せばご先祖さまの名折れです!」
助けた母親はどうにかお礼をしたいようだ。だがそれを拒むシル。是が非でもお礼をしたいのか、食い下がる母親の構図が完成している。
ややシルから助けてほしそうな視線が送られてくるが、見なかったことにしたところ、いまにも泣きそうな顔になっている。
しかし、母娘が住む町まで来た訳だが俺が想像していた町とは違っていた。
建物は、旧世界の残骸を寄せ集めて作られている。
壁は崩れかけたビルの破片。
屋根は錆びた鉄板。
全てが、ツギハギだらけだった。
しかし、生気のない人間はあまり見当たらない。
むしろ活気があって、盛んな町のように見られた。
「ねぇねぇ、おにいちゃん」
袖をちょんちょんと引っ張る少女とバッチリ目が合う。
黒髪を肩の先まで伸ばし、背丈はだいたい中学低学年くらい。恐らく妹の凛と同じくらいの年頃だろう。
「どうした」
「お母さん、あぁなると長いから一緒に町に行こう」
少女からの唐突な提案。
数瞬、シルの方を一瞥し、思案する。
「ほんとうに大丈夫ですので……!」
「いえ! せめて……」
内心、申し訳ない気持ちを抱きつつ、その場を後にする。
シルなら大丈夫だろう。きっと大丈夫だ。
「少しだけだぞ」
「やった! おにいちゃーん! はやくはやく!」
袖をぐいぐいとひっぱり急かしてくる。
その光景が少女を年相応より幼く見せた気がした。
「待て、急ぐと転んだりしたら危ないぞ!」
「大丈夫だもん、転んだりしないもん!」
頬をむぅーっとさせながら言う姿は実に愛らしかった。
「そんなに急いでどこに行こうって言うんだ?」
「おにいちゃんにとっておきの場所教えてあげる!」
「そうか、それは楽しみだな」
その前に、と俺は言う。
「名前はなんて呼んだらいい?」
「わたし? わたしはね、カリン・サイレースだよ! おにいちゃんはカリンって呼んでいいよ!」
「カリン・サイレース……いい名前だ」
「そうでしょ! パパとママが付けてくれた大事な名前なの!」
まるでひまわりが咲くかのように満面の笑みで答えるカリン。どこかいつか見た妹の笑顔と重なった気がした。
――――――
「お兄ちゃーん! はやくはやく! 早くしないとスグ売り切れるよ!」
「凛、待ってくれ、そんなに急いでもなくなったりはしないだろう!」
「お兄ちゃん、その考えは甘いよ……! 限定くまぴょいの入手難度は高高の高なんだからね!」
「そ、そうなのか……?」
「そうだよ! だから急いで今すぐに!」
妹に手を引かれるまま走る。限定くまぴょいはそこまでして早くなくなるものなのか。
俺たちは目的地に到着するとすごい人混みだった。
これ全員、限定くまぴょい目当てで集まってるのか。
「お兄ちゃん。ここからは戦場だよ。限定くまぴょいを手に入れるためにどんな手を使ってでも手に入れなければいけない……!」
「どんな手を使ってもって大袈裟な……」
「しゃらっぁぷ! ごちゃごちゃ言う前に早くGETしに行くよ!」
「はい、はい」
――――――
「限定くまぴょいだー! やったー! やっと手に入れましたぜ旦那ァ!」
「手に入れられてよかったな、走ったかいがあったよ」
「うん! ずっと欲しかったから手に入れられてよかったァ!」
凛はひまわりが咲くような満面の笑みで笑った。心の底から喜んでいるのがこちらにも伝わってくる。
凛のこの笑顔が見れて俺は手に入れられて本当によかったと感じた。
俺はこの時の凛の笑顔を忘れないだろう。
――――――
その後、カリンに連れられて「とっておきの場所」とやらに連れられてきた。
そこは花畑だった。
蒼の花々が眼前に広がって、この荒れ果てた土地に咲いているとは信じ難い光景だ。
まさかこの町にこんな場所があったとは。
「すごいでしょ! 町のみんなでね、頑張って育てて、ここまで大きくなったんだよ!」
「あぁ、すごいな。よくここまで育てた」
「でしょー! みんなで育てた成果だよ!」
この大地でここまでの花畑に育てるのにどれだけの労力が必要だっただろうか。
考えれば途方もないものになることは確かだ。
そんなことを考えていると、花畑の真ん中に佇む1人の女性がいた。
――刹那、おぞましいほどに感じられる死の予感。
俺は全身でそれを感じ取った。
漆黒の髪の毛に赤いメッシュが入っており、身体のラインはスラッとしており、抜群のプロポーションをしている。
密かに息を殺す。
恐らく今の自分ではカリンを守り、生存することは難しい。
この場で殺されてしまえば、復讐すら成し遂げられない。
それだけは絶対に避けなければならない。
このままどうか気づかれないでほしい。
しかし、願いは虚しく彼女はこちらに顔を向けた。
彼女がひたひたとこちらへ歩くと花が揺れ、その歩く様は無駄がなかった。
冷や汗が流れる。
「……おにいちゃん」
何かを察したのか、カリンはぎゅっと服の袖を握り締めてくる。
服の袖を握る小さな手から不安が伝わってくる。
少なくともカリンだけでも守らねばならない。
自身の目の前で止まると、俺をじっと眺めた。
遠目の暗がりからでは確認できなかったが、容姿端麗で誰が見ても美しいと賞賛を送るだろう。だが瞳にはハイライトがなく、表情からも感情が感じ取りにくい。
そして、永遠にも思えた一瞬が流れる中、彼女は口を開いた。
「アナタって不思議なヒト……なんだかドキドキする……あ、愛殺しなきゃいけないよね。ワタシ、ロゼッタ・マリィだよ。よろしくね」
「あ、あぁ……ルシアだ」
「ルシア……名前覚えた。もう忘れない。ワタシこれから用事があるからまたね。ルシアくん」
呆気にとられた俺は、つい名乗ってしまった。
どっと緊張が解ける。
「お、お兄ちゃん……」
女の子が、震えている。
「大丈夫だ。もう、いない」
俺は女の子の手を取り、その場を離れた。
だが――。
ロゼッタ・マリィ。
あの少女の顔が、頭から離れなかった。




