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第2話『出会い』

 

――数日後。


 俺は長い間、荒廃した大地を歩いていた。


 どこまでも続く荒廃した大地。重く淀んだ赤泥色の空。


 周囲は相変わらず、瓦礫と廃墟ばかりだ。


 人の気配はなく、動物などの生き物の気配が微塵も感じられない。


 まるで、大地が死んでいるようだ。


 ここ数日、この荒廃した大地を歩いて、気づいたことがある。


 自身の身なりについてだ。


 以前までは黒髪であったが、眼を覚ましてからはチャコールグレーの髪の色に変化していたのだ。


 服装は死ぬ直前までに着ていたボロボロの学校制服。傷を負ったところは依然穴が空いたままだ。


 いま俺が歩いているのは、ただ歩いているのではない。

 遥か彼方、水平線の向こう側に見える「光の柱」を目指して歩いていた。


 現状、いまの俺には《絶対者》へ辿り着くまでの必要な情報も、あてもある訳では無い。


 しかし水平線の向こう側に見える、あの「光の柱」に辿り着けば何かあるはずだ。


 ――突如、視界の端で「何か」が動いた。


 俺は即座にその場を飛び退いた。


 先程まで立っていた場所に、その「何か」は立っていた。

 

『ぎ、ぎ、ギぎギギ、ギギ……ぎィ……』


 おぞましい。


 最初の感想。


 ただ心底、虫唾が走る。


 顔であろう場所に眼はなく、口だけがやけに強調されている。アンテナの役割を果たしているであろう触覚が意気揚々に動き、黒く照り感のある肌をしている。さらに4本の足が小刻みに動く様は「何か」の得体の知れない気持ち悪さをより際立たせている。


「なんだ、あれは……!」


 得体の知れない「何か」に遭遇し、頭の中で警告音が鳴り響く。


 戦闘手段を持ち合わせていない、自分に今できることは、この場からの逃亡のみ!


 身を翻し、地に着いている片足に力を溜め、力の限り踏み込む。


 地面を蹴り込んだ勢いで、その場に土煙が上がる。


 初速は自身でも驚きを隠せないほどの速度。


 自動車に匹敵するほどの速さと、周りの淀んだ空気を引き裂くように「何か」との距離を開いていく。


 後ろを見ると「何か」はすでにはるか遠くに存在していた。


 ――しかし。


「何か」は遠くでおぞましくも、けたたましい雄叫びをあげた。


 すると地平線の彼方よりぞろぞろと「何か」の群れが集まってきた。


 『ぎ、ギギギギぃ……ギギ……』


「……勘弁してくれ」


 このまま逃げ続けてもジリ貧だ。どうやってヤツらから逃げるか……。


 切迫した状況で思考を巡らせつつ、荒廃した大地を駆け抜ける。


 以前より段違いに身体が軽くなったような感覚……?


 そんなことを考えていると、背後からガタガタガタと地に足を食い込ませながらコチラへ向かってくる「何か」


 気づけば背後は断崖絶壁に阻まれ、逃げ場所がなくなっていた。


 『……ぎ、ぎぎぎぎ……?』


 何か言っているようだが俺にはわからない。


 ただわかるのは、いま俺の周囲を囲み、こちらの命を今か、今かと刈り取ろうとしていること――。


 まだ始まってすらいない俺の復讐が、こんなよくわからないヤツらに邪魔されるのか……?


 ――ユルサナイ。


 あってはならない。ゆるされてはいけない。ゆるさない。


 頭に血が登り、身体が熱くなっていくのを感じる。


「俺の復讐に……邪魔をするなら、死ね!」


 その瞬間、心臓が跳ねる。


 吠える罵声。


 勝手に言葉が荒々しくなる。


 身体の火照りが心臓に集まっていく感覚がある。


 ――しかし。


「おい、掴まれ!」


 徐々に冷静になっていく頭。辺り一面に響く声。


 「何か」共々、声の方向へ一斉に視線が向く。


 周囲と例外はなく声のする方へ顔を向けていた俺はこちらへ全力で伸ばされる手の存在に気づく。


 突然の事で呆気に取られた。


 知らない人。


 誰なのだろうか。


 しかし、そんなことを考えることもやめ、無意識に差し出される手へ、手を伸ばした。


手を引かれる感覚。そのまま馬車の御者台へ。


「――ひとまず逃げようか!」


 鞭はバシン、と威勢よく響くと、馬ではない馬車を引っ張っている四足歩行の見たことの無い青紫色の生き物は先程より速度を上げる。


 馬車は「何か」を掻き分け、走り抜ける。


 後ろを振り返るとヤツらはこちらを追いかける素振りがなかった。


「危なかったね、ギリギリのところで助けられてよかったよ」


 にこりと清爽とした笑顔でこちらへ語りかけてくる。


「あ、あぁ……助かった」


 呆気にとられつつ、助けてくれたことへ感謝を伝える。


「僕は目の前で死にかけてる人を救っただけさ、良かったら次の街まで、まだ距離はあるから後ろの荷台で少し休んだらいいよ」


「感謝しかない」


 ホッと俺は一息ついたところで、緊張の糸が切れたのか、ドッと眠気が押し寄せてきた。


 ここ最近野営続きでまともに睡眠を取れていなかった、そのツケが回ってきたのかもしれない。


 それと同時に意識が少しずつ遠のいていく。


 ゆっくりと混濁していく意識に、身を任せ、やがて糸が切れたかのように意識は閉じた。



――――――



「やぁやぁ! また会ったね! そんなに僕に会いたかったかい?」


 前回と変わらないおどけたような軽口。


 夢の中のような掴みどころのない空間で、いまいち意識がはっきりとしない。かつ《ゼロ》の軽口がやけに鼻につく。


「まあ、いつも勝手に現れるのはボクの方なんだけどネ!」

 それで、と《ゼロ》は続ける。


「今回呼び出したのは、君に与えた《神位》という力についてなんだよ! いやー、まさかボクとしたことが説明を忘れるとは……! 聞いたらびっくりするよ? 聞く? 聴く? 訊くしかないよねェ!」


 ――いいから、早くその《神位》ってやつについて教えてくれ。


「ちぇ……キミは釣れないなぁ……まあいいよ! ボクはメゲずに《神位》について説明してあげよう!」


 ふふん、と《ゼロ》は言う。いま《ゼロ》の姿は見えないが、恐らく腰に手を当て、胸を張って気取った顔をしていることが容易に浮かぶ。


「ズバリ! 《神位》はキミのニンゲンとしての能力の格を上げて、身体能力や、特殊な能力を開花させたのだよ!」


 ……だから俺は「何か」から逃げようと行動に移したとき、身体がいつもよりも軽く感じたのか。


「だけど、キミはまだ《神位》を使えてない」


 ――使えてない……?


「そうそう! キミはまだ《神位》が開花されていない。《神位》には段階があって、キミはまだ身体能力などが著しく強化されてる状態……まぁ、言うなれば蕾の段階だネ!」


 ――蕾の段階……ならどうしたら俺は次の段階に進めるんだ?


「そこはキミが考えるところだよォ! ここでボクが教えちゃったらつまらないだろう? しぃっかりと、胸に手を当ててボクがキミになんのためにその力を与え、キミは何をしたいかよく考えてみるといいヨ!」


 ――それは……。


「ま、せいぜい頑張っていこうよ! ボクたちは運命共同体で二人三脚なんだからネ! ボクからの説明は以上となりまぁす! 今回は質問は受け付けません!」


 《ゼロ》は俺の言葉を遮るように告げる。


 ――わかった。


「よろしい! それじゃあまた次の機会に会おう! 孤高のリベンジャーくん! しーゆーあげいん!」


 《ゼロ》がそう言うと前回同様、タガが外れたような感覚に襲われ、海の中へ沈んでいく感覚に襲われる。


 《神位》……未知数の多いこの力、必ず使いこなしてやる。



――――――



 ハッ、と俺は目を開けた。


 荒い息を吐きながら、身体を起こす。


 先程いた荒廃した大地とはガラッと変わり、布で荷台を軽く覆った馬車に乗っていた。


 確か俺は「何か」から逃げて……。


「目覚めたかな、旅人さん」


「やっ」と軽快な様子で、馬車の御者台から荷台へ顔を覗かせる男性。


 眼を引く翠色のキャスケット帽に、そのキャスケットから覗かせるオフホワイトの短髪の髪。荷台から僅かに見える翠色のベストと白シャツ。合わせたかのように瞳も鮮やかな翠色をしている。


 意識を失う前に俺のことを助けてくれた人物。


「そういえば、自己紹介を忘れてたね! 僕はシルファ・ストームベルト。気軽にシルって呼んでいいよ」


 そう言うと、彼はニコッと爽やかに笑う。


「俺は……」


 俺はなんと名乗ろう。


 この世界での名前などないし、本名を名乗ってしまっても良いものか……。


「……どうかした?」


「いや、なんでもない。俺はルシアだ、さっきは助けてくれてありがとう」


「ルシア! いい名前だね! 短い付き合いかもだけど、よろしく頼むよ!」


 またしても彼は清涼感のある笑顔でニコッと笑い、そっと手を差し出される。


 俺はその手を握り返した。


「よろしく、シル」


 ――これがシルとの長い付き合いとなる出会いだった。


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