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第1話『日常と破滅』

はじめまして!

「灰ノ(はいの)」と申します。


こちらの作品は僕の処女作となります。

良ければ楽しんで読んでくださると嬉しいです!


 

『――キミにキメたよ!』


 突然、男性とも、女性とも取れない声が腹の底から楽しそうに僕に告げてくる。


 『――キミは選ばれたんだ! とても幸で、不幸な男の子だネ!』


 何を言っているのだろう?

 意味がわからないまま話が進んでいくことに僕は混乱をしてしまう。


 どういうことか訪ねようとしたところで――。


 『――さァ、時間だよ。名残惜しいが……感動の再会はまた今度だ。また会おうネ!』


 謎の声がそう言うと、僕の意識はまるで深い海の底へ沈むように遠のいていく。


 沈む、沈む。

 どこまでも静かで深い海の中に僕の意識は沈んでいった。


 

 ――――――

 


 目覚まし時計のアラームが鳴るのと同時に僕は目を覚ました。


「……変な夢だった」

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の中を優しく照らしている。気持ちを切り替えるためカーテンを開けた。


 今日もいつもと変わらない朝だ。


 僕は清々しい気持ちでスマホを手に取る。時刻は午前6時30分。学校の始業までまだ2時間ある。僕は制服に着替え、鏡の前で黒髪を軽く撫でつけ、寝癖がないことを確認する。


「琉紫亜ー! 朝ごはんできてるわよー!」


 階下から母さんの声が聞こえた。


「いま行く!」


 僕は部屋を出て、階段を降りる。リビングからは甘い香りが漂ってきた。トーストを焼く匂いだ。


「おはよう、琉紫亜」


 ダイニングテーブルの前で、父さんが新聞を広げながら笑顔で僕を迎えた。いつもの緑と白のアーガイル柄のベストを着て、丸眼鏡の奥から優しい目を向けてくる。その手には父さんのお気に入りのコーヒーカップを持っている。


「父さん、こぼれそうだぞ」


「おっと」


 父さんは慌ててカップを持ち直したが、少しだけコーヒーがテーブルにこぼれた。


「あらあら、もう」


 母さんがエプロン姿で現れ、すぐに布巾でテーブルを拭いた。今日のエプロンは白地に小さな花柄が散りばめられたものだ。母さんは毎日違うエプロンを身につけるのが楽しみらしい。


「ごめんごめん、美音」


 父さんが申し訳なさそうに母さんに謝る。


「いいのよ。慣れてるから」


 母さんは父さんに微笑みかけると、僕の前に朝食を置いてくれた。トースト、目玉焼き、サラダ、それにオレンジジュース。見た目も彩りも完璧な、朝食だ。


「お兄ちゃん、おはよぉ……」


 眠そうな声と共に、妹の凛がリビングに現れた。茶色い髪はぼさぼさで、黄色いリボンも片方だけ外れている。制服のブラウスもしわくちゃだ。


「凛、ちゃんと起きろ。遅刻するぞ」


「うー……眠い……」


 凛はテーブルに突っ伏したまま、小さく唸った。


「凛、ちゃんと座って食べなさい。ほら、今日はオムライスよ」


「……!」


 母さんの言葉に、凛が勢いよく顔を上げた。


「ほんと!? やったー!」


 途端に元気を取り戻した凛が、嬉しそうに笑う。母さんが凛の前にオムライスを置くと、凛はスプーンを握りしめ、無我夢中で口に運び始めた。頬を膨らませながら幸せそうに食べる姿に、僕も少しだけ口元を緩めた。


「早く食べないと遅刻するぞ、凛」


 これが僕たちの、いつもの朝だった。


 何も変わらない、穏やかで、当たり前の日常。

 


――――――

 


 朝食を終えた頃、玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


 母さんが玄関に向かう。ドアを開ける音と、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「おはようございます、おばさん!」


「あら、優和ちゃん。おはよう。今日も早いわね」


「えへへ、琉紫亜と一緒に学校行きたくて……!」


 僕はリビングから玄関へと向かった。そこには、亜麻色の髪をハーフアップに結んだ優和が立っていた。ブラウンの細いリボンが朝日に照らされて輝いている。


「おはよう、優和」


「おはよう、琉紫亜! 今日もいい天気だね」


 優和は向日葵のような晴れた笑顔でそう言った。笑うと、左右の頬に小さなえくぼができる。


「ああ、そうだな」


「じゃあ、行ってきます」


「いってらっしゃい。琉紫亜、優和ちゃん、気をつけてね」


 母さんが玄関先で手を振ってくれる。僕たちは軽く手を上げて応え、並んで歩き始めた。


 空は青く晴れ渡り、風が心地よく頬を撫でる。道端の花壇には色とりどりの花が咲いていた。


「ねえ、今日のお弁当ね、()()()の分の唐揚げ作ったんだ。」


「本当か? ありがとう優和」


 優和はいつも、僕の好きなものを覚えていてくれる。幼い頃から一緒に育ってきた幼馴染だからか、彼女は僕のことを何でも知っているような気がする。


 優和はくすくすと笑っている。


 僕たちは並んで、学校へと向かった。


 

――――――

 


 教室に入ると、既に何人かの生徒が席についていた。窓際の席に座ると、後ろから声がかかった。


「よう、琉紫亜!」


 振り返ると、ゆるくウェーブがかかった天然パーマの髪をした少年――正田 芥徒(まさだ あくと)が、にひひと笑いながら近づいてきた。制服は第二ボタンまで開けて、ネクタイも緩めている。


「おはよう、芥徒」


「おう! 優和ちゃんもおはよー!」


「おはよう、芥徒くん」


 優和も笑顔で応じる。芥徒はすぐに優和の隣に座り、彼女の鞄の前で鼻をくんくんとさせる。


「もしかして、今日のお弁当は唐揚げですかなぁ?」


「それは秘密!」


「えー、教えてよー!」


「ダメだよ。お昼のお楽しみ」


「ちぇー」


 芥徒は不満そうに頬を膨らませた。


 僕は呆れたように溜息をついたが、内心では少しだけ笑っていた。


 こんな他愛もないやり取りが、僕たちの日常だった。


 ずっと続くと思っていた、かけがえのない日々。



 ――――――


 

 昼休み。


 僕と優和、それに芥徒の三人は、いつものように屋上で昼食を取っていた。


「いっただっきまーす!」


 芥徒が嬉しそうに優和の弁当箱を覗き込む。


「ちょ、ちょっと芥徒くん! 勝手に見ないでよ!」


「いいじゃんいいじゃん! おお、唐揚げ!」


 芥徒は優和の弁当から唐揚げを一つ摘まんで、口に放り込んだ。


「もう……毎日毎日……」


 優和は呆れたように溜息をつくが、その顔は笑っている。


「うめえ! やっぱ優和ちゃんの料理は最高だわ!」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと芥徒くんの分のお弁当もあるんだよ?」


「え、ホント!」


 うひょー! と素っ頓狂な声を上げながら、その場で飛び上がり喜びを身体で表現する。


「おい、琉紫亜! 俺の分の弁当もあるんだってよ! 羨ましいだろ!」


「残念だったな、僕の分もあるんだよ」


「はぁ?! ズルいだろ! 俺だけじゃないのかよ……」などという不満の声を上げている芥徒に勝ち誇ったように笑う。


 それを横目に優和がくすくすと笑っている。


 ――その後、暫く3人で談笑をしながら昼食を食べていたとき。


「なあ、お前ら……今朝のニュース見た?」


「ニュース?」


 僕は芥徒を見る。


「ああ。なんか最近人を殺したとか、傷つけたとかって事件、めちゃくちゃ増えてんだよな」


「……そうなの?」


 優和が不安そうに尋ねる。


「ああ。なんでも、今日のニュースで見たのは、犯人の恋人が殺されたから、恋人を殺した相手に復讐を実行したらしいぜ」


 芥徒は箸を止め、俺たちを見た。


「お前らさ……復讐って、どう思う?」


「復讐……?」


 優和が小さく呟く。


「ああ。例えばさ、大切な人が誰かに殺されたとして。お前らならどうする? その相手を……許せるか?」


 芥徒の声は、いつもより低く、真剣だった。


 優和は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「……気持ちは、分かると思う。大切な人を奪われたら、すごく辛いし、憎いって思うのは当然だと思うから」


「うん」


「でもね……復讐しても、その苦しみは消えないんじゃないかな。きっと、もっと悲しいことが増えるだけで……」


 優和は俯きながら、静かに続けた。


「だから、私は……復讐はしちゃいけないと思う。辛いけど、それでも……前を向かなきゃいけないんだと思う」


「……そっか」


 芥徒は少しだけ寂しそうに笑った。


「俺はさ……多分、許せないと思う」


「え……?」


「人を殺すなんてやっちゃいけないと思うぜ? でもよ、大切な人を奪われて、その殺した相手がのうのうと生きてるなんて……俺には無理だ。多分、復讐してしまうかもしれない」


 芥徒の拳が、ぎゅっと握られる。


「それが正しいかどうかは、分からない。でも、俺はそういう奴なんだと思う」


 その言葉には、どこか自嘲的な響きがあった。


「芥徒くん……」


 優和が心配そうに芥徒を見る。


 芥徒は首を振り、いつもの笑顔に戻った。


「まあ、そんな物騒なこと起きないといいけどな! で、琉紫亜はどう思う?」


 芥徒が僕を見た。優和も、僕の方を向く。


 僕は言葉に詰まった。


 復讐。


 もし大切な人を奪われたら、僕はどうするだろう?


 許せるのか? 許せないのか?


「僕は……」


 言葉が出かけた、その瞬間。


 バサッ――


 数羽の鳥が、俺たちのすぐ傍を飛び立った。突然の羽ばたきに、三人とも思わずそちらを見る。


「わ、びっくりした」


 優和が胸を撫で下ろした。


「あはは、驚いたな」


 芥徒も笑う。


 キーンコーンカーンコーン――


 そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あ、もう戻らないとな」


 芥徒が立ち上がる。


「じゃ、教室戻ろうぜ」


「うん……」


 優和も弁当箱を片付け始めた。


 僕の答えは、結局誰にも聞かれることはなかった。


 屋上に、静かな風が吹いた。


――――――

 


 放課後――。


 いつもと変わらない一日が終わろうとしていた。授業も終わり、教室には帰り支度をする生徒たちの声が響いている。


「琉紫亜、一緒に帰ろう?」


 優和が笑顔で声をかけてきた。


「ああ」


 僕は鞄を持ち、優和と共に教室を出た。芥徒は部活があるらしく、「また明日なー!」と手を振って別の方向へ走っていった。


 校門を出て、いつもの帰り道を歩く。夕陽が傾き始め、空はオレンジ色に染まっていた。


「ねえ、琉紫亜」


「ん?」


「ちょっと、寄り道していかない?」


 優和が少し照れたように、僕の顔を見上げる。


「……いいけど、どこに?」


「あのね、見せたい景色があるの」


 優和に導かれるまま、僕たちは街を見下ろせる小高い丘の上にある公園へと向かった。


 公園に到着すると同時にベンチに座ると、眼下には街全体が広がっていた。夕陽に照らされた街並みは美しく、どこか温かみを感じさせる。

 

 周囲の人々から聞こえてくる話し声や、笑い声が心地よいBGMのように聞こえてくる。


「綺麗でしょ?」


 優和が嬉しそうに言った。


「ああ、そうだな」


「ここ穴場スポットでね、悩み事とかあるとよく来てたの。景色がキレイに見えるから琉紫亜にも見せてあげよう、と思って」

 

「あのね……琉紫亜」


 おもむろに優和が僕の方を向く。その表情は、いつもよりも頬が赤らめていて、少しだけ緊張しているように見えた。


「どうした?」


「私ね……琉紫亜に、伝えたいことがあって……」


 優和の声が震えている。僕は何も言わず、彼女の言葉を待った。


「琉紫亜は、私のこと……どう思ってる……?」


「どうって……幼馴染、だろ?」


「そう、だよね……」


 優和は少しだけ寂しそうに笑った。そして、深呼吸をして、再び口を開こうとした。


「あのね、私――」


 その瞬間。


 ピシリ、と音がした。


「……え?」


 僕と優和は同時に空を見上げた。


 夕焼けに染まっていた空に、ヒビが入っていた。


 まるでガラスが割れるように、空間そのものに亀裂が走っている。ヒビはみるみるうちに広がり、やがて――バリン、と音を立てて砕け散った。


「何……だ……?」


 砕けた空の向こうから、光が溢れ出した。


 眩いばかりの白い光。その中から、何かが降りてくる。


 それは、人の形をしていた。


 背中には神々しい光輪が輝き、白銀の身体には黒いラインが走っている。まるで天使のような、荘厳な雰囲気を纏っている。


 しかし、本能がやばいと警告をしている。

 

 早く逃げろ、と。


「愚かな人類よ――」


 その存在が、低く響く声で告げた。


「我は〈絶対者・メタ〉人間共よ、貴様らの罪を償う時だ」


 次の瞬間、〈メタ〉と名乗る人物は掌を上空にあげると、その掌からは無数の光の槍が放たれた。


 それは、まるで雨のように周囲へ降り注ぐ。


「優和ッ!」


 僕は咄嗟に優和を押し倒す。光の槍は僕たちの頭上を通り過ぎ、背後の木々を一瞬で消滅させた。


 周囲から、悲鳴が聞こえる。

 

 公園にいた人々が、次々と光に貫かれて倒れていく。


「琉紫亜……!」


 優和が震える声で僕の名を呼ぶ。


「走れ!」


 僕は優和の手を引き、公園を駆け出した。だが、光の槍は容赦なく降り注ぐ。


 光の槍が、次々と地面を穿つ。


 爆音と共に、周囲の建物が崩れていく。


 人々の悲鳴が、街中に響き渡った。


 そして――その悲鳴は、一つ、また一つと消えていく。


「琉紫亜……っ!」


 優和の声が聞こえた。


 振り返ると――優和の腹部に、光の槍が突き刺さっていた。


「優和ッ!!」


 僕は駆け寄り、彼女を抱き起こす。優和の身体は、信じられないほど軽かった。

 

「琉……紫……亜……」


 優和が、か細い声で僕の名を呼ぶ。


「喋るな! 今、助けを――」


「聴いて、琉紫亜……」


 普段聞いている声とは別人のような消え入りそうな声。


「私……琉紫亜のこと……すき、だった……ずっと……でも、私はもうダメ、みたい……」


 優和の手が、震えながら僕の頬に触れた。


「優和……!」


「生き、て……琉紫亜……」


 優和の手が、力なく落ちた。


 彼女の瞳から、光が消えていく。


「優和……優和ッ!!」


 僕は優和を抱きしめたまま、叫んだ。


 だが、彼女はもう――何も答えなかった。

 


 ――――――

 


 どれくらいそうしていたのか分からない。


 気がつくと、周囲は廃墟と化していた。


 自身の無力さ、罪悪感、様々な感情が頭の中でぐちゃぐちゃと巻き回され、死んでもいいとすら考えていた。


 しかし、運が良いことに死にはしなかった。

 

 そこには〈メタ〉の姿は既になく、ただ瓦礫と煙だけが残されている。


 僕は優和を――優和の亡骸を、そっと地面に横たえた。


「……家族……」


 家族はどうなった?


 母さんは? 父さんは? 凛は?


 突然、僕は家族のことが脳裏を横切った。

 あの激しい攻撃の中、通常なら生きている確率の方が低いかもしれないが、僕は立ち上がり、走り出した。


 自宅までの道のりは、地獄だった。


 崩れた建物、燃え盛る炎、倒れている人々。


 僕はそれらを全て無視して、ただ走り続けた。


 やがて、自宅が見えてきた。


 家は――まだ、形を保っていた。


「母さん! 父さん! 凛!」


 僕は玄関のドアを開け、中へ飛び込んだ。


「琉紫亜……!」


 リビングから、母さんの声がした。


「母さん!」


 リビングに駆け込むと、そこには母さんと父さん、そして凛がいた。


「無事、だったのか……!」


 安堵感が広がる。だが――その安堵は、一瞬で砕け散った。


「――見つけたぞ」


 背後から、爆風と爆音が響き渡る。その衝撃で身体が壁に打ち付けられ、全身に激しい痛みが走る。


 視界の先には自宅を破壊しながら進む、〈メタ〉が君臨していた。


「お前ッ……!」


 僕は〈メタ〉に向かって叫ぶ。だが、〈メタ〉は僕を一瞥し――冷たく告げた。


「貴様にはここで死んでもらう」


「勝手なこと言いやがって……!」


「……」


 〈メタ〉は何も言わず僕へ視線を向ける。


「――ッ!」


 こちらへ明白に向けられるひりつくような殺意。まるで肉食動物に眼をつけられた草食動物のように身震いが止まらない。


 〈メタ〉の手に光が集まり、やがて光の槍と化した。


 この後、僕の命を刈り取ろうとする光の槍が〈メタ〉の手に握られ、こちらへ照準を合わせた。


 僕に投擲される光の槍。僕の命を刈り取ろうとする死神の攻撃。


 反射的に目をつぶってしまった。


「琉紫亜……!」


 突如、父さんの声が響き渡る――。


 父さんは僕の前に立ち塞がっていた。しかし上半身には〈メタ〉が放った光の槍が穿いている。口からは血がゴフッと溢れ出した。


「琉紫亜……お前たちだけでも逃げろ……母さんたちを、守ってくれ……」


 「父さんッ!」


 「あなた!」


 「お父さん!」


 父さんの身体が、崩れ落ちる。


 母さんの聞いたこともないような甲高い悲鳴が辺りへ響く。


 途端、今まで抱いたことのない黒い感情が腹の奥よりふつふつと込み上げてくる。ただ目の前のクソ野郎を殺してやりたい――ただその一心だった。


「貴様ァァァッ!」


 僕は衝動に身を任せて〈メタ〉に向かって、その場にあった瓦礫を掴み、走り出した。


 だが、〈メタ〉は眉1つ変えずにこちらを見つめるのみ。


 それがまた僕を苛立たせた。


「無駄だ」


 〈メタ〉が手を振るう。


 瞬時に光の槍が形成され、僕の右肩を穿つ。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」


 自身でも驚愕するほどの叫び。身体を穿つ光の槍が傷口を炙っているのか、傷口が焼けるように痛む。


 さらに追い打ちをかけるように、脚、右腕と光の槍が突き刺さる。全く身動きが取れなくなり拘束される形となる。


「――あぐっ!」

 

 痛みに言葉にならない言葉が漏れる。

 

「お、兄……ちゃん……」


 凛が震える声で僕を呼んだ。手は震えており、今にも泣き出してしまいそうだ。


「……凛ッ! お兄ちゃんは、大丈夫だ……母さんを、連れて……逃げろ!」


 凛に僕は駆け寄ろうとしたが、その行為を一蹴する。なるべく心配させないように。


 ただ、ただ凛と母さんだけでも生きて欲しかった。

 おそらく助からないだろうが、自分の命より2人の命を大切にしたかった。


「お兄ちゃん! でも――」


 ――グサッ


 何かが刺さる音がした。


 何が刺さった、か。


 誰に刺さった、か。


 そんなこと、とうにわかっていることだ。


 ――凛と母さんの胸部に光の槍が刺さっていた。


「……お、にぃ……ちゃん……」


 一言、僕の名前を呼び、凛は音を立て、床に倒れた。それに続くように母も倒れた。


 床には先程まで会話していた2人。とめどなく血が流れて、円形に血が広がる。


 信じ難い、信じたくない、眼前の光景を脳が理解しようとしない。


「邪魔者は排除しよう。貴様ら人類は皆殺しだ」


 〈メタ〉はそう冷たく、どこまでも感情のない言葉を言い放った。


「……ッ……ああああああああああああッ!」


 全てを失った。


 家族も、優和も――僕の大切なものが、全て奪われた。


「貴様ァァァッ!」


 僕は〈メタ〉に向かって吼えた。


 何も考えられなかった。ただ、目の前の存在を――この化け物を、許せず、滅茶苦茶にしてやりたかった。


 〈メタ〉がゆっくりと近づいてくる。


「ここで終わりだ――さらばだ」


 〈メタ〉が手を掲げ、形成された光の槍が、僕に向けられた。


「――殺してやるッ! 必ず! ゆるさない、必ず! 絶対だ!」


 最期まで〈メタ〉に殺意の言葉を吐き捨てる。


 この世の全てを犠牲にしても、お前だけは殺してやる……!!


 光の槍が――僕の心臓を貫いた。


 そこで意識が、途切れた。


 暗闇の中を、僕は落ちていく。


 全てが、終わった。


 もう、何も――。



――――――


 

 ――――冷たい。


 それが、最初に感じたことだった。


 身体が、ひどく冷たい。


 まるで、海の中に沈んでいるような感覚。


 ――ストン。


 底に着いたかのような感覚が背中に伝わってきた。


『ヤッ! ゲンキしてるかい?』


 突然、どこかから、この場にそぐわない素っ頓狂な話し方で、こちらのリズムを崩すような様子で、こちらに話しかけてくる誰か。男性とも、女性とも取れない不思議な声をしていて、視界の中には姿形は見えない。


 声を発しようとしたが、まるで声帯がそもそも存在しなかったかのように声が出せない。


 『あぁ! いまキミは喋ることはできないよ! だってキミは死んじゃってるからねェ……』


 姿を見せない何者かは「それに……」と続ける。


 『ここではボク以外は誰もしゃべることも、何もできないよ』


 ……確か〈メタ〉に心臓を刺されて、死んでしまったのか。


『とりあえず、長ったらしいのも嫌いだからさ! 単刀直入に行くよ。……あぁ! ボクのことは《ゼロ》と呼んでくれたまえ!』


 そういう彼は『それでね』と続ける。


 『キミは僕のお気に入りだから、特別に〈絶対者〉たちを殺す力をあげるよ!』


 いま僕の目からは《ゼロ》と名乗る人物の姿は見えないが、おそらくニタニタと粘つくような笑顔でこちらへ語りかけているだろう。


 《絶対者》という単語にほの暗い感情が湧き上がってくる。


 ――なんでお前はその名前を知っている! 《絶対者》は1人だけじゃないのか!


 『いぃい質問だネ! 良い質問をしたルシアくんには特別に答えてあげよう! 《絶対者》は複数人いるよ、《メタ》くんを含めて3人……!』


 《ゼロ》は意気揚々と大層に告げる。


『君にはね、3人を殺してほしいんだよ』


 ――《絶対者》が3人? それはどういうことだ?


『……はぁい、キミからの質問タイムは設けてないよ! いまキミに問うのは《絶対者》たちを殺したいか、殺したくないか……だよ』


 遮るように《ゼロ》は言うと『どうする?』とまたしても粘ついた声でこちらに問いかけてくる。


 そんなものは決まっている。


 ――全員、殺してやる。皆殺しだ……必ず。


『良い! 良い返答! やっぱりキミを見つけたボクの眼には狂いはなかったね! じゃあこれからキミにはボクの力の一部《神位》を授けよう』


 《ゼロ》がそう言うと、あたりは光に包まれた。


 ――おい、その《神位》っていうのは!


 『じゃあ! よい復讐と皆殺しLifeを! キミの復讐に幸と、不幸あれ!』


 またしても僕の言葉なんて聞く耳を持たない調子で、話を遮り、一方的に別れの言葉を告げてくる。


 突如、僕の意識が揺らぐ。まるで引き止められていた意識が海の底に落ちていくように。


 僕の意識は読みかけの本を閉じるかのようにぱたん、と閉じられた。

 


 ――――――

 


「……ここは……」


 僕は眼を開けた。


 眼前に広がるのは――赤泥色の空。


 そして、荒れ果てた大地。


 僕は地面に倒れていた。周囲には、見たこともない景色が広がっている。


「……何だ、ここは……」


 身体を起こそうとして――僕は気づいた。


 《メタ》の光の槍が突き刺さったはずの右腕が変化している。


 黒く変色しており、真っ赤なラインが入っている。まるでその赤いラインが血管のように見える。


「これは……」


 異形。


 それが、今の僕の感想だった。


 僕は、荒れ果てた大地を見渡した。


 ここは、僕が住んでいた世界ではない。


 絶対者が作り出した――新しい世界、と。


 ――旧世界の成れの果て。


 いま僕は「世界の成れの果て」にいる。


「……復讐」


 腹の底からふつふつ、とどす黒い感情が湧き上がってくる。


 本能が「復讐」を求めている。


 必ず――必ず殺してやると決めていた。


 僕は……いや、俺は右腕を握りしめた。


「復讐してやる――」


 《メタ》を……《絶対者》たちを、殺す。


 ――俺は、立ち上がった。


 赤黒いの空の下、荒れ果てた世界で――俺の、復讐譚が始まった。



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― 新着の感想 ―
xから来ました。1話目で完全に復讐の理由の下地が出来上がりましたね。今後の展開が気になるのでブックマークして話を追わせていただこうと思います。
ボリューム満点の第一話ですね。 日常から非日常の描写が特に良かったです!
暖かなな日常描写から来る不穏な予感が的中する様と復讐者として目覚める主人公の描写のカタルシスが良いと思いました。これからどんな復讐劇がはじまるのか期待したいです。
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