第31話「後悔」
『そろそろさ、目を覚ましたらいいんじゃないかい?』
――は? なんのことだ。
『わかっているだろう。いまキミは〈ペタ〉の薬の効果で暴走している』
――あぁ、全能感に包まれて、怠くて苦しい時もあるが、全てが気持ちいいんだ
『そうかい。でもキミの周りに迷惑をかけているのは知ってるのかい?』
――なんだって? そんなわけないじゃないか。
『ハァ……つくづく思うよ。愚かだねぇ』
――愚かとは酷い言いようだな。
『そうかい? 愚か以外の何物でもないよ。薬で気持ちよくなっちゃってさ。自暴自棄を起こすのもやめなよ。これはボクの善意で忠告してあげてるんだよ。早く理性を取り戻した方がいい』
――なんだ、その言い方は。お前らしくないな。
『何回も言ってるけど、僕としてはキミが〈ペタ〉の薬でどうにかなってるのが気に食わないんだよ。それにキミ、また大切な人を失うよ』
――あぁ……わかった。素直に従うことにする。しかし、薬の効果を喪失させるにはどうしたらいいんだ?
『んもぉ……今回は特別だよ! あー! ボクってとっても優しいな! 力も戻ってきたし、今回だけの特別大サービスさ! 薬の効果を無効化させてあげる。さあ、目を覚ます時間だよ。現実を直視し、絶望と共にもがき苦しむといいよ! ハハッ!』
――助かる……?
『それじゃあね〜! 良い絶望を!』
いつもと何ら変わらない沈む感覚。
絶望とはなんのことだろう。
そんなことを考えつつ、ゆっくりと沈んでいった。
――――――
俺は目を覚ます。
先程まで感じていた全能感や、怠さ、どうでもいいという感情はどこかへと消え失せていた。
周囲に見ると、切断された死体、焼死体の山々。真っ赤な血溜まりの数々。
地獄があるのだとすれば、今この場は地獄と表現するには最適だ。
少し先にシルファが身体中、武器が刺さった状態で倒れている。
「……シルファ?」
俺の呼びかけには反応がない。
「……ルシアくん」
俺の名を呼ぶ声。
目の前には俺に抱きついたまま動かないロゼッタ。
「ロゼッタ……?」
その名を呼ぶ。
するとロゼッタはその体勢のまま、ゆっくりと喋り始める。
「……ルシアくん、おかえり」
浅い呼吸だが、普段と変わらないゆったりとした口調で喋る。
「ロゼッタ! それは……!」
身体を見やると右肩と腹部に武器が刺さっていた。
「大丈夫、《神位》があるから……」
その言葉が嘘だとすぐにわかった。
武器が刺さっているとはいえ、傷は治っている様子はない。
どうしてこんなことに。
いや、俺が1番わかっているはずだ。
――全部、全部、自分自身がやったことなのだから。
俺は――薬の影響で暴走した挙句、この惨状を引き起こした。
住民たちを潰したのも、引き裂いたのも……シルファを殺したのも、ロゼッタに致命傷を与えたのも。
「ロゼッタ……! すまない……俺は、俺は取り返しのつかないことを……!」
「……ルシアくんは悪くない……大丈夫、全部ワタシがやりたくてやったこと。ルシアくんが無事で……ルシアくんの、傍に居れるならそれでいい……」
「だが……!」
ロゼッタはどんどん弱々しくなっていく。
「ルシアくん。好き。ワタシは貴方のことを愛している……だけど、愛殺……できな、かったこと……ゴフッ……ワタシだけの……ルシアくんに、できなかったことだけが、後悔……」
今にも消え入りそうに愛と後悔を囁くロゼッタ。
口からは吐血し、腹部からは血がとめどなく溢れ出ている。
今にも目の前の命の灯火が消え入りそうになっている。
「ロゼッタ! どうか死なないでくれ! 俺を置いていかないでくれ!」
優和の時の出来事と今回のことが重なり、フラッシュバックする。
また大切な人を失うのか。
いや、これは俺の起こしたこと――。
「……ルシア、くん……最後まで、そばにいれなくて……ごめん」
そう言うと、ロゼッタの眼の光が消えた。
ロゼッタは……眠りについた。永遠に。
「あ……あぁ……」
失った。
全てを失った。
また、大切な人を失ってしまった。
今度は自分自身の行いで、招いた事態。
後悔も、悲しみも、全て自分の責任であり、それらをする権利すら与えられない。
俺は……俺は……!
「……クソッ! クソッ!」
どうしようもなく行き場のない感情を自分自身に向けた。
だがしかし、ロゼッタをそのままにする訳にはいかないため、俺はその場に寝かしつけた。
安らかで、満たされた表情のまま、眠っている。
俺はこれからどうすれば
――刹那。
『ヤァ、絶望に染まっているかい? 後悔はしているかい? まあ、ボクには関係ないけどね!』
何度聞いたことがあるだろうか。
飄々とした口調で、男とも女とも取れない中性的な声をした人物――〈ゼロ〉。
〈ゼロ〉が目の前にいる。
――中性的な少年とも、少女とも断定しかねる姿をして俺の前に現れた。
「その姿は……」
『イヤァ、驚いただろう! これが僕の姿なんだ! まぁ、まだ見た目はできあがったばかりだから、こんな感じだけど。これから色んなバリエーションを増やしていこうと思うんだ! どんなのにしようかなァ! 楽しみだネ!』
「なんで、お前がここにいる! ずっと姿を見せずに語りかけてきていたじゃないか!」
『僕がここにいて、驚いてるのかい? ボクは言ったはずだよ。元の力が戻ってきたんだ。だからキミだけの精神への干渉だけじゃなくて、現実にも干渉できるようになった。スゴいだろう!』
疑問が、疑問を呼び、理解が追いつかない。
『疑問がたぁくさんって感じだネ! 一つ一つ答えてあげたいところだけど……ちょっとめんどくさいなぁー! ハハッ!』
ただ、と言葉を続ける〈ゼロ〉。
『ボクの目的は、この世界を破壊しに来たんだよ』
〈ゼロ〉は、にこりと濁りのない純粋な笑顔でそう言った。




