第30話「《麻痺》」
『……バァ!』
――なんだ。
『なんだとは酷いなァ! 人が心配してこうやって現れてあげたんだよォ。ていうか何回似たような会話をするんだいッ!』
――うっとおしい。
『んもぉう! 僕はいま嫉妬してるし、怒っているんだよ! よくも〈ペタ〉くんのよくわからない薬に堕とされたねッ! ユルセナイッ! あれだけ忠告したのによくも! キーッ!』
――俺の復讐は終わったんだ。もう全てがどうでもいいんだ。
『勝手にどうでもよくならないでもらえます!? 〈絶対者〉を全員殺してくれるって約束だったじゃないかよォ……まあ、結果的に全ての〈絶対者〉は死んじゃったから良かった良かった!』
――そうなのか?
『そうだよ! 〈ペタ〉くんも死んで、3人いた〈絶対者〉は全滅! イヤァ、良かった良かった! これでボクは自由だよ!』
――それは良かったじゃないか。
『それは良かったけど、キミが早く元に戻ってくれないと困るんだよねェ……具体的にどう困るかって? そういう問題じゃないんだよぉ! だってだって好きな人が他の人にぐちゃぐちゃにされるのはゆるせないだろう!』
――そんなもんなのか?
『そんなもんなの! キミってオトメゴコロわかってないよね! まあ、ボクもわかないけどォ……!』
――そろそろいいか。なんだか今は全能感と全てがどうでもいい気分の板挟みにあっているんだ。
『あーあ……ボクのルシアくんが……シクシク……〈ペタ〉くんの薬のせいだ……』
――それじゃあな。
『わかったよォ……せいぜい楽しく、苦しむんだよォ! ハハッ!』
落ちていく感覚。ゆっくりと。
水底に。ゆっくりと、ゆっくりと沈む。
深く、深く。
――――――
あれからどれくらい経っただろう。
いまどんな状況だろう。
怠い。
苦しい。
自暴自棄。全てがどうでもいい。
それなのに全能感に襲われる。
今ならなんでもできそうだ。
目の前に『虫』が見える……?
邪魔だな。
俺はそう思った。
『虫』を潰した。
邪魔だ、うっとおしい。
プチプチと1匹ずつ潰していく。
これが存外、楽しい。
「――ルシアくん!」
どこかで聞き覚えのある声。
大切な人だった気がする。
さっきまで覚えていた気がする。
どこかで見たことがあるような『虫』。
頭の中が乱れるから、うるさい!
いますごく気持ちいいんだ。
目障りな『虫』を払い除ける。
全てがどうでも良くて。
なんでもできそうな気がする。
そんな気分だ。
気分がいい。
最高だ。
その間にも『虫』を潰していく。
みんな死んでしまえ!
気持ちいい!
気持ちいい!
気持ちいい!
ハハハハハハハハハハハハハ!
――――――
ロゼッタ・マリィはもがき苦しんでいた。
ルシアへ近づいた瞬間、吹き飛ばされてしまったのだ。
だが、諦めず全身に力を入れ、立ち上がる。
あと何度生成できるかわからない短剣を片手に出現させる。
腰を据え、どっしりと構える。
ロゼッタは覚悟が決まった表情をしている。
今も尚、〈ペタ〉領の市民を襲っているルシアをしっかりと見据え、走り出す。
この短剣さえ届けば――!
しかし、ルシアに近づき、飛びかかるが何度も払い除けられてしまう。
その度に何度も立ち上がり、何度も走り出す。
愛する人がまた傍にいて欲しい一心で懸命に立ち上がり、走り続ける。
――刹那。
翡翠の剣筋が視界の端を通り過ぎていく。
翠色の剣がルシアの暴走する武器群を全て弾き返す様が見える。
シルファ・ストームベルトが颯爽に現れ、
「――ロゼッタには何か考えがあるんだろ! 僕がここは引きつけるから早く!」
そう言いながら、ルシアの暴走を引きつけている。
ロゼッタにとって、驚愕の展開であった。
しかし、ロゼッタはこれを好機と捉え、ルシアへ駆け出す。
片手に持った短剣はなぞるように標的へ向かっていく。
ロゼッタはルシアの背後を取った。
そのとき、ルシアの周囲を浮かぶ武器群のひとつがロゼッタの右肩と、腹部を貫く。
「――グッ!」
――しかし片手に持った短剣は離さずに対象を補足し、ギラリと剣先を光らせる。
そして、それを思い切り背中へ突き刺した。
ロゼッタは《神位》の能力《麻痺》を使った。
「――これで動きは止まるはず」
「ウアアアアアァァァァァァ!」
短剣が突き刺さり、痛みでルシアは吼えた。
その咆哮は周囲へ響き渡る。
――しかし。
ルシアの暴走は止まらかった。
「――止まらない!」
ロゼッタの顔に困惑とも、焦りとも取れる表情が浮かび上がる。
《麻痺》の能力も使えるのはあと1回だった。
その1回で決めなければ、ルシアは止まらない。
やるしかなかった。
目の前でルシアと戦闘を繰り広げているシルファは、ルシアの武器群が身体中に突き刺さりながらも引き付けてくれていた。
シルファも《神位》を使える制限時間がある。この状況の限界は近かった。
チャンスは一度きり。
再度、ロゼッタは覚悟を決める。
「――次で止める!」
勢いよく、振りかぶり、紫色に光り輝く短剣の刃はルシアの背中へと迫る。
――グサッ
深々と突き刺さる短剣。
「――止まれ!」
これによって、ロゼッタの《神位》は完全に枯れた。
もう超人じみた回復能力も、身体能力も、人智を超えた超能力も使えない。
ただの一般人となったのだ。
それに伴って突き刺した短剣も自然と消える。
あとはルシアに《麻痺》の能力が効くことを祈るのみであった。
「ウアアアアアァァァァァァ!」
ルシアは周囲を萎縮させるほどの咆哮を轟かせる。
ロゼッタに緊張が走る。
――しかし。
ルシアは、それを最後に動きが止まった。
「止まった……」
ロゼッタはその場に膝をついた。
シルファの方を見やると、地に伏せ、倒れ込んでいた。
腹部と右肩の痛みで視界が眩む中、ルシアへ少しづつ近づいていく。
そしてロゼッタはルシアへ優しく抱擁をした。
「お待たせ、ルシアくん。やっと逢えたね」




