第29話「妹」
――〈ペタ〉城内にて
シルファ・ストームベルトは痛みに喘いでいた。
「うぅ……こっちに向かってくるのは想定外だったよルシア……」
打ち付けられた壁から起き上がり、周囲を見渡す。
所々崩れ落ちた城内は荒れ放題だった。
少し離れたところにロゼッタ・マリィが痛みにもがき苦しんでいる。
「ごめんね、ロゼッタ」
小声で呟く。
――そのとき。
「シルファ! 早く私を助けろ!」
声を荒らげ、いつもの芝居がかった口調はなく、ヒステリック気味にシルファの名前を呼ぶ人物がいた――〈ペタ〉だ。
シルファは壁に打ち付けられた〈ペタ〉を見やる。
ルシアの放った武器群が四肢に突き刺さっており、城内の壁面に打ち付けられる形になっている。
特に胸に突き刺さっている大剣は見るからに致命傷だった。
かの城の主を放置していれば、いずれ死に絶えるだろうことは明白。
シルファは〈ペタ〉へ歩み寄った。
「何をしている! 早く私を助けるんだ!」
「〈ペタ〉様……僕は貴方に〈神子〉として尽くしてきました。しかし貴方は僕の妹に行った所業を覚えていますか?」
シルファは〈ペタ〉に問いかけた。
「……何を言っている! 早く助けろ!」
城の主はシルファの問いかけには応じず、自身の身を案じる。
「僕はずっと貴方が行った妹への所業を許せなかった。――死んでください」
翠色の直剣を右手に生成し、〈ペタ〉の腹部に突き刺した。
「……ぐぎぎぎぃぃぃぃぃ、貴様ァ、散々面倒を見てやったというのに裏切るのかァァァァァァ!」
声は裏返り、怒りに満ちた口調で叫ぶ。
「はい、面倒を見ていただいたことは感謝してます。しかし、妹の件とは別問題です。僕はあなたを許せるほどできた人間じゃないみたいです」
さらに腹部へ深々と翠色の直剣を突き刺していく。
「アアアア! 許してくれ! 許してくれ! 命さえ助けてくれれば、何でも言う事を聞こうじゃないか! それに私は至高の逸品を求めていただけなのだ!」
「……その至高の逸品とかいうものを創るために、サラをあんな姿にしたことが僕はどうしても許せない……そろそろ終わりにしましょう。さようなら、どうか苦しみに溢れた死を」
「やめてくれ! ゆるしてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
泣きの懇願を無視して、翠色の直剣を腹部から引き抜き、心臓に突き刺した。
「――ひっ」
心臓を一刺しすると、短い断末魔と共に息絶えた。
先程まで〈ペタ〉だったものは、さらさらと砂に変わっていく。
「ふぅ……」
シルファはロゼッタの方に向き直る。
「ロゼッタ、君はこれからどうするの?」
「……ルシアくんを追う」
「……そっか」
ロゼッタは苦しそうに起き上がり、ルシアを追おうとしている。しかし依然、《神位》の使用制限が近いのか傷の治りが遅い。
しばらくすれば僕も同じように《神位》が使えなくなるだろう。
ロゼッタを横目にシルファは地下の例の場所へ向かっていく。
《神位》が使えるうちにやらなければいけないことがある。
彼はその場を後にした。
――――――
その場所に到着すると、彼は穏やかな優しい表情になった。
「お待たせ、サラ……」
「……お、にィ……ちャン」
シルファは元の原型を留めていない『何か』へ語りかける。
「サラ、聴いておくれ、お兄ちゃんはサラをそんな身体にしたヤツを倒したよ」
そして、と言葉を続ける。
「……大切な友達を裏切ってしまった」
その声音は後悔に溢れた物言いだった。
「ォ……ニ、にぃ……チャん……だ、だ、だい……ジョうぶ」
彼の妹は元々の美しかった見た目からは、疑うほどのほとんど原型の留めていない身体で優しく擦り寄ってくる。
シルファは気づけば涙が溢れていた。
それを片手で拭う。
「サラ……ごめん、僕は何を迷っていたんだろうね。僕は行くよ」
許してもらえるかわからないけれど、と彼は普段の爽やかな笑みとは違い、苦笑いで自傷気味に言う。
彼がそういうと、サラは笑ったような気がした。
「ごめんね、サラ。僕はこのまま君をひとりにできない」
翠色の剣を生成し、それをサラに一気に突き刺した。
ゆっくりとサラだったものは安らかに眠りについた。
「また……会える日まで」
彼の表情は見えないが、頬には1粒の涙が流れていた。
――――――
――〈ペタ〉城内にて
「ゲホッ、ゲホッ」
ロゼッタ・マリィは呼吸が上手く安定せずに咳き込んでいた。
起き上がろうとするが、《神位》使用の制限時間が迫っているためか、自然治癒能力が低下しつつあるようだ。
「……ルシアくん、待ってて……いま、助けに行くから」
ルシアのことだけを考え、今出せる精一杯の力を全身に行き渡らせて踏ん張る。
何とか起き上がり、1歩1歩前に進む。
城外に出ると雪化粧で彩られていた風景はルシアが通ったことにより壊滅的な被害が出ていた。
――瞬間。
白銀の雪が積もっている建物たちは幻想だったかのように消えていく。
〈ペタ〉が死亡した証拠だ。
ぽつんと浮き彫りにされる街の人々。
その奥にルシアの姿があった。
――しかし。
理性を失い、暴走をしているルシアは残った街の人々を狂ったかのように見境なく襲い始めた。
周囲からは阿鼻叫喚の嵐だった。
地獄絵図。
「ウアアアアアァァァァァァ!」
「――ルシアくん!」
ロゼッタの声はルシアには届かず、どうすればルシアを止められるか考えた。
そのとき、彼女はひとつの覚悟を決めた。




