第14話「別れ」
「なんだこれは……」
眼前には〈果ての獣〉の群れ、それに襲われているゼタ領の市民たち。
「市民たちは全員《神位》を使えるんじゃなかったのか……!」
背後にいるシルに動揺しながらも問う。
「わからない! だけど、僕は馬車で市民を救出する! ルシアは〈果ての獣〉たちの殲滅をお願い!」
「わかった! ――《神位》開放」
両手から黒い靄が出てきて、大剣と手斧が形成される。
襲われている市民の所へ駆け寄り、〈果ての獣〉を殲滅していく。
「はやく逃げろ!」
怒声混じりに俺は叫ぶ。
ゼタ領の市民たちには何も罪はない。
こんな綺麗事を俺が言える立場ではないが、関係のない人が死ぬのをみたくなかった。
こうやって戦っているのも、自身にとって、ゼタ領の市民に対してのある種の贖罪なのかもしれない。
「ギギぎぎ……ギぎギギ……」
〈果ての獣〉を倒しても、倒しても、わらわらと出てくる。
すると見覚えのある銀色の髪を後ろで結っている人物が市民を助けているのを見つける。
「セリウス!」
セリウスは声をかけると、ハハハッとこちらに笑いかける。
「ルシア! 無事で何よりだ!」
「俺は無事だが、いま何がどうなってる!」
「ハハハッ! 俺にもわからん! だが、いまわかってるのは大量の〈果ての獣〉の群れに襲われていることと、市民たちの《神位》が徐々に使えなくなってる、ということくらいだ!」
「なんだって、《神位》が使えなくなっているのか! セリウスの《神位》はどうなんだ」
「俺の《神位》はまだ無事だが、後々使えなくなるだろう! 《治癒》の力も今も尚、衰退している。恐らく〈ゼタ〉様から授かった《神位》だから、〈ゼタ〉様が死んだいま《神位》を失っていくのはしょうがないことだな」
セリウスは自身の不甲斐なさからか下を俯き、手を強く握りしめる。その握りしめた手からは血が滲んでいた。
「ともかく俺は〈果ての獣〉を殲滅と、救出を。セリウスはなるべく《治癒》で市民の救護を!」
「ハハハッ! 任しておけ! しかし現段階では負傷者はゼロだがな!」
「あぁ、それはよかった! ここは頼んだぞ!」
俺は市民の救出のため駆け出す。
市民を助けるため、周囲を走り回り、〈果ての獣〉たちを狩り尽くしていく。
だがそもそもの母数が多いため、いくら狩っても一向に減る気配がない。
「ぎ、ギギギ……ぎぎギギ……」
俺はさらに〈果ての獣〉を狩り尽くしていく。
狩って。
狩って。
狩って。
だが、減っている様子はない。
〈果ての獣〉を狩っていて、ひとつ気がかりがあった。
それは獣は市民に近づきはするが、攻撃などの殺傷行為は行わないということ。
どういうことだろうか、たまたまといえばそれまでだが気になる。
――刹那。
どこかから重く低い笛の音が鳴り響いた。
「ぎぎギ……ぎぎギギギぎ……ぎギギギギギギギギギギギギィィィィィィ!」
笛の音が鳴ると共に、唐突に〈果ての獣〉たちは苦しむように叫び始めた。
「ぎ、ぎギギ……ギギギ……」
「や、やめてくれ、うわぁぁぁ!」
――グチャ。
〈果ての獣〉は鋭く尖った前脚を市民に突き刺した。獣たちは急に攻撃的になり、市民を襲い始めたのだ。
「――まずい」
周囲は阿鼻叫喚だ。至る所から悲鳴と、絶叫の音楽が奏でられている。
「ルシアくん」
突如、俺の名前を呼ぶ声。
黒髪に赤いメッシュが入った少女――ロゼッタだった。
「ロゼッタ無事だったか」
「うん……でもだいぶまずい状況」
「あぁ、とりあえず俺が〈果ての獣〉を殲滅していくから、ロゼッタは安全な場所へ――」
そこまで言うと、ロゼッタは割り込むように言う。
「ワタシも戦えるよ。《神位》使えるから」
初知りの情報だった。
「そうなのか? なら、手分けして奴らを狩っていこう」
「うん、ルシアくんがそう言うなら」
ロゼッタが《神位》を使えるのは初めての情報だったが、いまは嬉しい知らせだった。
俺たちは手分けして、獣を狩っていくことにした。
それからも人命救助と〈果ての獣〉の討伐に注力していたが、どんどん群れが凶暴化していく。
――突如。
後方より〈果ての獣〉が襲いかかってきた。
「クソッ」
俺は獣を大剣で横薙ぎで斬りつける。
「ぎ、ギギぎ……ぎギギ……ギ……」
「――だまれ」
――ドチャ
俺は手斧で躊躇なく斬り殺す。
どこか苦しそうな声をあげるのが、やけに耳障りで癪に障る。
「ルシア! 無事かい!」
いつもの爽やかさはなく、心配そうな声で話しかけてくる人物――シルは馬車の御者台から声をかけてきた。
「あぁ、無事だ」
「それはよかった! 大体の人たちを安全圏まで運び出したよ!」
「それはよかった」
俺は安心したような声が自然と漏れた。
「ただ、セリウスさんだけが見当たらないんだ!」
シルの一言で俺の安堵感は一瞬のうちに喪失した。
「なんだって! ……セリウスは俺が探す! シルは先に避難してくれ!」
「でもルシアは?!」
「俺は大丈夫だ!」
そう言うと先程セリウスがいた場所まで、全速力で駆け抜ける。
――――――
さきほどまでセリウスがいた場所まで戻ってきたが、そこにはセリウスはいなかった。
「どこに行った!」
なぜだか嫌な予感が止まらず、まるで警告するかのように耳鳴りが止まらなかった。
様々なところを駆け回る。
するとセリウスらしき人物が、住民を守りながら複数の〈果ての獣〉と戦闘中であった。
その姿はボロボロの傷だらけであった。
「――セリウス!」
「ルシア?!」
セリウスは俺が来たのが意外だったのか、一瞬こちらに注意が逸れる。
――その瞬間。
獣の前脚はセリウスの身体を無情にも穿いた。
「――ゴフッ」
「セリウス!」
俺は瞬時に《黒炎》を使い、周囲の獣たちを蹴散らし、セリウスへ駆け寄った。
「セリウス大丈夫か! 《治癒》能力で早く治せ!」
「市民たちは大丈夫か……」
「あ、あぁ、無事だよ! いまはお前の方が! 早く回復しろ!」
「いや、もう俺の《神位》は枯れてる……もう、ここまでの傷を直すのは無理だ」
「は……?」
思考が考えることをやめた。
だが、現実は無情にも死の宣告が蝕んでくる。
「お前は俺が迷惑かけたとき、ケツを拭うとか言ってたじゃないか……あれは嘘だったのかよ……」
「……すまない、ゴフッ……約束を、破ることに……なってしまった」
「……くそやろう、謝るのは俺の方なんだ……俺が声をかけてなきゃお前は死ななかった」
「……ハハハッ、気にするな……お前が声をかけてなくても《神位》を使えてない俺は押し負けていた」
「だけども……!」
「ルシア! 俺は〈ゼタ〉様の大切になされていた市民を守れたのが幸福だ!……あまり気負いすぎるなよ、ルシア……復讐ができなくなるからな!」
セリウスはハハハッと笑うが、覇気がなく、眼はどんどんと白濁していく。やがて何も喋らなくなった。
「うあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫とも、悲鳴にもならない声が出た。
まるで自分の声ではないようだ。
涙も出ない。もう嫌というほど別れを経験してきた。
優和、母さん、父さん、凛、カリンちゃん。
何かを成し遂げようとするには、何かを犠牲にしなくちゃいけないのか。
俺はこの十字架を一生背負い続ける。
ただ俺は復讐をやめない。絶対にやめない。
俺は唐突に立ちあがる。セリウスの遺体をその場において。
「あっちです。俺が安全な場所まで案内します」
淡々とした口調で、事務的に言う。
住民たちは死にたくないという感情に支配されているのか、想像よりも簡単についてきた。
――――――
「ルシア! 良かった無事で!」
「シル、この人達を頼む」
「え、うん……ルシアはどうするの?」
「――雑魚狩りだ」
そう言うと俺は駆け出した。
〈果ての獣〉を見つけ次第、狩り尽くしていく。
悲しみのはけ口にするように、八つ当たりをするように。
やがて返り血で衣服がいっぱいになるほど、狩り尽くした。
その頃には周りに奴らはもういなくなっていた。




