第12話「決着」
俺は立ち上がった。瓦礫の中から復讐心を燃やしながら。
右腕には漆黒の炎が勢いよく燃え盛り、まるで俺の復讐心を体現しているかのようだ。
「おぉ……! とうとう至ったか! 《放流》段階に!」
俺は〈ゼタ〉の対面にまで、右腕の漆黒の炎を纏い歩いて向かう。
そして、俺は〈ゼタ〉と向かい合う形になった。
先程までの威圧感は変わらず、ただ俺自身の内面は復讐心と負けたくないという思いでいっぱいだった。
〈ゼタ〉への復讐心に伴い、漆黒の炎はめらめらと燃え盛り勢いをただただ増していく。
――だが。
俺はその復讐の炎を消し去った。
「ほう……その炎、消してしまって良いのか」
「闘いは『平等』に行わせてもらう」
「ハハハハハハァァァ! やはりおもしろい! 先程まで死にかけていた分際で、《放流》段階へ至ったばかりのお前が《神位》なしで勝てるというのか」
「俺は『平等』な闘いを望む」
「よかろう! やはり闘いはそうでなければな!」
「じゃあ今度は俺の番だよな――行くぞ」
――拳に力を込める。
先程までとは違う。
力の入り方。力が筋肉へ流れていく感覚。全てが違う。
そして、俺は力を解き放つように、拳を相手の土手っ腹に一撃入れる。
〈ゼタ〉はまるで先程までの耐久力が嘘だったかのように、後ろに吹き飛んだ。
――ドオン!
壁が崩れ去る音が聞こえる。〈ゼタ〉は会場の壁まで吹き飛んだ。
「ハハハハハハァァァ! よくぞここまで至った!」
〈ゼタ〉は会場の壁の瓦礫の中から、高笑いをあげながら起き上がってくる。
自身の力に驚きが隠せなかった。
先程まではここまでの力を出すことはできなかった。
《神位》が《放流》段階まで至ることで、ここまでの力が漲ってくるとは想定外だった。
「貴様……ルシアと名乗っていたな! その名前覚えたぞ……! では次はオレの番だなァ! 行くぞ!」
ドン、と眼前まで距離を詰め、渾身の一撃を腹部へ放ってくる。
「――ッ!」
――速い! まだこれほど動けるのか!
ドス、という腹部への鈍い重みが身体中に響き、染み渡る。
――だが、しかし!
――こんな所で吹き飛んでられるか!
俺は腹筋で〈ゼタ〉の渾身の一撃を耐えた。先程まで吹き飛んでいた一撃を耐えたのだ。
俺は手を〈ゼタ〉の腕に乗せた。
痛みや、苦痛なんかよりも、耐えたことにドーパミンが溢れてやまなかった。
「ハハッ……耐えてやったよ……!」
「ハハハハハハァァァ! ルシア、よくやった! 素晴らしいぞ!」
〈ゼタ〉は全く悔しそうな顔は1ミリたりともしなかった。
反して敵対している者へ賛美を与えてくる余裕すらある。
その後、お互いの意地の張り合いは続いた。
殴り、一方は賛美の言葉を。
殴られ、片や強がった余裕の笑みを。
決着がつきそうで、つかないこの展開に一言物申したのは〈ゼタ〉側からであった。
お互い満身創痍。傷だらけの状態。
「ハハハハハハァァァ! ルシア、そろそろ余興も終わりにしよう! ――《神位》を開放しろ。もう既に使用可能であろう」
そう問うてくる〈ゼタ〉の顔はさしずめ武人の顔であった。
「あぁ……終わらせよう」
満身創痍であるが、俺の《神位》は既に使用可能な状態にあった。
《神位》を使わなかったのは、〈ゼタ〉の対等に戦おうとする姿勢を尊重してのことだった。
それにここで対等に戦わなかったら、負けた気がするから、という理由もあった。
漆黒の右腕は今にも復讐の炎が全てを焼き尽くそうと燻っている。
「「――《神位》開放」」
セリウスとの戦闘の時のように、2人の声が重なった。
焼き尽くそうと燻っている黒腕からは待っていたのか、というように勢いよく黒炎が溢れ出る。
両の手には大剣と手斧が握られている。手斧の鎖からはジャリジャリと金属音が鳴り、戦闘の始まりを待っているかのようだ。
対して〈ゼタ〉の手には大剣と呼ぶにはあまりにも厳つく、鉄槌と呼ぶには些か繊細な作りの武器が握られていた。
それを軽々しく振り回す様はまさに鬼神。
「ハハハハハハァァァ! ルシアよ、これで終わってしまうことがオレは哀しい……! 永遠に闘い続けたかったぞ」
「――これで終わりにしよう」
これでこの復讐の結末が決まる。
勝つも負けるも自分次第。
相対する2人は互いに武器を構える。
右手に握る大剣と手斧からは黒炎が、俺の復讐心と闘争心に共鳴するように激しく燃え盛っている。
〈ゼタ〉の能力は最後まで不明だったが、獲物を構える姿は鬼神そのもの。
数瞬の間が生まれる。
周囲の音が全く耳に入り込む余地がない。
ザワザワとした雑音すら遠い世界の音のよう。
――刹那、両者、踏み込む。
勝負は一瞬についた。
〈ゼタ〉の獲物は俺の左肩から左半身を確実に抉っていた。
「――ゴフッ」
溜まっていた痛みなどを吐き出すかのように、血が口から溢れ出た。
だが、まだ心の臓には届いていなかった。
俺の大剣は〈ゼタ〉の腹部に確かに刺さっていた。
「終わりだな、ルシアよ」
〈ゼタ〉は再度獲物を振り上げ、振り下ろそうとする。
終わり?
ここで終わり?
――いや、終わらせない。
俺はまだ死んでないのだから……!
心臓はまだ抉れていないのだから――!
「――おわって……こんな所で、終わってたまるかァァァァ!」
左手に持った手斧を思い切り振り下ろす。
左肩に切り込まれていき、腹部に刺さっている大剣を上に押し上げる。
手斧と、大剣から俺の感情に呼応し、黒煙が強くなっていく。
大剣からは強く、強く〈ゼタ〉の身体を覆う勢いで黒炎が燃え盛っていく。
確実に〈ゼタ〉の心臓を挟み込むような形になる。
「ハハハハハハァァァ! ルシアァァァ!」
〈ゼタ〉は咆哮した。黒炎に包まれる身体で、死ぬ間際まで賞賛を送りながらも、〈ゼタ〉の獲物は俺の心の臓へ今度こそ迫っていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
本当に自身の声か疑わしい程の声が漏れた。俺は吼えていた。
「ハハハハハハァァァァァァ!」
〈ゼタ〉は賞賛か、吼えるように笑っていた。
――ザクッ
「ハハハハハハァァァ! 賞賛だ! ルシア! オレは貴様を忘れない! 最後まで楽しかったぞ」
俺はその場に倒れた。
左半身は抉れたままだ。
――だが、表面に現れた心臓は確かに鼓動を脈打っていた。
〈ゼタ〉の左肩から心臓にかけて、俺の手斧は確かに差し込まれ、腹部からの大剣も合わせて〈ゼタ〉の身体を一刀両断していた。
これから死ぬというのに、〈ゼタ〉の笑い声が会場全体に響き渡る。
〈ゼタ〉の身体はだんだん砂になり散っていく。
――俺は勝った。
俺の勝利だ――まずは1人目。
やっと復讐を果たしたのだ!
「ルシア! 最期によく聞け!」
これから死ぬ人間だとは思えないほど、よく通る声で〈ゼタ〉は俺を呼んだ。
「〈ゼロ〉に気をつけろ! ハハハハハハァァァ!」
それだけ言い残すと〈ゼタ〉の身体は砂となった。
その身体は全て風で闘技場全体へと散っていった。
「〈ゼロ〉に気をつけろ……か」
〈ゼタ〉は俺へ不穏な言葉だけを残し散っていった。
――だがしかし。
その不穏な言葉を考える余地すらないほど、意識が遠のく。
「ロゼッタ、やばい! ルシアの心臓がむき出しになってる!」
「これがルシアくんの……心臓♡ ……欲しい、いつか必ず」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! ルシアが死んじゃう!」
遠くからシルの心配する声と恍惚としたロゼッタの声が聞こえてくる。
「会場が崩れるぞ! ――いや、この領地自体が壊れ始めてる! 逃げろ!」
観客の誰かがそう叫ぶのも聞こえてくるが、今は少し眠りたい。
「このままじゃまずい! ルシアとセリウスさんを避難させないと!」
「……うん」
2人のそんな声を聞くと、身体は正直なようで俺はすぐ意識を失った。




