第10話「セリウス・ラインボルト」
セリウスの《神位》はガントレットを具現化し、「治癒」の能力を使用してくる。
最も《神位》の《放流》段階に近い人物になっている。
そんな相手とどう戦っていくか。
対面にいるセリウスは構えを取り、今にも踏み込んでこれる臨戦態勢に入っている。
開始のゴングは、セリウスからだった。
砂埃が舞うほどの踏み込み。
ガントレットを装備したセリウスの一撃を大剣で防ぐ。
その一撃は重く、鋭い。
「……ッ!」
「重いだろう、俺の一撃は!」
「あぁ、重たいな!」
セリウスの一撃を力いっぱい弾き返す。
その反動を利用して、左手に形成していた手斧での横薙ぎ。
その攻撃はガントレットで防がれる……と思ったが、呆気なく左腕は宙で弧を描いて飛んでいく。
――ボトン。
左腕は落ちた。
観客席からは悲鳴や、興奮をやまぬ雄叫びが聞こえてくる。
「……何故いま攻撃を防がなかった。防ごうと思えば防げただろう!」
「――見てればわかるさ」
セリウスがそういうと左腕に淡い緑の光が集まっていく。
やがて、何事も無かったかのごとく、左腕が再生していた。
会場がドッと湧いた。
「わかっていたことだが、やはりそうか」
「あぁ、ルシアは気を失っていたから分からないだろうが、これが俺の『治癒』の力さ」
セリウスは普段の大胆な笑い方とは一変して、不敵に笑う。
なるほど、これは想像以上に厄介かもしれない。
試合中、『治癒』の能力を使って、無理やり突っ込んでくることも可能だろう。
だが、攻撃は重く鋭いものだったが、《神位》の身体能力強化に頼っての攻撃になるだろう。その点は同じであり、同じ土俵に立っていると言える。
そこを突いていく――!
「さぁ、どんどん行くぞ!」
セリウスの闘気が増していく。
ドッと踏み込んだと思ったら、いつの間にか懐に入られていた。
「――クソッ!」
反射的に思い切り大剣を振り下ろす。
セリウスは俺がギリギリのところで反応して繰り出した迎撃も、ガントレットで軽くいなして、顔面へカウンターを決めてきた。
「――ゴフッ!」
ゴツゴツとした鉄の感触が顔面にくい込んでくる。
後方へ吹き飛ぶ感覚に襲われると、数秒遅れて壁に叩き付けられる。
「おいおい、ルシア……お前の実力はそんなもんか! もっと熱くなろうぜ!」
「……あぁ、悪いな……まだ熱くなりきれてないんだ」
強がりだった。
その後、観客席の歓声さえ遠のくほどの熾烈な攻防が繰り広げられた。
しかし、試合が長引けば、長引くほど不利になるのは俺の方であり、このままではじわじわと体力を消耗していくのは、確実に俺の方だった。
相手に取ってそれが狙いなんだろうが、どうにか突破口を見出さなければこのまま負けてしまう。
それだけは避けなければいけない。
どうにか……攻略法を……。
――そのとき。
俺の中に1番避けたくて、泥臭い考えが湧いた。
1歩間違えたら先にこちらがやられてしまう作戦。
いや、作戦と呼ぶには泥臭くておこがましい。
――仕方ない。やってやる……やってやるよ。
――――――
激しい闘いの最中、セリウス・ラインボルトの脳裏にふと、遠い過去の記憶がよぎっていた。
セリウスは孤児であった。
その後、冷たい世界の片隅から〈ゼタ〉は手を差し伸べ、セリウスを大事に育てた。
母と父の記憶はないが、〈ゼタ〉が言うにはセリウスを守るように死んでいたそうだ。
セリウスは母と父を殺した人間を恨むつもりはなかった。
〈ゼタ〉は俺に《神位》を授けた。そして『闘い』というものを教えた。
セリウスにとって『闘い』は最高の娯楽だった。
色んなやつに喧嘩を売りまくり、セリウスは負け知らずだった。
『強さ』こそが絶対至上主義のこの世界にとってセリウスは無敵に近い全能感に支配されていた。
セリウスは負け知らずで、常に強い奴を求めていた。
だが、あるとき、いつも通り喧嘩に耽っていると、子供を守ろうとする奴がいた。
セリウスはやけに自分と重なって見えた。
興が冷めたセリウスはそいつらを見逃した。
そこからセリウスは考えた。
なぜ喧嘩をするのか。
人を傷つけてまですることが『闘い』なのか。
そこでひとつの答えがでた。
その次の日から喧嘩はやめた。
その代わり、夜間の見回りをするようになった。
弱いやつが、強いやつに淘汰されないように。
この世界では変わった考えだと思うが、それでも良かった。
少しでも傷つく人が、いなくなれば良いと思ったから。
セリウスは気づけば《神位》の階位は《開放》段階までに上がっており、『治癒』という能力を授かっていた。
皮肉かとも思った。
だが、ただ喜ばしかった。
これで傷ついた人間を癒せる。
セリウスにとって願ったり叶ったりの能力だった。
――――――
「おおおおおっ!」
俺の咆哮が会場全体に響く。
息が上がり、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
正直現時点では勝機は見えない。
切り込んでも、切り込んでも、いくら傷をつけようが、目の前の男は傷一つない姿へと戻っていく。絶望が足元から這い上がってくる。
だが──こんな所で負けられるわけがなかった。
俺には、退けない理由がある。
「まだだ……まだ、終わらせない!」
もはや戦術も、奇策もない。あるのは「絶対に勝つ」という純粋な意地だけだった。
俺は全精力を攻撃へと注ぎ込み、嵐のような猛攻を再開する。
セリウスの表情から、徐々に余裕が消えていった。
だが――。
「ハハハッ! 楽しいぞ! 久々にこんなに楽しいなァ! もっと、もっと来い……ルシアァァァ!」
「あぁ、いくらでもやってやるよ!」
もう体力なんてものは残っていなかった。
だが、今ここでやらなければ、この眼の前のセリウスを倒せるのだ。
いくら傷を癒せるとはいえ、治癒の奇跡は無限ではない。
俺の、魂を削り出すような執念の猛攻を繰り返す。
「ハハハッ!」
セリウスの身体に走った一瞬の硬直。
度重なる超高速の自己再生。
その負荷に、セリウスの『治癒』能力がついに限界を迎えた。
傷口の光が途切れ、再生の速度がガクンと落ちる。
俺はその一瞬の隙を、絶対に見逃さなかった。
「これで──決めさせてもらう!」
限界を超えた一歩が、闘技場の床を爆砕する。
俺の放った渾身の、そしてこの試合最後となる一撃が、セリウスの防御を完全に打ち破り、ガントレットが霧散していく。
「がはっ……!」
セリウスの身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
静寂がスタジアムを包み込み、次の瞬間、割れんばかりの歓声が爆発する。
「勝者──ルシア!」
告げられた司会者の声を聞きながら、俺は荒い息を吐き、天を仰いだ。視線の先では、倒れたセリウスが、どこか満足そうな笑みを浮かべて気を失っていた。
「――セリウス、いい戦いだった」
現状、満身創痍。
だが、やらなければならないことがある。
これは俺がやらなくちゃいけないことで、やらないと気が済まないことだから。
「――〈ゼタ〉ァァァ! 俺と殺し合いの、闘いをしよう!」
玉座からずっとこちらの試合を見ていた〈ゼタ〉は不敵に笑う。
「ハハハハハハァァァ! オモシロイ! その満身創痍の状態でオレとの死闘を望むか! 良いだろう、その死闘乗ったぞ!」
玉座より降りてくるこの領地の王。降り立つと砂埃が舞う。
「ハハハハハハァァァ! 公平性を期すため貴様と同じ舞台で戦ってやろう!」
セリウスとは少し違うが、どこか似ている大胆な笑いを響かせながら、王は構えを取る。
〈ゼタ〉は《神位》は開放しなかった。
俺が《神位》による武器を具現化させているのが限界だったのはバレていたみたいだ。
こちらも同様に構えを取る。
死闘が始まろうとしていたが頭の中はやけにクリアだった。
やることは――復讐。
やることは単純だった。
「〈ゼタ〉お前を殺す――〈絶対者〉は皆、鏖殺だ、惨殺だ。俺はお前たちを絶対にゆるさない」




