激震の王都
【サスーニア海洋国の至宝『水宝玉』・第2王女セルフィーナ視点】
勇者ランドルフ様が旅立ち……予定通り『シーライン商会』が運航する大型定期船に乗り込んで、隣国への魔物退治へと出向いた。
もちろん、ランドルフ様には内緒にしておりますが……その船には乗客に紛れ込ませる形で、優秀な私の工作員たちを何人も乗せてありますの。
さあ……いよいよ『覚醒勇者パーティー』の、華々しい第一部の幕開けですわ。
勇者というものは、過酷な試練や困難を自らの手で乗り越えてこそ……より強く、より眩しく輝き、愚民どもの絶大な英雄となるのです。
そして勇者様が輝けば輝くほど、それは私を王座へと押し上げる最高の追い風となる……。
「ウフフッ……思う存分に踊ってくださいな。私の愛しい、お人形さんたち……アハハッ! ——あら、嫌だわ。私ったら、少々はしたなかったかしら?」
暗がりの中でグラスを傾け、私は一人、狂おしく微笑むのだった。
さあ、勇者様は私のこのグラスを、一体どんな極上の勝利で満たしてくださるのかしら……?
「失礼いたします、姫殿下。……お時間でございます」
「ふぅ……もう後には引けませんわね。ふふ、ここから先は私にも読めない領域……ですが、この押し潰されそうなプレッシャーこそが溜まりませんわ。この痺れるような感情すら楽しみながら……私自身の可能性を試していくといたしましょう」
優雅に腰かけていたソファから立ち上がり、執事とメイドを従えて、今夜の会場へと向かう。
重厚な扉の向こうで流れていたダンスミュージックがふっと止み、私の登場に合わせて静かで美しい旋律へと切り替わった。
押し開かれた大きな扉の先——そこは、私が手に入れるべき『未来』の入り口。
豪華絢爛な光に包まれながら、私は淑やかな笑みを湛えて足を踏み出したのだった——。
「おお、お美しい」「さらに磨きが掛かっておりますなぁ」「これは息子をせっつかねば……」「抜け駆けはズルいですぞ!」
好き勝手言ってくれますわね……。貴族ども、勘違いなさらないで。貴方たちが私を利用するのではなく、私が貴方たちを踏み台にするのですわ。
「皆様、ごきげんよう。本日は私の呼びかけに応じ、お集まりいただき感謝いたしますわ。改めまして、第2王女セルフィーナでございます」
王族として叩き込まれた完璧な礼儀作法も、こうして蠢く愚か者どもを騙すには役に立つものですわね。会場の全員が、私の優雅な所作に目を奪われているのが分かりますわ。
私はニッコリと微笑みかけ、出席者たちを静かに見渡した。
(ふふっ……そうよ、もっと私をご覧なさい。この肌を刺すようなヒリつく視線が溜まりませんわ。旋律も素晴らしい……私を更なる高みへと押し上げてくれる素晴らしいリズム……)
「姫殿下……そろそろ……」
あら、いけませんわね。少し浸りすぎてしまいましたわ。
「コホン……失礼。ここにお集まりの皆様には、本日を境に『私の傘下』に下っていただきたいと思っておりますの。当然、私に従う者には相応の報酬を……」
言い切るか言い切らないかの瞬間——会場に爆笑が巻き起こった。
「わっははは!」「またまた、ご冗談を……!」「ふぅふぅ、これはこれは」「いやぁ、久しぶりに笑わせていただきましたぞ!」「まさかあの『水宝玉』様から、そのようなお戯れが飛び出すとは……!」
……誰も、本気にしておりませんわね。
仕方ありませんわね。説得する手間が省けたと思えば、実に好都合ですわ。
「……残念ですわ。ならば皆様は本日より『私個人と敵対する』ということで、よろしいのですわね? ——ほら、聞こえませんこと? 貴方たちのすぐ隣に……『破滅』が音を立てて寄り添っておりますわよ」
「はは、ですから姫殿下、そのような冗談は……」
「私、冗談と……『使えない男』は死ぬほど嫌いですの」
私のその一言と同時に、パチン、と静かに指を鳴らした——。
——スキル発動。
ウフフッ……勇者様たちだけだと思いましたの? 『ラヴァーズブラッド』によってその身を極限まで強化されているのは……。
むしろ、私自身が秘薬の真の力を享受するために、勇者様を実験台としてダシにしたのですから。
当然、私の武力や魔力も極限まで研ぎ澄まされましたわ。それだけではなく……私専用の強力なスキルまでも授かることができたのですから。それも、二つも……! ふふっ、天が私に味方をしてくれている証拠ですわね!
まず、一つ目のスキルは——『制約』。
タロットの大アルカナ第14番「節制」……本来は調和や癒し、二つの杯の間で完璧なバランスを保つ中庸を象徴するカード。
ですが、私の『制約』は「交わした約束は絶対であり、破れば相応の対価を支払わねばならない」という絶対法則。その対価の徴収方法は、すべて使用者の意志に委ねられる……。
私はこの『制約』を用い、勇者ランドルフ様を縛り上げましたの。
「私のために戦い、サスーニアの王となる」という約束の対価として……「私自身(身体と心)を捧げる」という契約をね。
これにより、勇者ランドルフ様は一生私の忠実な手駒となり、私は“献身的な愛妻”として勇者様に尽くし続ける……完璧な支配の鎖が完成したのですわ。ウフフッ……!
そして……もう一つの、二つ目のスキルは……。
「……ふふっ、まだナイショにしておきますわね?」
嘲笑を浮かべていた貴族たちの顔から、一瞬で余裕が吹き飛んでいくのを眺めながら、私は優雅に微笑んだのだった——。




