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触れてはいけないもの


森は、少し開けていた。


光が落ちている。


でも、あたたかくはない。


白くて、乾いていて、


どこか、息がしにくい。


 


私は、男の少し後ろを歩く。


この距離にいると、


自分の輪郭が保たれる。


 


(……ここにいれば、大丈夫)


 


そう思った、そのとき。


 


音が、消えた。


 


風が止まり、


葉も、鳥も、


全部が一瞬で静まる。


 


(……来る)


 


地面が、持ち上がった。


 


土の中から、


“それ”が出てくる。


 


人の形。


 


でも、


腰から下は、まだ埋まっている。


 


上半身だけが、


無理やり引き上げられている。


 


腕は細く、


指だけが長い。


 


爪が、土を掻く。


 


顔は――


 


半分だけ、人のまま。


 


もう半分は、崩れている。


 


目が、こちらを見る。


 


「……まだ」


 


かすれた声。


 


「……終わってない」


 


空を掴む。


 


「……やらなきゃ」


 


同じ言葉を、繰り返す。


 


私は、息をのむ。


 


(……この人)


 


まだ、完全には壊れてない。


 


男が前に出る。


 


剣に手をかける。


 


「後ろにいろ」


 


私はうなずく。


 


でも、視線を外せない。


 


 


そのとき。


 


視界が、揺れた。


 


 


――机。


 


――書類。


 


――時計。


 


 


「まだ終わってない」


 


 


男の声。


 


手が震えている。


 


 


「今日中ですよね」


 


 


「……分かってます」


 


 


時計を見る。


 


時間がない。


 


終わらない。


 


終わらない。


 


 


(……止まれない)


 


 


視界が戻る。


 


 


“それ”が、


同じ言葉を繰り返している。


 


「……まだ……」


 


 


私は、小さくつぶやく。


 


 


「……止まれなかったんだ」


 


 


男が、わずかにこちらを見る。


 


 


私は、少しだけ前に出る。


 


 


怖い。


 


でも、


目を離したくなかった。


 


 


「……やらなきゃって思ってて」


 


「終わらなくて」


 


「止まれなくて」


 


 


胸の奥が、少し痛む。


 


 


「……ずっと、途中のままなんだ」


 


 


“それ”の動きが、


一瞬だけ止まる。


 


 


手が、空中で止まる。


 


 


(……聞こえてる)


 


 


私は、さらに一歩だけ近づく。


 


 


身体が、少し軽くなる。


 


輪郭が、揺れる。


 


 


(……でも)


 


 


行ける。


 


 


私は、


その場に、しゃがんだ。


 


 


“それ”と同じ高さになる。


 


 


そして、言った。


 


 


「……少し、休もうか」


 


 


静かな声。


 


 


“それ”の手が、


ゆっくり揺れる。


 


 


「……まだ……」


 


 


私は、首を振る。


 


 


「終わってないんじゃなくて」


 


 


少し、間を置く。


 


 


「……終われなかったんだよね」


 


 


その言葉で、


 


“それ”の動きが止まる。


 


 


完全に。


 


 


空を掴んでいた手が、


力を失う。


 


 


私は、そっと手を伸ばす。


 


 


触れる。


 


 


その瞬間――


 


 


“それ”が崩れ始める。


 


 


でも、


 


今回は違う。


 


 


崩れながら、


 


一瞬だけ、


 


完全な人の顔に戻る。


 


 


疲れきった男の顔。


 


 


目が閉じる。


 


 


「……ああ」


 


 


息が、ほどける。


 


 


安心したみたいに。


 


 


そのまま、


 


光になって消えた。


 


 


 


静けさが戻る。


 


 


私は、その場にしゃがんだまま、


動けなかった。


 


 


男が、


ゆっくり振り返る。


 


 


その目に、


はっきりとした驚きがあった。


 


 


「……今のは」


 


 


言葉が、途切れる。


 


 


私は、自分の手を見る。


 


 


まだ、少し温かい。


 


 


「……休めたから」


 


 


うまく説明できない。


 


 


でも、


分かる。


 


 


「……終われた」


 


 


男は、何も言わない。


 


 


ただ、


消えた場所を見ている。


 


 


その沈黙は、


今までと違った。


 


 


私は、ゆっくり立ち上がる。


 


 


少し、ふらつく。


 


 


でも、


消えない。


 


 


私は、小さく言う。


 


 


「……分かると、変わるんだね」


 


 


男は答えない。


 


 


でも、


 


ほんのわずかに、


 


視線が、こちらに向いた。

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