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離れないもの


森の奥は、静かだった。


でも、


さっきまでと違う。


空気が、まとわりつくみたいに重い。


「……なんか、ちがう」


私が言うと、


男は短く答える。


「結びつきが強い個体だ」


結びつき。


その言葉が、胸のどこかに引っかかる。


そのとき、


音がした。


足音じゃない。


何かを引きずるような、


絡みつくような音。


木の影の奥から、


“それ”が現れる。


細い。


異様に細い。


腕が長く伸びている。


地面に触れるほど。


その腕が、


何もない空を掴む。


何度も。


何度も。


顔は、かろうじて残っている。


目だけが、


必死に何かを探している。


そして、


口が動く。


「……いかないで」


小さな声。


でも、


はっきり聞こえる。


「いかないで」


繰り返す。


胸の奥が、


きゅっと縮む。


(……あ)


男が、一歩前に出る。


「後ろにいろ」


私は、うなずく。


でも、


足が少しだけ動かない。


そのとき、


視界が揺れる。


――――――――――


部屋。


夜。


明かりは暗い。


一人の女がいる。


床に座っている。


スマートフォンを握っている。


画面が、何度も光る。


メッセージは、来ない。


「……ねえ」


小さく呟く。


誰にも届かない声。


しばらくして、


画面が光る。


一通。


短い文章。


「今日は無理」


それだけ。


女の指が、止まる。


呼吸が浅くなる。


「……ねえ」


もう一度。


送る。


既読がつく。


でも、


返事は来ない。


時間だけが過ぎる。


女の手が震える。


「……いかないで」


声が、漏れる。


誰にも届かない。


「……いかないで」


その言葉だけが、


何度も繰り返される。


――――――――――


森に戻る。


私は、息を吸う。


胸の奥が、


さっきよりもはっきりと痛い。


「……今の」


男が言う。


「過剰接続」


短い。


私は、少しだけ聞く。


「……つながりすぎてるってこと?」


男はうなずく。


「対象が消えると、自身も崩れる」


私は、“それ”を見る。


腕が、


何もない場所を掴もうとしている。


「……いかないで」


その声が、


耳じゃなくて、


中に直接入ってくるみたいに響く。


私は、一歩前に出る。


「戻れ」


男の声。


でも、


止まらない。


“それ”の前に立つ。


近い。


怖い。


でも、


目を逸らせない。


「……いかないで、って」


声が、


少しだけかすれる。


胸の奥が、


同じように痛い。


理由は分からない。


でも、


分かる気がする。


「……こわいんだよね」


ぽつりと出る。


考えて言ったわけじゃない。


「一人になるの」


“それ”の動きが止まる。


ほんの一瞬。


でも、


確かに。


私は、少しだけ戸惑う。


(……なんで、分かるんだろう)


でも、


言葉は止まらない。


「だから」


「離れてほしくない」


喉が、少し詰まる。


息が、うまく吸えない。


「……でも」


その先が、


少しだけ苦しい。


「苦しいよね」


その言葉が落ちた瞬間、


空気が揺れる。


“それ”の腕が、


わずかに震える。


掴もうとして、


掴めない。


私は、手を伸ばす。


「……ここにいるよ」


その言葉が、


静かに落ちる。


“それ”の動きが、


止まる。


完全に。


次の瞬間、


崩れが始まる。


でも、


今までと違う。


急に壊れない。


ほどけるように、


ゆっくり崩れる。


長い腕が、


元の長さに戻る。


指が、


空を掴むのをやめる。


顔が、


普通の顔に戻る。


女の顔。


さっきの人。


その目が、


こちらを見る。


その奥に、


はっきりとある。


(……こわかった)


それが、


消えずに残ったまま、


静かに崩れる。


消える。


森に、静けさが戻る。


私は、その場に立ち尽くす。


息が、少し乱れている。


胸の奥が、


まだ、ざわついている。


「……今の」


声が、小さくなる。


男が、すぐ後ろにいた。


気配が、近い。


「……接続が変化した」


低い声。


でも、


わずかに遅い。


私は、振り向く。


男の目の奥の橙が、


はっきりと揺れている。


さっきまでと違う。


私は、ゆっくり息を吐く。


(……この人も)


完全には、


切れていない。


まだ、


どこかでつながっている。


だから、


届く。


そう思った。


森の奥で、


風が、静かに揺れた。

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