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ショートショート→ショートへ(AIに文字数を増やさせホラー)  作者: 斉藤一


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7/12

MMORPGで(ロングバージョン)

 あの頃の俺たちは、ディスプレイから放たれる青白い光こそが、世界のすべてだと信じていた。

 大学のサークルで出会った俺、コウ、サヨ、ウミの4人は、いつからか「4人でひとつ」のような存在になっていた。性格も育ちもバラバラだったが、不思議と居心地が良かった。俺とウミが付き合い始め、それを追いかけるようにコウとサヨが恋人同士になったことで、その絆はさらに強固なものになった。

 俺たちの日常の中心には、いつもひとつのMMORPGがあった。

 剣と魔法、果てしない草原と峻険な山脈が広がるその仮想世界で、俺たちはそれぞれの役割を全うしていた。

 俺は重厚な盾を構える「シルダー(盾職)」。

 コウは猪突猛進に斧を振るう「バーサーカー」。

 サヨは後方から派手な魔法を叩き込む「ソーサラー」。

 そしてウミは、俺たちの命を繋ぐ聖なる祈りの使い手「ヒーラー」。

「盾、準備いい? ウミ、回復頼むぞ!」

「任せて! 俺がターゲット全部引き受けるから」

「後ろは私たちに任せて。一気に焼き払うわよ」

「みんな、あんまり無茶しないでね。ちゃんと見てるから」

 VCボイスチャット越しに聞こえるウミの穏やかな声は、激しい乱戦の中でも俺に不思議な安心感を与えてくれた。俺が身を挺して敵の攻撃を食い止め、背後でコウとサヨがスキルを叩き込む。そして俺の体力が削れる絶妙なタイミングで、ウミのヒールが飛んでくる。完璧な連携。この4人でいれば、どんな強敵も恐れることはなかった。

 だが、そんな幸福な時間は、あまりにも唐突に、残酷な形で断ち切られた。

 あの日、ウミはいつも通り、俺の家で一緒にゲームをするために歩いていた。

 交差点、信号無視、あるいはスマホに目を落としていた運転手。詳しいことは今も思い出したくない。ただ、俺のスマホに届くはずだった「今着いたよ」というメッセージの代わりに、警察からの無機質な連絡が届いただけだった。

 ウミの葬儀、そして四十九日。

 俺の時計の針は止まったまま、季節だけが勝手に過ぎていった。

 コウとサヨも、俺にどう声をかけていいか分からなかったのだろう。集まる回数は目に見えて減り、あんなに熱中していたMMORPGのアイコンをクリックする勇気も、俺たちからは失われていた。

 見知らぬ「野良」のヒーラーをパーティに入れるなんて、想像するだけで吐き気がした。ウミのいない場所に、誰かを座らせることなんてできなかった。

 それから、どれくらいの月日が流れただろうか。

 ポストに届いた一通のメールが、埃を被っていた俺のゲーミングPCを再び起動させることになった。

『大型アップデート実施。新機能:AIフレンド・バディ・システム実装』

 ログインしていないフレンドのキャラクターを一人だけ呼び出し、最新のAIがそのプレイスタイルを学習して代行してくれるという機能だった。

 俺は、震える指でコウとサヨに連絡を入れた。久しぶりに送ったグループチャットに、二人はすぐに「行こう」と返してくれた。

 久しぶりに降り立った仮想世界。街の景色はアップデートで少し変わっていたが、潮の香りがしそうな港町の広場に集まった俺たちの姿は、あの頃のままだった。

 俺はフレンドリストを開く。最下部、最終ログイン日が「数年前」になっている、ウミのキャラクター名を選択した。

「……来た」

 光の粒子が集まり、そこに彼女が現れた。

 白い法衣を纏い、身の丈ほどもある杖を携えたヒーラー。ウミが大切に育てていたキャラクターだ。

 AIが操っているはずの彼女は、俺たちを見ると少しぎこちなく会釈をした。

「本当に行けるんだな」と、コウのバーサーカーが呟く。

「懐かしい……泣きそう」と、サヨのソーサラーが杖を振る。

 俺たちは、かつてよく通った高難易度ダンジョンへと向かった。

 戦闘が始まると、AIの性能に驚かされた。

 基本的には的確だ。だが、時折見せる挙動が、ひどく懐かしかった。

「あ、今のタイミング……」

 敵の強力な全体攻撃が来る直前、AIのウミは少しだけ先行して障壁を張る。それは、まだ操作に慣れていなかった初心者の頃のウミが、焦ってスキルを暴発させていた癖によく似ていた。

 機械的な最適解ではない、どこか「ぎこちない」動き。それがかえって、俺の胸を締め付けた。

 俺たちはひたすら狩りを続けた。会話は少なかったが、スキルと魔法の火花が飛び交う画面の中では、確かにあの頃の空気が蘇っていた。

 ダンジョンの深部。エリアモンスターとして、漆黒のローブを纏った死神『ソウルイーター』が出現した。

 レベルの上がった今の俺たちにとっては、決して倒せない相手ではない。だが、このモンスターには苦い思い出があった。

 まだ4人が低レベルだった頃、この死神に全滅させられ、ウミが「私のヒールが遅れてごめんね」と本気で泣いたことがあったのだ。

「リベンジだ。一気に畳み掛けるぞ!」

 コウの斧が唸り、サヨのメテオが降り注ぐ。俺は敵の正面に立ち、大盾で鎌の一撃を受け止める。AIのウミは、俺の背後でひたすら聖なる光を注ぎ続けていた。

 死神のHPが残り数パーセントになったその時。

 ソウルイーターが不気味な詠唱を始めた。

 最凶の即死スキル、『魂抜き』。

 3秒間の長い詠唱の後、放たれる人魂。当たればどんなに高い防御力を持っていようと、即座に命を奪われる。

 紫色のエフェクトが集中したのは、後方にいるヒーラーだった。

 AIは、この特殊なギミックに対応できていなかった。回避行動を取ることもなく、ただ杖を構えて棒立ちになっている。

「……!」

 身体が勝手に動いた。

「危ない!」と叫びながら、俺はシルダーの固有スキル『決死の庇い』を発動させた。

 キャラクターを強引にヒーラーの前へと滑り込ませる。

 3、2、1。

 放たれた人魂が、俺の胸に突き刺さった。

 スロウモーションのように、俺のキャラクターのHPバーがゼロになり、灰色の画面へと変わる。

「シルダーが落ちた!」とコウが叫び、その直後、サヨの放った最後の一撃が死神を霧散させた。

 勝利のファンファーレ。だが、俺のキャラクターは床に伏したままだ。

 通常のプレイなら、ここでヒーラーが蘇生呪文リザレクションを唱えるはずだ。だが、AIは戦闘終了の判定が出たためか、ただ静かにその場に佇んでいるだけだった。

「ごめんな、無茶した」

 俺はマイクを切り、独り言を漏らした。

 画面の中の「彼女」に、現実の「彼女」を重ねていた。あの日、俺が横にいたら。俺が彼女の手を引いて、あの車から守ってあげられていたら。

 そんな、数千回繰り返した無意味な後悔が、涙となって溢れ出した。

 やれやれ、と。

 湿っぽくなった空気を切り替えるために、街に戻るボタンを押そうとした。

 その時だった。

 画面右下のチャットウィンドウに、小さなログが流れた。

[Party] ウミ:守ってくれてありがとう

「え……?」

 指が止まった。

 コウとサヨも絶句しているのが、VCの沈黙から伝わってきた。

「今の、AIの台詞……だよな?」

 コウの声が震えている。

 そんなはずはない。このゲームのAIフレンドは、定型文を喋ることはあっても、今の状況に完璧に合致した感謝の言葉を、しかもプレイヤーと同じ書式で打つようには設計されていないはずだ。

 ウミのキャラクターが、横たわる俺のそばに歩み寄ってきた。

 そして、ゲーム内エモーションの「膝をつく」動作をした。

「……っ……」

 俺はキーボードを叩こうとしたが、視界が滲んで文字が見えない。

 ただ、声を振り絞って、誰もいない部屋で呟いた。

「ごめんな、ウミ。守ってあげられなくて……本当に、ごめん」

 画面の中のヒーラーは、しばらくそのまま俺のそばに寄り添っていた。

 まるで、あの日伝えられなかった言葉を、この仮想世界の片隅でずっと待っていたかのように。

 大型アップデートの奇跡なのか、それとも、電子の海に漂っていた彼女の想いの一部が、一瞬だけ形を成したのか。

 その答えは誰にも分からない。

 だが、その日以来、俺の止まっていた時計は、少しずつ音を立てて動き始めた。

 俺たちは今も、時々そのMMORPGにログインする。

 隣にはいつも、あのぎこちない動きのヒーラーがいる。

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