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ショートショート→ショートへ(AIに文字数を増やさせホラー)  作者: 斉藤一


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14/15

道を聞かれて(ロングバージョン)

「すいません、ちょっとここへの行き方を知りたいのですが」


突然、背後から低く濁った声で話しかけられ、私は思わず肩をびくつかせました。夕暮れ時の細い路地。街灯がぽつぽつと灯り始めたばかりの、少し薄暗い時間帯でした。

私は大学の講義を終え、いつものように駅からアパートへの帰路を歩いている途中でした。周囲に人の気配は少なく、住宅街の静けさが妙に肌寒く感じられる、そんな日のことです。

振り返ると、そこにはよれよれとした灰色のパーカーを着た、中年の男性が立っていました。深く被ったフードの隙間から覗く目は、どことなく焦点が定まっておらず、ギラギラとした不気味な光を放っています。

男性の手元を見ると、古びたスマートフォンの画面が差し出されていました。画面はひび割れており、何かの地図アプリが表示されているようでしたが、画質が粗く、私にはそれがどこの場所を指しているのか全く判別できませんでした。

私が暮らしているのは、大学から徒歩十五分ほどの場所にある、地方からの学生が多く入居している木造の二階建てアパートです。この街に引っ越してきてから、まだ半年も経っていません。

自分の通学路と、駅前のスーパーの往復くらいしか土地勘のない私にとって、見知らぬ場所の道案内など到底できるはずもありませんでした。何より、その男性が醸し出す、じっとりと湿ったような異様な雰囲気に、私の本能が強い警戒信号を発していました。


「すみません。私もここへは来たばかりなので、その場所の住所すら分かりません」


私はなるべく丁寧な口調を意識しながら、一歩身を引いてそう答えました。関わりたくない、早くこの場を立ち去りたいという気持ちが、声の震えとなって漏れてしまいそうでした。私の言葉を聞いた瞬間、男性の顔が酷く歪みました。それまでの、どこか弱々しく道を尋ねる旅人を装っていたような態度が一変したのです。見開かれた目が血走り、口元が引きつるように歪みました。


「ちっ……」


男性は信じられないほど大きな音で舌打ちをしました。その鋭く、悪意に満ちた音は、静かな路地に嫌な余韻を残して響き渡りました。


「使えねえな……」


ボソリと呟かれた低い呟きが耳に届いた瞬間、私の全身に鳥肌が立ちました。恐怖のあまり、心臓が早鐘を打ち始めます。このままここにいては絶対に危ない。私は男性の顔を見ることができなくなり、「失礼します」とだけ辛うじて口にすると、踵を返して早足で歩き出しました。

後ろから足音がついてきていないか、生きた心地がしませんでした。振り返る勇気すら出ず、ただただ自分のアパートがある方向へと足を急がせます。歩幅は自然と大きくなり、やがて競歩のような速さになっていきました。冷たい汗が背中を伝うのが分かりました。心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響きます。


「大丈夫? 知ってる人?」


突然、横から優しく、穏やかな女性の声が掛けられました。驚いて顔を上げると、そこには二十代前半くらいに見える、清楚な雰囲気の若い女性が立っていました。

ベージュのトレンチコートを着て、お洒落なハンドバッグを肩にかけ、心配そうな表情で私を見つめています。そのあまりにも日常的で、温かみのある佇まいに、私は張り詰めていた糸が切れたようにホッとしてしまいました。


「あ……いいえ、知らない人で。道を聞かれただけなのですが、急に舌打ちをされて、怖くなって逃げてきたんです……」


私は一気に事情を話してしまいました。誰かにこの恐怖を共有したかったのだと思います。女性は私の言葉を聞くと、深く同情するように眉をひそめ、後ろの路地を険しい目で見やりました。


「そうなの? 最近この辺り、変な不審者が出るって噂だし、女の子の一人歩きは危ないよね。……ねえ、もしよかったら、一緒に行ってあげようか? その人がまだ近くにいるかもしれないし、お家まで送り届けるよ」


その親切な申し出は、怯えきっていた私にとって、まるで救いの神のように思えました。まさか、この優しそうな女性が牙を隠しているなど、その時の私は微塵も疑わなかったのです。


「本当ですか……? すみません、ありがとうございます。すごく助かります」


私は何度も頭を下げ、女性と一緒にアパートへと向かって歩き始めました。女性は歩きながら、「大学は楽しい?」とか「サークルは何に入ってるの?」といった、たわいもない世間話を振ってくれました。

彼女の明るい声を聞いているうちに、先ほどの男性に対する恐怖心は少しずつ薄れ、私は完全に警戒心を解いてしまっていました。しばらく歩くと、見慣れた二階建てのアパートが見えてきました。外壁の塗装が少し剥げかけた、どこにでもある学生向けのアパートです。ようやく我が家の敷地内に入り、私は心の底から安堵しました。


「ありがとうございました。ここまで来ればもう大丈夫です」


私は改めて女性に向き直り、深い感謝を伝えました。何かお礼をしなければと思い、アパートの敷地内、階段の脇に設置されている自動販売機に目を留めました。


「あの、大したものはできないんですけど、これよかったら飲んでください」


私は財布から小銭を取り出し、自動販売機で温かい缶コーヒーを二本買いました。一本を彼女に手渡すと、彼女は「ありがとう、ちょうど寒かったから嬉しい」と、人良さそうな笑みを浮かべて受け取ってくれました。

缶コーヒーを両手で包み込みながら、女性はふと、何気ないといった風を装って、私にこう問いかけてきました。


「ちなみに、どの部屋に住んでるの? 防犯のために、ちゃんと鍵はすぐ閉めるんだよ」


その質問に対し、私は特に何も疑わず、反射的に答えていました。


「203号室です」


そう口にした直後、私は頭の中で「あれ?」と小さな違和感を覚えました。私の部屋は、階段を上がってすぐの202号室だったはずです。203号室は、同じ大学に通う親しい友人の部屋でした。昨日もその友人の部屋に集まって一緒に課題をやっていたため、記憶がごちゃ混ぜになり、咄嗟に友人の部屋番号を口にしてしまったのです。


(あ、間違えちゃった……。でも、まあいいか)


わざわざ言い直すのも面倒ですし、この女性とはもう二度と会うこともないでしょう。私はそんな風に都合よく解釈し、言葉を訂正しませんでした。


「そっか、203号室ね。じゃあ、気をつけてね。バイバイ」


女性はひらひらと手を振り、アパートの敷地を出ていきました。私は彼女の姿が路地の角を曲がり、完全に見えなくなるまで見送りました。それから階段を上り、二階へと向かいました。

やはり、私の部屋は202号室でした。鍵を開けて部屋に入り、しっかりとドアロックをかけます。静まり返った六畳一間のワンルーム。自分の部屋に入ったことで、ようやくすべての緊張から解放され、私はベッドに倒れ込みました。

あの男性の気味の悪い舌打ち、そして助けてくれた優しい女性。色々なことがあった一日だったと思い返しながら、いつの間にかうとうとと眠りについてしまっていました。

どれくらいの時間が経ったでしょうか。ドン、ドン、ドン。重苦しい音が静まり返った夜の空気を震わせ、私は目を覚ましました。時計を見ると、深夜の十二時を回ったところでした。最初は気のせいかと思いましたが、音は間違いなくすぐ近くから聞こえてきます。

私の部屋のドアではありません。壁一枚を隔てた、隣の部屋――つまり、203号室の玄関先です。誰かが激しくドアを叩いているようでした。それだけでなく、低く、くぐもった男の声が聞こえてきます。


「おい、開けろよ。昼間、ここに住んでるって言っただろ。おい」


その声を聞いた瞬間、私の脳裏に夕方の記憶が鮮烈に蘇りました。あの、ひび割れたスマホを持った灰色のパーカーの男。あの不気味で濁った声。間違いありません、あの男です。なぜあの男がここにいるのか。なぜ203号室の前に立っているのか。パニックになりかける頭で、私は必死に点と点を繋ぎ合わせようとしました。


(まさか……あの時の女性が、この男に教えたの……?)


恐怖で身体がガタガタと震え始めました。私は布団から這い出し、足音を立てないように細心の注意を払いながら、自分の部屋の玄関へと向かいました。息を殺し、玄関ドアについている小さな覗きドアスコープにそっと目を押し当てました。

外の廊下は、薄暗い蛍光灯に照らされています。角度的に姿は見えませんが、声は聞こえます。昼間よりもさらに興奮しているようで、髪を振り乱し、203号室のドアノブをガチャガチャと激しく回しています。


「おい、いるんだろ。コーヒーのお礼に来てやったんだよ。開けろよ」


男の手には、コンビニの袋らしきものが握られていました。その狂気じみた姿を見て、私は心臓が止まるかと思いました。私は静かに、極限まで音を立てないようにドアスコープから離れ、玄関の鍵がしっかりと閉まっていることを確認しました。そして、這うようにしてベッドに戻り、スマートフォンを手に取りました。このままでは、203号室に住む私の友達が危ない。

男は203号室に私が住んでいると思い込んで襲撃しているのです。私のせいで、友達が巻き込まれている。私は震える指で、203号室の友達の番号をタップし、通話ボタンを押しました。耳元で呼び出し音が鳴るたびに、胸が締め付けられるようでした。

お願いだから出て、早く出て。三回目の呼び出し音で、カチャリと繋がりました。


「……もしもし? どうしたの、こんな夜中に」


友達の声は、眠そうでありながらも、どこか緊迫していました。やはり、外の異変に気づいている様子でした。


「あ、あのね! 今、あんたの部屋の前に男がいるでしょ!?」


私は声を潜めながら、早口でまくし立てました。


「えっ、うん……そうなの。さっきからずっとドアを叩いてて、すごく怖くて。インターホン越しに『どちら様ですか』って聞いても、変なことしか言わないの。警察に電話しようと思ってたところで……」


「開けちゃダメ! 絶対開けないで! その男、夕方に私に変な道案内を求めてきた不審者なの! 私が間違えて、自分の部屋を203号室だって他人に言っちゃったから、私のことを狙ってそこに来てるの!」


私の告白に、友達は息を呑みました。


「えっ……じゃあ、あの男、あんたを狙って……?」

「そうなの、本当にごめんなさい! 今すぐ警察に連絡するから、それまで絶対に鍵を開けないで!」


私がそう言うと、友達は少し沈黙した後、奇妙なことを口にしました。


「……でも、変だな。さっきその男、インターホン越しに私と話した時さ、『電話がかかってきたのでもういいですか?』って私が言ったら、なんかブツブツ文句を言いながらドアの前から離れていったみたいなんだよね」


「え? もういなくなったの?」


「うん、足音が階段の方へ遠ざかっていくのが聞こえた。でも、捨て台詞みたいにさ……『なんか、昼間と違う人? まあ君でもいいや』みたいなことを言われて、私すごくムッとしてたところだったんだよね。何それ、人違いならさっさと帰れって感じじゃない?」


友達は恐怖が怒りに変わったのか、少し呆れたようなトーンでそう言いました。しかし、その言葉を聞いた瞬間、私の全身の血液が、一瞬で凍りついたかのように冷たくなりました。受話器を握る手が、目に見えて激しく震え始めました。


「……ねえ、それ、本当に男が言ったの?」


「え? うん、インターホンから聞こえたよ。『なんか、昼間と違う人? まあ君でもいいや』って。そのあと、もう一人誰かの声がして、一緒に帰っていったみたいだけど……」


友達の声が、遠くの方で聞こえるようでした。私の頭の中は、恐ろしい気づきで完全に支配されていました。男は、昼間に私と直接会っています。私の顔を、声を、知っているはずです。もし男が単独で行動していて、昼間の「私」を探しに203号室に来たのだとしたら、インターホン越しに友達の声を聞いた時点で「声が違う」「人違いだ」と気づき、焦るか、あるいは騙されたと怒るはずです。

それなのに、男は言ったのです。「なんか、昼間と違う人? まあ君でもいいや」と。この言葉の主は、昼間に「私」の顔を見ていない人物――。つまり、203号室の前に立ってドアを叩いていたのは、昼間に私に道を聞いてきたあの男ではなく、別の人間だったのではないか。

あるいは……。昼間の男と、私を送り届けてくれたあの優しい女性。二人は最初から繋がっていた、組織的な「グル」だったのです。男が道を尋ねてターゲット(私)を怯えさせ、そこへ絶妙なタイミングで「親切な救世主」を装った女性が現れる。恐怖で冷静さを失ったターゲットは、女性を完全に信用し、自ら自宅アパートまで案内してしまう。そして女性は、言葉巧みに部屋番号を聞き出す。

女性は男に「ターゲットは203号室だ」と伝えた。だから男、あるいはその仲間は、203号室に「昼間の女(私)」がいると信じてやってきた。しかし、インターホンから聞こえてきたのは、昼間に女性から特徴を聞いていた、あるいは男が実際に見た「私」とは異なる特徴を持つ、全く別の女性(私の友達)の声だった。

だから、彼らは言ったのです。「昼間と違う人? まあ、この女でもいいや」と。

そこまで考えが至った時、私は本当の恐怖を知りました。彼らの目的は、道を聞くことでも、単なる嫌がらせでもありませんでした。最初から、一人暮らしの女子大生を組織的に物色し、狙いを定めて連れ去るか、あるいはそれ以上の凄惨な犯罪を目論んでいたのです。

私は、あの親切な女性の笑顔の裏にあった、底知れない悪意を思い出して、吐き気がしました。


「もしもし? どうしたの? もしもし?」


電話の向こうで友達が心配そうに呼ぶ声で、私は我に返りました。


「あ、ううん、何でもない……。とにかく、もう男たちは居なくなったみたいだけど、警察には私から連絡する。今夜は絶対にドアを開けちゃダメだよ。戸締まりをしっかりしてね」


私はそう言って電話を切り、すぐに110番通報をしました。警察官はすぐに駆けつけてくれ、アパートの周りを捜索してくれましたが、その時にはもう不審な男女の姿はどこにもありませんでした。警察には一連の出来事をすべて詳細に話しました。昼間の男の特徴、トレンチコートの女性の特徴、そして夜の不審な言動。警察官は深刻な表情でメモを取り、「パトロールを強化します」と言ってその夜は撤収していきました。

その後、数日間は何も起きませんでした。あの恐怖の夜が嘘だったかのように、街は静かでした。待ち伏せされることも、怪しい電話がかかってくることもなく、私はビクビクしながらも、普通の大学生活を送っていました。ただ、あの夜の恐怖が忘れられず、私は帰宅時間を早め、常に周囲を警戒しながら歩くようになっていました。

しかし、真の悪夢は、忘れた頃にやってきたのです。数日前から203号室の友達と、パタリと連絡が取れなくなりました。

最初は、大学の課題が忙しいのか、あるいは体調でも崩して寝込んでいるのだろうと思っていました。LINEを送っても既読がつかず、電話をかけても「電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため――」という無機質なアナウンスが流れるだけでした。

胸の奥で、嫌な予感がじわじわと広がっていきました。あの夜の出来事が、どうしても頭をよぎるのです。そして昨日、アパートの敷地内に何台もの警察の車両が停まっているのを見ました。何事かと思って階段を上がると、203号室の前に黄色い規制線が張られており、複数の警察官や鑑識らしき人たちが慌ただしく出入りしていました。

心臓がバクバクと激しく脈打ちます。私は恐る恐る、近くにいた警察官に声をかけました。


「あの……203号室の彼女に、何かあったんですか? 私、隣の部屋の者ですが……」


警察官は私を見ると、少し驚いたような表情を見せ、すぐに険しい顔つきになりました。


「実は、203号室の住人のご家族から、連絡が取れないと行方不明者届が出てね。部屋を確認したところ、本人の姿はなく、室内が激しく荒らされていたんだ。事件に巻き込まれた可能性が高い」


事件に巻き込まれた。その言葉が、頭の中で何度もリフレインしました。私のせいで。私が、あの時間違えて「203号室」だと言ってしまったせいで、彼女はあの連中に目を付けられ、連れ去られてしまったのではないか。

あの男女は、あの夜は一度引き下がったものの、後日再び203号室を執拗に狙い、彼女を拉致したのではないか。罪悪感と恐怖で、足の震えが止まりません。私はその場にへたり込みそうになるのを必死で堪えました。

警察も、あの夜の不審な男女が今回の失踪事件に深く関わっているとみて、捜査を進めているとのことでした。

私はただ、早く友達が無事に見つかって欲しいと、それだけを神に祈るような気持ちです。すると、アパートの廊下で実況見分を行っていた警察官たちの会話が、偶然、私の部屋のドア越しに聞こえてきました。

一人の警察官が、無線か携帯電話で、本部に連絡を入れているようでした。その声は低く、しかしはっきりと、私の耳に届きました。


「……はい、そうです。被害者の足取りを追っていますが、現場の状況から見て、やはり計画的な犯行の可能性が高いです」


その言葉を聞いた瞬間、私は息をすることすら忘れて硬直しました。あの男女が最初から狙っていたのは、203号室の彼女の方であり、昼間に私に近づいてきたのは、単なるカモフラージュか、あるいは私を利用して彼女の情報を探るための罠だったのでしょうか。

警察官は、本部への連絡を終えたのか静かになりました。しかし、再びどこかへ連絡をしているのか、はっきりとこういいました。


「隣の部屋だった」

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