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ショートショート→ショートへ(AIに文字数を増やさせホラー)  作者: 斉藤一


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13/15

青い魚(ロングバージョン)

 潮の香りと生温い夜風が、車の窓から滑り込んでくる。週末の深夜。俺は大学時代からの友人であり、筋金入りの釣りキチである拓海たくみの助手席に揺られていた。

 別段、俺自身は釣りに興味があったわけではない。ただ、日々の仕事に追われ、都会の喧騒から逃げ出したいという一心で、拓海の熱烈な誘いに乗っただけだった。

 途中で立ち寄った24時間営業の釣具店は、独特の薬品と油、そして乾燥したエサの匂いが充満していた。拓海は水を得た魚のように棚を巡り、仕掛けやルアーを品定めしている。

 俺は言われるがままに、初心者用の安いリール付きロッドと、小さなクーラーボックスを購入した。

 再び車を走らせ、街灯の途切れた海岸線を実家の方へと進む。ヘッドライトが照らし出す闇の向こうに、目的地の堤防が見えてきた。


「なぁ、最近さ、温暖化の影響なのか何なのか知らねえけど、この辺で釣れる魚がえれー変わってきてるんだよな」


 ハンドルを握る拓海が、煙草の煙を吐き出しながら言った。


「へー、そうなんだ」


「おうよ。昔じゃ考えられねえような南方系の派手なやつとか、見たこともねえ深海魚の出来損ないみたいなのが浅場に上がってきたりしてさ。地元じいさんたちも、気味悪がってリリースしてるわ」


「ふうん……」


 釣りに詳しくない俺にとっては、あじが釣れようが、見たこともない熱帯魚が釣れようが、大差のない話だった。ただ、拓海の横顔に浮かんだ奇妙な高揚感が、わずかに胸をざわつかせた。

 午前3時。波の音だけが響く静まり返った堤防に、俺たちは折りたたみ椅子を並べた。拓海に仕掛けを作ってもらい、針に生エサを付け、海へと投げ入れる。暗黒の海面に、電気ウキの赤い光がぽつんと浮かび、ゆらゆらと揺れていた。

 俺は椅子に深く腰掛け、ただぼーっとその光を見つめていた。時折、遠くを航行する大型船のエンジン音が、地鳴りのように響いてくる。五感が研ぎ澄まされ、日常のストレスが闇に溶けていくような感覚。なるほど、釣りという趣味の魅力が、少しだけ分かった気がした。


「――おっと、やべっ!」


 突然、拓海が声を上げた。突風が吹き抜け、彼の愛用していた年季の入ったサファリハットが頭から吹き飛ばされたのだ。帽子は堤防の斜面を転がり、少し離れた砂浜の方へと落ちていく。


「ちょっと回収しに行ってくらぁ! 竿、見といてくれ!」


 拓海はライトを片手に、ドタドタと暗闇の向こうへ走っていった。一人残された俺は、再び静寂に包まれる。

 その時だった。拓海が置き去りにしたロッドの先が、カクカクと不自然に折れ曲がった。海面の電気ウキが、水面下へと一気に引きずり込まれていく。


「あ、アタリか?」


 見よう見まねで、拓海のロッドを手に取る。リールを巻いてみるが、驚くほど手応えがない。魚が暴れて抵抗するような振動ブルブルという感触が、全く伝わってこないのだ。ただ、水を含んだ重い雑巾を引き上げているような、不気味な重量感だけがあった。


「なんだ、ゴミか……?」


 リールを巻ききり、夜の虚空に吊り上げられたモノを見た瞬間、俺は息を呑んだ。それは、魚だった。しかし、俺の知るどんな魚とも似ていなかった。体長は30センチほど。うろこがなく、まるでプラスチックで作られたフィギュアのように滑らかな皮膚をしていた。

 そして何より異様だったのは、その色だ。深海をそのまま切り取ってきたかのような、どす黒く、しかし内側から発光しているような、おぞましい「青」だった。

 ライトの光を当てると、その青はぬらぬらと油のような光沢を放った。驚いたことに、魚は針にかかった状態でピクリとも動かなかった。エラは完全に閉じ、見開かれた真っ黒な両目は、ガラス玉のように生気がない。


「釣り針を外す前に、もう死んでるのか……?」


 俺は言い知れぬ気味悪さを感じながらも、拓海の道具箱からプライヤーを借り、慎重に針を外した。魚の体触は凍りつくように冷たく、死後硬直が始まっている死体のように硬かった。

 俺はそれを、自分の買ったばかりの真っ新なクーラーボックスの底へ放り込み、蓋をパタンと閉めた。しばらくして、帽子を奪還した拓海が息を切らせて戻ってきた。


「悪い悪い、遠くまで転がっちゃってさ。……お、なんか釣れたか?」


「あ、ああ。拓海の竿にアタリがあってさ。とりあえず上げといたんだけど……変な魚が釣れたんだ」


 俺はクーラーボックスの蓋を開け、中の「青」を指差した。拓海はライトを近づけ、その魚を凝視した。その目が、驚愕で見開かれる。


「……なんだこれ。俺もこんな魚、初めて見るな」


「だろ? 釣れた時から全然動かなくて、もう死んでるみたいなんだ」


 拓海は魚を素手で掴み上げ、裏表を観察した。普通なら、未知の不気味な魚には警戒するはずだ。しかし、彼の様子はどこかおかしかった。じっと魚を見つめるうちに、彼の呼吸が荒くなり、口元に不自然な笑みが浮かび上がったのだ。


「なぁ……これ、さっそく刺身で食ってみるか?」


「は? いやいや、冗談だろ。毒があるかもしれないし、そもそも死んでるんだぞ?」


「バカ言え、釣れたてホヤホヤだ。新鮮な魚は美味いって決まってる。美味そうな匂いがプンプンするぜ……」


 拓海の目が、異様にギラついている。彼は俺の制止も聞かず、クーラーボックスの蓋をまな板代わりにし、愛用の出刃包丁を抜いた。恐ろしいほどのナイフ捌きで、青い魚が解体されていく。

 驚いたことに、その魚の身は、中まで真っ青だった。血の一滴も流れない。まるで青いゼリーの塊を切り分けているかのようだった。拓海は手際よく薄切りにすると、持参していたマイ醤油のボトルを取り出し、プラスチックの皿に注いだ。


「よし、出来上がりだ。いただきます!」


「おい、拓海、本気か……!?」


 俺の声を無視して、拓海は青い身の一切れを醤油に浸し、口へと運んだ。

 咀嚼する。一瞬の静寂。


「――っ!!」


 拓海の顔が歓喜に歪んだ。


「おっ、こいつは……うめーな! なんだこれ、信じられないくらい甘い! 大トロなんか比べ物になんねえぞ!」


 彼は取り憑かれたように、次から次へと青い身を口に放り込んでいく。

 その姿は、長年飢えていた獣のようだった。


「そんなに美味いのか……?」


 あまりの気迫に押され、俺の感覚も麻痺しかけていた。皿の上に残された最後の二切れ。俺ははしを伸ばし、その一切れを掴んだ。真っ青な、光沢のある身。口元に近づけると、ほんのりと磯の香りと、嗅いだことのない甘い蜜のような匂いがした。

 これを口に入れようとした、まさにその時だった。


「……う、あ……」


 拓海が突然、箸を落とした。両手で激しく腹を押さえ、その場にうずくまる。顔面から一気に血の気が引き、土気色に変わっていく。


「拓海!? どうした、やっぱり毒が――」


「……ちょ、ちょっち、トイレいってくらぁ……」


 拓海は這い上がるようにして立ち上がると、堤防の付け根にある公衆トイレに向かって、よろめきながら走り去っていった。

 俺は掴んでいた身を、地面に投げ捨てた。強烈な悪寒が背筋を駆け上がる。やっぱり、あの魚は異常だったのだ。俺は残された青い肉片を、靴の裏で踏み潰した。グチャリと、肉ともプラスチックともつかない嫌な感触が伝わってきた。

 それから、20分が経過した。しかし、拓海は戻ってこない。


「いくら何でも遅すぎるだろ。重症か?」


 最悪の事態――急性食中毒で意識を失っている可能性が頭をよぎった。俺は堤防の根元にある、古びたコンクリート製の公衆トイレへと急いだ。

 あたりに人の気配はない。カサカサと、フナムシが這い回る音だけが響く。


「拓海! いるか? 大丈夫か?」


 静まり返った男子トイレに、俺の声が虚しく反響する。奥にある、唯一の洋式個室のドアが、数センチだけ隙間を空けて佇んでいた。中からは明かりが漏れていない。


「拓海、入るぞ……」


 俺は意を決して、個室のドアを押し開けた。ライトの光を、中へと向ける。

 ――そこには、誰もいなかった。拓海の服も、靴も、スマートフォンも、何一つ残されていない。完全に、もぬけの殻だった。


「嘘だろ……どこ行ったんだよ……」


 パニックになりかけた俺の視界の隅で、洋式便器の、濁った水面が小さく揺れた。ピチャリ。ライトの焦点を、便器の水たまりに合わせる。

 その瞬間、俺の心臓は凍りついた。狭い便器の水の中で、一匹の魚が泳いでいた。体長は15センチほど。鱗がなく、ぬらぬらとしたプラスチックのような質感。そして、あの夜の闇を溶かし込んだような、おぞましい「青」。それは、拓海が貪り食った、あの魚と全く同じ姿をしていた。

 魚は、狭い便器の中で円を描くように、狂ったように激しく尾びれを振って泳いでいる。そして、その魚の「真っ黒な、ガラス玉のような目」が、水面越しに真っ直ぐ、俺を捉えた。

 その瞬間、俺の脳内に、聞き覚えのある声が直接響いてきた。『なぁ、新鮮な魚は、美味いって決まってるだろ?』

 ヒィ、と情けない悲鳴が口から漏れた。俺はロッドも荷物もすべて放り出し、堤防をただひたすらに走り抜けた。

 拓海の車のキーは、今もあのトイレの底に沈んでいるのだろうか。

 それ以来、俺は二度と海へは近づいていない。しかし、自宅のトイレで水を流すたび、あの不気味な「青」が、排水管の奥からこちらを見上げているような気がして、未だに夜の個室に入ることができないでいる。

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