表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショートショート→ショートへ(AIに文字数を増やさせホラー)  作者: 斉藤一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/15

『残響のハイウェイ』

深夜2時の国道16号線は、行き交うトラックのヘッドライトだけが、濡れた路面を白く不気味に照らし出す静寂の世界だった。

その日、神奈川県警の交通機動隊員、新谷しんたには、パトカーの運転席から鈍く光る闇を睨みつけていた。

助手席には、今春配属されたばかりの新人、高橋たかはしが、緊張した面持ちで無線機を握りしめている。

「新谷先輩、本当にこの時間、例の『黒い影』が出るんでしょうか」

高橋の声は少し震えていた。ここ数週間、この界隈のトラック運転手たちの間で、妙な噂が流れていた。

深夜、雨が降る夜に限って、追越車線を信じられない速度で無灯火のまま駆け抜ける「黒いセダン」が現れるというのだ。

それはただの暴走車ではない。まるで生き物のように、パトカーや他の車の死角を縫うように走り、追跡しようとすると煙のように消えてしまうという。

「都市伝説を真に受けるな。俺たちの仕事は、目の前にある現実の違反を取り締まることだ」

新谷は冷ややかに言い放ったが、その目は決して油断していなかった。

彼は知っていた。数年前にこの先のカーブで、若者たちの乗った車が大型トラックと正面衝突し、全員が死亡する凄惨な事故があったことを。

その事故の原因は、いまだに特定されていない。

その時だった。パトカーの後方から、エンジンの重低音とも、獣の唸り声ともつかない異様な音が響いてきた。

「来ました!」

高橋が叫ぶ。バックミラーに目をやった新谷の身体が硬直した。ヘッドライトを消した真っ黒な高級セダンが、時速150キロは超えているであろう速度で、狂ったように迫ってくる。

パトカーの横をすり抜ける瞬間、新谷は見た。

運転席に座る男の、異常に大きく見開かれた、光のない瞳を。

「追うぞ!」

新谷は一瞬でアクセルを踏み込んだ。赤色灯が激しく回転し、サイレンの音が深夜の街に鳴り響く。

「前の車、止まりなさい! 神奈川県警だ!」

高橋がマイクで叫ぶが、黒いセダンはさらに加速する。

雨脚が強くなり、フロントガラスを激しく叩く。ワイパーがフル稼働しても、視界は最悪だった。

セダンは車線を激しく変更しながら、前方を走る長距離トラックの隙間を縫うように走り抜ける。

新谷は長年の勘と卓越した技術で、その猛烈な追跡に食らいついた。

「新谷先輩! この先は例の……!」

高橋の言葉の先を、新谷は理解していた。この先は、急な下り坂の後に続く、Rのきつい魔のカーブだ。

しかも雨で路面は完全に滑りやすくなっている。この速度で突っ込めば、いかに高性能な車であっても遠心力で外側に弾き飛ばされるか、スピンして壁に激突する。

しかし、前方の黒いセダンはブレーキランプを点灯させる気配すら見せない。それどころか、さらに速度を上げているように見えた。

「自殺行為だ……!」

新谷は歯を食いしばり、ブレーキペダルを慎重に踏み込みながら、適切なラインでカーブに進入しようとした。

その瞬間、信じられない光景が目を覆った。黒いセダンのヘッドライトが、突然パッと点灯したのだ。しかし、その光は白でも黄色でもない。禍々しいほどに赤い、血のような光だった。

そして、セダンのリアガラス越しに、何十もの「人間の手」が内側からガラスを激しく叩き、助けを求めているかのように蠢いているのが見えた。

「うわあああ!」

高橋が恐怖のあまり頭を抱えて叫ぶ。新谷も一瞬、ハンドルを握る手が狂いそうになった。だが、長年の警察官としての本能が、彼に命じた。

「惑わされるな! あれは……!」

次の瞬間、黒いセダンはカーブのガードレールを突き破り、そのまま虚空へと飛び出した。いや、飛び出したように見えた。

パトカーがカーブを曲がりきり、新谷が急ブレーキをかけて車を止めたとき、ガードレールは完全にひしゃげていた。二人は息を呑みながらパトカーから飛び出し、懐中電灯でガードレールの向こう側、崖下を照らした。

そこは深い雑木林になっている。しかし、そこには煙も、炎も、激突したはずの車の残骸も、何一つなかった。ただ、激しい雨の音だけが、周囲を支配していた。

「消えた……? そんな馬鹿な……」

高橋は地面にへたり込んだ。新谷は懐中電灯の光を、引き裂かれたガードレールの根元に向けた。そこには、確かに新しいタイヤの跡が残っていた。しかし、その跡は、ガードレールの手前で唐突に途切れていた。まるで、車がそこから空へ飛び立ったかのように。

そして、新谷は気づいた。ガードレールの破片に、べっとりと付着した、古い「人間の血痕」のようなものに。それは、数年前にここで起きたあの未解決の正面衝突事故の際、死亡した若者たちの血液型と、後に一致することになる。

翌朝、現場検証が行われたが、やはり転落した車の痕跡は一切見つからなかった。警察の記録には、「無灯火の不審車両を追跡中、見失う。現場に器物破損の痕跡あり」とだけ処理された。

新谷は、あの時見た「赤いライト」と「ガラスを叩く無数の手」の意味を、今も考えている。あれは、あの場所で亡くなった被害者たちの怨念が、新たな犠牲者を求めて夜な夜な走らせている「事故の記憶」そのものだったのではないだろうか。

今日もまた、雨の夜がやってくる。新谷はパトカーのキーを握り締め、静かに夜の街へと出動していく。あの黒い影が、次に誰を連れ去ろうとするのかを、見張るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ