第119話 火炎国で暮らす人々
「これをやる。役立ててくれ」
そう言ってディレスさんが渡してきたのは地図だ。火炎国内の都市の位置が記されている。
「ありがとうございます。国を見て回った後、返しにきます」
どうやらこの街は、プロスというらしい。
プロスから西へ40~50日程度の場所に、王都エクスラーヴァがある。
だが、真っ直ぐ王都へ行って王に会うよりは、少し寄り道してこの国を知った方が良いだろう。
プロスから南西に25日程度の場所に、それなりに大きそうな都市ボルクがある。そこに行ってみよう。
道中、歩いている人や馬車に乗っている人を見かけることがある。
だが、その誰もがやはり無気力に満ちている。
「恐らく都市間の物の運搬を強制されているんだろうね。ひたすら都市間を往復する以外のことをさせてもらえないんじゃないかな」
強制的に生産させた物品を、強制的に運ばせている訳か。せめて自由にやることを選ばせてもらえればここまで酷くもならないだろうに。
「効率の面から見ても悪以外の何物でもないですわ。無理矢理やらされる仕事なんて作業が遅くなるに決まっていますもの」
「恐らく休息も最低限だろう。どんどん疲労で効率が悪くなる上に、人を使い潰す恐れもある。上に立っているのが政治的に無能とは言えここまで酷いとはね」
既に革命軍に協力したい気持ちが大きくなってきている。今から引き返して全面協力を申し出たい気分だ。
だが、まだ駄目だ。現在の制度で豊かに暮らしている層の生活を見なければ。一面から見ただけでは、実態は見えてこない。
「国を捨てて逃げたら駄目なんスか? 火炎国に入る前に見た人は痩せ過ぎて逃げ切ることも出来なかったッスけど、この人たちはあそこまで酷い状態には見えないッス。逃げれば助かるかもしれないッスよね?」
そういう考え方もあるかもしれない。だが、前提が間違っている。
「俺たちは他国を見てきたからそう言えるんだ。この国で暮らしている人たちは他国の状態を知らない。そんな中で巨大なモンスターの領域を抜けて他国に行こうと考えるのは、それ以外なくなるくらいに追い詰められた人だけだ」
「仮に他国は豊かだと知っていたとしても、外国人に対してどういう反応をされるのか、という不安もあるし、なかなか難しいね。もしかしたら今より酷い無休での奴隷労働を強いられるかもしれないんだ」
「駄目ッスか……。難しいッスね……」
次の騎士審査会は3年後。流石にそれまで待ってはいられない。
そして仮に審査会がすぐにあったとしても、審査会で王を倒すことの難しさ。だから革命軍なんてものが組織されるんだろう。
彼らはどうやって王を倒し、どうやって新たな王を立てるつもりなのか、それはわからないが。
都市ボルクを目指して歩みを進める。
プロス出発から27日後、ボルクが見えてきた。
石の壁で囲われた、一般的な都市だ。石造りの建物が並び、一見何の問題もないキレイな都市に見える。
「見た目は普通の都市だな」
「騎士かその庇護下にある人間が暮らしているならそんなもんなんじゃないかな」
騎士になると、階級に応じて庇護証を発行出来るらしい。
階級に応じた数と大きさの石がついたネックレスを持っていると、その階級の騎士の庇護下にあることを証明出来る。
階級が下でも、騎士の関係者は好き勝手にしてはいけないらしい。これも階級に応じて権利を守る法があるのだとか。
逆に言えば、騎士の関係者でなければ好きにして良いってこと。ふざけた法だ。
俺たちは、三等騎士であるディレスさんの庇護証をもらっている。これである程度自由に行動出来るはずだ。
本当はディレスさんに繋がる可能性がある証を持って王の前には行きたくないんだがな。一応この証から個人の特定は出来ないらしいが、三等騎士であることから余計な疑いを持たれるかもしれないし、この証は誰からもらったものかを尋ねられたら誤魔化すのが難しい。
しかし、こうして何らかの形で身を守る物がないと、まともに活動出来ない可能性がある。仕方がないことだ。
「大地国の騎士たちもこの国に来たはずだが、どうやって王に会ったんだろうな」
「さあね。もしかしたら偶然アクシデントなくたどり着けたのかもしれないし、大地国の騎士であることを明かしたら相応の扱いをしてくれたのかもしれない。もしくはウチらと同じように騎士の庇護証を手に入れたかもしれない。まあどうにかしたんだろう」
この国の王に手紙を渡さずに清風国に行ったとは考えがたい。確かに、何とかなったんだろうな。
門を通り、都市に入る。
庇護証を首にかけた人々が通りを行きかう。皆何の問題もなく暮らしているようだ。
そして、
「このグズが! さっさと運べ!」
「ひぃっ!? す、すいません、すぐに!」
何の証も持たない平民を足蹴にしている五等騎士の庇護証を持った人。それを気にも留めない通行人たち。
こんな光景はどこでも見られる。それが当たり前。何もおかしいことだとは思っていないんだ。
「この場で助けられないのが嫌になる」
「仕方がないですわよ……。ここで助けに入れば法で保障された権利を侵害したことになってしまいます。そうでなくとも、平民たちを全員助けていたら一生この街を出られなくなってしまいますわ」
「わかってる。今はこの街を見て回ろう」
先王が戦闘能力だけを重視する法を制定してから40年。たった40年だ。以前の時代に生きていた人だってまだ大勢残っているはず。
それなのに、こんな惨状になってしまうのか……。
「どうする? ユーリ君」
「どうする、とは?」
「今の制度で幸せに暮らしている人だって間違いなくいる。もし革命軍が王を討ち、この国の法が正されたとして、それによって不幸になる人もいるかもしれないよ」
そういうことか。確かに、それもあり得る。いや、間違いなくそうなるだろう。大きく国が変わるとき、誰もが不幸にならず、誰もが幸せになんて無理な話だ。
それでも、正すべきだと思う。この国の法は、はっきり間違っていると言うことが出来る。
「現状を変えて不幸になるような人は、誰かを不幸にしていた人だ。そんな人より、理不尽に不幸を強いられる人々を助けたいと思う」
「うん、迷いはないんだね。なら良い。事が始まってから悩む余裕なんてないからね」
「そうだな……」
これも、俺1人で決めることじゃないだろう。迷いがあるのなら、事を始めるべきでないのは皆一緒だ。
「お前らは良いのか? 紛れもなく、国に喧嘩を売ることになるぞ?」
「いつか幸せになれる。そうッスよね?」
「私は両親が誇れる娘になるのです。ここで見捨てることなど出来ませんわ」
「ウチは君たちを助けるだけさ。ま、やることは見えているんだ。どうとでもなるよ」
全員迷いはないようだ。やることは決まった。とはいえ、ここで急に始められるものでもない。革命軍に合流しないといけないし、王に会う必要もある。
一先ずはこの街で休んで、王都を目指すとしよう。




