第120話 盗人少女の願い
三等騎士の庇護証のお陰で、何の問題もなく宿を取り休むことが出来た。
翌日。いつまでもこの街にいても仕方がない。王都を目指して出発しよう。
そう思い、街の門を目指して歩いている途中、
「おっと」
「す、すいません……」
周囲を見回しながら歩いていたせいで、前から歩いてきた10歳くらいの橙髪の女の子にぶつかってしまった。
そのせいで女の子がしりもちをついている。しまったな。
「ゴメンな。怪我はないか?」
手を差し伸べて、声をかける。
「い、いえ! そんな!? だ、大丈夫です! 申し訳ありません!」
大慌てで立ち上がる女の子。どうやら証を持たない子のようだ。騎士の関係者にぶつかってしまったら、こういう反応になってしまうんだろう。
……本当は見逃してあげたいんだが、流石にそれを盗られるのは困る。
「それ、返してくれるか?」
「っ!?」
ぶつかった瞬間に俺の首からネックレスをはずす技量は大したものだ。本当に一瞬のことで危うく見逃すところだった。
騎士の関係者にぶつかったら、この国では何をされるかわかったものじゃない。それでも庇護証が欲しかったのだろう。
「え? あら、今の一瞬で証を盗んでいたんですの? 凄い早業ですわね」
「もし兄さんが気づかなかったら言おうと思ってたッス。あたしの目の前で盗みは出来ないッスよ」
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません!! どうか、どうかお許しを!!」
地面に頭をつける勢いで謝罪する女の子。許しても良いが、聞いておきたいことがある。
「なぜ証を盗もうとした?」
証を盗んだところで、その持ち主である俺が気づいて都市中に指名手配されれば、間違いなくただでは済まない。
そんなことはわかっているはず。それでも盗もうとした理由があるはずだ。
「申し訳ありません!」
「謝らなくて良い。理由を話してくれないか? 出来るだけ助けになる」
「助けて……くれるんですか……?」
「助けられるならな。後は犯罪にならないことなら、かな」
「あ、あの……」
ん? 周囲をキョロキョロ見回して、どうしたんだ?
「もしかして、あまり人には聞かれたくないことかい?」
ライラの問いかけにうなずいている。そういうことか。この辺りには証を持った人が多く歩いている。さっきのこの子の謝罪でこちらを見ている人もいるし、場所を変えた方が良いか。
移動して、少し奥まった路地に入る。周囲に人もいないし、ここなら大丈夫かな。
「聞かせてもらっても良いか?」
「は、はい……」
六等騎士が、善意で身寄りのない子供を集めている施設がある。
20人もの子供が集まっているその施設は、六等騎士1人では全員に庇護証を発行することが出来ない。六等騎士に許されているのは、たった5人分だ。
そして、金も足りない。そんなにたくさんの人間を養えるほど、六等騎士は裕福じゃない。
そんな状況で、その騎士が病気になってしまった。
ただでさえ苦しい生活が、もはや生きていけるかどうかというところまできてしまった。
薬が必要だ。だが、そんな金はない。ならばどうするか。
騎士の特権を利用するしかない。
店を管理しているのも、騎士かその庇護下にある人間だ。その管理人よりも上位の証を持っていれば、ツケが出来るようになる。その場では支払いを待ってもらって、後から払う、ということが可能だ。
これは別に法で定められている訳ではなく、店に対してそれくらい強く出ることが出来るということだ。
目的の薬を売っている店を管理しているのは四等騎士の庇護下にある人間。だから、今すぐに薬を手に入れるには、それより上位の騎士の証が必要だった。
「なるほどな……君は六等騎士の庇護証を持っていないのか?」
ディレスさんの他にもまともな騎士がいるようだ。薬を買うだけでその人が助けられるなら、多少の金を払うくらいはしても良いだろう。
「もし捕まったときにばれないようにしないとと思って、置いてきたんです」
頭が良い子だな。六等騎士の庇護証を持っていたら、そこから芋づる式に施設の全員が連帯責任になるかもしれない。少なくとも、その六等騎士は責任を取らされるだろう。それを避けようとしたんだな。
「ユーリ君。助けたいと思っているだろうけれど、この子の話が本当かもわからない。ただ証があれば楽な生活が出来ると思って言っているだけかもしれない」
「この場で嘘がつけるなら大したもんだが……そうだな。一度その施設を見せてもらってからの方が良いか」
「え……あの……」
急に家に連れて行けと言っても警戒されるかな。どうしようか……。
「これをあげるッス。もっとたくさんあるッスよ」
そう言ってエイミーが取り出したのは、パンと水だ。わかりやすく物で釣る作戦か。
「良いんですか?」
「遠慮せず食べるッス」
「で、でも……」
受け取るのを躊躇う女の子。恐らく仲間たちに黙って自分だけが食べることに罪悪感があるんだろう。
「言ったはずッス。もっとたくさんあるって。仲間たちのところに案内して欲しいッス。皆で食べたらもっと美味しいッスよ」
「……わかりました。案内します」
まるで子供を誘拐しようとしているようだ……。だが、これで施設の実態を見ることが出来る。その騎士にも会ってみたいし、ついていってみよう。
「ここです」
まるで人から隠れるかのように、路地の奥の奥にその施設はあった。
建物自体は結構大きい立派なものだ。特にボロボロだったりもしないし、これなら大勢が住むことも出来るだろう。
正面の大きい扉を開いて、中に入っていく。
中は長椅子が並べられた広い部屋になっていた。これは、教会か?
その部屋には3人ほどの子供たち。5、6歳といったところか。
「あ、ハル姉ちゃん! おかえり!」
「姉ちゃん、その人たちだれ?」
「ただいま。皆を食堂に集めておいてくれる? わたしはミューテさんのとこ行くから」
「わかったー」
建物の奥に駆けて行く子供たちを見送りながら、子供たちと同じように奥に入っていく。
大きい建物なだけあって、それなりの数の部屋があるようだ。その一室に案内される。
寝室のようだ。ベッドに誰かが寝ている。恐らくは六等騎士、ミューテさんだろう。
「ミューテさん、ただいま」
「おかえり、ハル。お客さん? 出来れば男性がこの部屋に入るのは遠慮して欲しいんだけど……」
ベッドの上で起き上がり、こちらに顔を向けたのは、橙髪の30代半ばほどの女性だ。いや、顔色が悪いせいでやや老けて見えるが、もう少し若いか。とても戦えるようには見えない儚げな美人だ。
確かに見知らぬ男にベッドで寝ている姿を見られたくはないだろう。配慮が足りなかったか。
「俺は部屋の外で待ってる。クラリス、一応回復魔法で治せないかだけ試しておいてくれ」
「ええ、わかっていますわ。ちゃんと必要な薬も確認しておきますわね」
「頼む」
女性陣を部屋に残し、外に出る。さて、どうするかな。
「あの……」
「ん?」
ハルと呼ばれていた子だ。俺と一緒に部屋から出てきていたのか。
「お願いしたいことが……あるんです……」
「お願いしたいこと?」
「実は……三等騎士の証が欲しかったのは、薬のためだけじゃないんです」
薬のためだけじゃない? もっと上位の証を使って裕福な暮らしがしたいとかそういう話だろうか。
「薬屋は四等騎士の関係者が経営してると言いましたけど……店の人が主人の騎士に言われたそうなんです。ミューテに薬を売るなら、対価にミューテの身柄を要求しろって」
「なんだって……!?」
それは明確に六等騎士であるミューテさんの権利を侵害する行為だ。この国でも犯罪になるはずだが……。
「その薬屋を犯罪者として訴えれば良いんじゃないか?」
「駄目なんです……。この施設、子供がいっぱいいるじゃないですか。本当は庇護証を持ってない子は働かなきゃいけないのに、ミューテさんが隠してるんです。騎士が関わっているので見て見ぬふりをしてくれる人が多いんですけど……訴えたりしたらわたしたちの居場所もなくなっちゃうんです……」
そうか。ミューテさんに関することに限り犯罪として訴えられないことを、その四等騎士はわかっていて、ミューテさんを好きにしようとしているってことか。
だからこの子はより上位の証が欲しかったんだ。ミューテさんを守りたくて。
「お願いします。ミューテさんを助けてください。その証があれば四等騎士を抑えられる。お願いします、わたしたちにとって、ミューテさんは大切な人なんです……!」
俺がただの三等騎士の庇護下にあるだけのバーン国民だったら、迷わず助けていただろう。
だが、この証を使って目立つことをすれば、ディレスさんに迷惑がかかる恐れがある。それは、この国を変える可能性を潰しかねない行為。
どうする……。




