第116話 国境へ向けて
48日後、グリントに到着した。
「グリントは温泉街だよ。わざわざこんな国の端まで旅行に来る人が結構いるほど、人気の街なんだ」
湯気が立ち上る街を眺めながら、俺の背でライラが解説してくれる。体力が回復しても降りてくれないので、あれからずっと運んでいる。人の上でファイルを読んだり、何かメモしたりと忙しそうにしていた。
この街は木造の建物が並んでいるな。何というか、別の国に来たような気分になる街並だ。
街の中に入り、泊まる宿を探す。
「温泉かー。思い出すッスね、兄さん。一緒に入ったことを」
「え、温泉に一緒に入ったんですの……?」
そんなこともあったな。温泉が気持ちよすぎてあまり覚えていないが。
「つまり、ウチとも一緒に入ってくれるということで良いのかな?」
「何がつまりなんだよ。入る訳ないだろ」
「ええー、不公平じゃない? エイミーちゃんとは入ったのにウチとは入れないって言うの?」
「あれはエイミーが人前で騒ぐから……」
「じゃあウチも騒ぐよ。お兄ちゃんと一緒に温泉に入りたいーー!!」
「止めんか!?」
周囲の人に微笑ましげに見られている。だが、ライラは有名人だ。正体に気づかれると面倒なことになるかもしれない。
「ふふ、さあ止めて欲しければ約束するんだ。一緒に……」
「止めなさい」
「あたっ」
クラリスがライラの頭を軽く叩いて止めてくれた。助かった……。
「えー、何で止めるかな。ここでウチがユーリ君と一緒に温泉に入るという前例を作れば、クラリスちゃんだって一緒に入れるかもしれないよ?」
「そんな無理矢理一緒に入ってどうなるというんですの……」
「ほう、ユーリ君に一緒に入ってくださいと言わせようと……? 凄い気合だ。それならここは退いておくよ」
「誰もそんなこと言ってませんわよ!」
話している間に宿を見つけた。木造の立派な建物だ。さっさと部屋を取って休むとしよう。
「ようこそ。ご宿泊ですか? ご入浴ですか?」
「宿泊です」
「ありがとうございます。4人部屋でよろしかったでしょうか?」
「いや……」
「大丈夫だよ」
「ちょっ!?」
「こちら、お部屋の鍵です。お部屋の扉は自動で鍵が閉まりますので、お出かけの際は鍵をお忘れにならないよう、お気をつけください」
4人部屋の鍵を受け取ってしまった。
「さあ部屋に行こう。温泉に入ってのんびりしようじゃないか」
俺の上から降りたライラに手を引かれ、促されるままに部屋へと向かう。
「あなた……ぐいぐい行きますわね……」
「良いじゃないッスか。あたしたちも行くッスよ」
各々温泉でくつろいで、部屋に戻ってきた。もちろん俺は男湯に1人で入った。
「温泉って初めて入ったけど、良い物だねぇ」
「そうだな。前に入ったときは寒い地域だったから、それで気持ち良いのかと思ったが、ここでも良い物であることに変わりはなかったな」
気持ち良さそうにベッドでゴロゴロしているライラ。そのまま寝てしまいそうだな。
「クラリスの胸が浮いてたッス。大きいのはやっぱり凄いッスね」
「そんな報告はしなくて良いですわ」
テレビを見ているクラリスと、窓際で涼んでいるエイミーの怪しい会話から意識を逸らしつつ、明日以降の予定を考える。
この先の火山についてのメモを見直す。雪山と違って火山は迂回することが出来る。かなり大回りすることにはなるが、わざわざ山を登って危険を冒す必要はないか
火山という環境が危険なのもあるが、それ以上に登山は避けた方が良い理由がある。
この火山、火口付近はドラゴンの住処になっていて、近づく者には容赦なく襲い掛かってくるらしい。
山を登って真っ直ぐ行くなら20~25日といったところ。迂回するなら大体倍程度かかるとみて良い。急ぐ理由があれば、火山を突っ切ったかもしれないな。
火炎国が無事かどうか気になるところではあるが、わざわざ危険を冒して火山を行く理由にはならないだろう。
「火山は迂回しようと思うけど、それで良いか?」
「それが良いだろうね。わざわざドラゴンに喧嘩を売ることはないさ」
「どんな生き物なのか気になるところではありますけどね。命を懸けるほどではないですわ」
「兄さんの思うように行って大丈夫ッス」
賛成も得られたので、時間をかけて火炎国を目指そう。
翌日、グリントを出発する。と同時にライラが俺の背にしがみついてくる。
慣れてしまった手つきで持ち上げ、歩き出す。
「ライラさんも少しは歩かないといつまで経っても体力がつかないのでは?」
「いやー、一度体験したら病み付きだね。クラリスちゃんも一度ユーリ君に運んでもらうと良いよ」
「え……。遠慮しておきますわ……。重いと言われたらしばらく立ち直れませんし……」
「間違いなくライラよりは重いッスね」
それは確かに間違いないだろうな。思っても口に出したりはしないが。
実際クラリスをずっと運んで旅をするのは辛いかもしれない。ライラは体感20kgってところだ。これくらいならそんなに負担にはならない。
「さあ行こう!」
「何で1人だけ歩いてない奴が仕切ってるんだ……」
火山を迂回するべく、北西に向けて歩き出す。
「暑いッス……」
出発から5日。山の麓を歩いている。火山から溶岩が流れ出しているという訳でもないのに、なかなか気温が高い。
本当はヴィラで高い気温に適応すれば良いんだろうな。だが、それをするとライラだけが暑い思いをすることになる。ライラは悪性魔力への適応を解除出来ないからな。
「こんなことならグリントで暑さを防ぐための装備を整えるべきでしたわね……」
「暑さを防ぐ装備か。そういえば……」
大地国の王都を出発する際、陛下からの褒美の金で色々便利な道具を買った。その中に涼しくなるマントがあったはず。フィーから取り出す。
「これだ。涼しくなるマントだ。2人分しかないが……。ライラ、これで暑さは大丈夫か?」
「おお、良いね。山に登るならともかく、この辺りの気温ならこのマントで充分だよ」
白衣の上から紺色のマントを被せた異様な格好になってしまったが、問題ないなら良かった。
「じゃあ俺らはヴィラで適応するか」
ヴィラを抜き、能力を使う。そして、クラリスにヴィラを渡す。
「これで大丈夫ですわね」
「クラリス、早く貸して欲しいッス」
「ふふ、ウチに合わせてくれたんだね。ありがとう」
ライラを持ち直し、また歩き始める。
出発から20日、北西に進んでいた進路も少しずつ西向きになり始めている。その内南西に向かって進むことになるだろう。
だんだん国境が近づいてきている。いよいよ火炎国バーンだ。最後の国、どんなところか楽しみだな。
そんなことを考えながら歩を進めていると、
「兄さん! 人が襲われてるッス!」
「なに!?」
リィンを抜き状況を把握。進行方向にモンスターが集まっているのを感知。
駆け出す。
「任せて!」
俺の上でライラが銃を構える。そして連射、集まるハリネズミを正確に撃ち抜いた。それでモンスターは全滅。もう敵はいない。
だが、ハリネズミが集まっていた場所から人の気配を感じられない。
「間に合わなかったか……。もう死んでしまっている……」
モンスターの死体をどかすと、橙色の髪の男性が出てきた。その顔は恐怖に染まっている。亡骸の目を閉じる。
「ずいぶんと、その……痩せた方……ですわね?」
言葉を濁しているが、この人が飢えていたのは間違いない。こんな状態でモンスターの領域を突破しようなんて無茶に決まっている。
つまり、それは……
「逃げ出してきた、と考えるのが自然だろうね」
そう、何らかの要因で国から、火炎国バーンから逃げ出す必要があった。それしか考えられない。
これが、俺たちが初めて触れた火炎国バーン、最悪の国
その国を巡る戦いの、始まり
これにて第3章 清風国ウィンド 完結です。明日から第4章に入っていきます。




