第98話 英雄という存在
魔法技術局に入る。入ってすぐはエントランス、白を基調とした清潔感があるフロアに受付カウンターがある。
「こっちだよ」
そのフロアの端にある昇降機のスイッチを押す。40階まであるこの建物は、恐らく世界で唯一昇降機なんてものが必要になる建造物だろうね。
下りてきた昇降機の扉が開く。興味深げに中を覗き込む彼らを促して乗り込んだ。
「ウチの研究室は35階。35階は第三開発室のフロアってことになってる」
「1フロア全てが第三開発室ってことか。やっぱり大きいんだな」
「いや、小さいよ。1フロアしかもらえてない開発室なんて第三だけだからね。開発室は十まであるけど、どこも数フロア使ってる」
「第三は小規模な開発が主なんですの?」
「まあ間違ってはないかな。そもそも第三開発室っていうのは、ウチしかいない個人の部署だからね」
35階で扉が開いた昇降機から降りる。いくつか部屋はあるが、その全てが無人だ。
その中の一室に入る。ウチがメインで使ってる研究室だ。
「どうぞ、好きにくつろいでくれ」
コンピュータが置かれたデスクの前の椅子に座る。
そして彼らの方に向き直り言った。
「ようこそ、ウチの研究室へ」
立ち尽くす彼らは苦笑して
「お邪魔します」
そんなことを言ってきた。素直だねぇ。こんな強引に連れてこられたのに、お邪魔しますなんて。
ウチが同じことを言われたら、「そちらが連れてきたと記憶しているがね」とか「こんな足の踏み場もない部屋でくつろげと言われてもね」なんて、皮肉の一つでも言い放つところだ。
「なぜここまで連れてきたのか、真意を聞かせて欲しいんだが」
「言っただろう? もっと話がしたい、それだけだよ」
「わざわざ機密情報が山のようにあるだろう研究室まで連れてきて、話がしたい、だなんて、にわかには信じられませんわね」
「ほら、噂の英雄君に興味があるんだよ。いくつか質問しても良いかい?」
「まあ、構わないけど……」
ふふ、興味があると言ったら女の子たちが露骨に警戒し始めた。
英雄色を好むとは言うけれど、エイミーちゃんは妹だと言っていたのは嘘なのかな?
「やっぱり英雄君のハーレムパーティなんだねぇ。英雄と言えばそうなるよね」
「え、いや、そういう訳じゃ……」
「そうッス! だから新参が入り込む隙間はないッスよ!」
「ちょ、エイミー!?」
女の子たちがユーリ君を好きなのは確定。ユーリ君も満更でもなさそうなのはわかる。
「エイミーちゃんは妹だって話じゃなかったかな?」
「本当の妹じゃないから大丈夫ッス!」
ああ、なるほど。英雄君が持ち前の正義感で助けて妹として行動を共にしているのか。
やっぱり正義感の塊なのかな。このままだと本質はわからないかな? ちょっと突いてみようか。
「まあでも、エイミーちゃんと一緒に旅をしているのに、新しい女の子をパーティに加えるってことは、ユーリ君は君のことをそんなに想ってないってことだよね」
エイミーちゃんは大地国、クラリスちゃんは流水国の出身だろう。そしてこの国に魔王軍の情報を伝えに来たのは大地国の騎士。
つまり英雄君も大地国の出身ってことだ。大地国でエイミーちゃんを助けて一緒に旅をして、その途中でクラリスちゃんが合流したって流れのはず。
「え……」
そんな訳ないと思いつつも、ショックを隠しきれない様子。あー、こんなにショックを受けちゃうのか。ちょっと悪いことしたかな……。
「そんな訳ない! エイミー、真に受けるな! 大丈夫だ、俺はお前を大切に想ってる!」
「そ、そうッスよね。大丈夫、わかってるッスよ、わかってる」
こちらに怒りの目を向けつつ、エイミーちゃんのフォローをするユーリ君。
「あなた……何がしたいんですの……?」
おや、クラリスちゃんも怒るのか。ただの恋敵って訳でもないんだね。
「まあ、何がしたいのかと言えば、君たちがどんな思考をするのかを知りたいということなんだが」
「思考を知りたい……? そんなことのためにエイミーを傷つけたのか?」
ありゃ、本気で怒らせてしまったかな。でも、この状態で言ってこそ、彼の正義感がどれほどなのかわかるってものだよね。
「まあね。もし君たちが本当に英雄だと言うのなら、もしかしたらウチのことも助けてくれるんじゃないかって、そんなことを考えたんだ」
「…………助けて欲しいのか?」
へぇ、怒っているだろうに、ウチの話を聞こうとしてくれるんだ。やっぱりこれが英雄ってものなのかな。
「ユーリさん。こんな人、助けようとすることないですわ。なんでこちらを煽ってくるような人を助けなければなりませんの?」
完全な正論。ウチのような、初対面の上に友好的ですらないような人物、助ける義理なんてある訳がない。
でも、それくらいでなければ巻き込めない。まともな人間をウチの問題で巻き込みたくはない。
「俺は……守るべき人は必ず守る。たとえ嫌な奴でも、悪人でないなら、助けたいと思う」
ああ、この子は英雄なんだろう。その上でとても常識的な思考をしている。
とても好感が持てる。正義と聞けばどんなことでもやろうとする異常者や、頭のネジが飛んだ狂人よりよほど素晴らしい人間だと思う。
「話してくれ。君を助けるべきかどうかは、その後で考える」
だから、駄目だ。この子はウチを助けられない。
この子では、国相手に喧嘩は出来ない。
「いやー、冗談冗談! そんな真剣な顔しないでよ! ゴメンね、さっき言ったようにちょっと思考が見たかっただけなんだ。エイミーちゃんも、この通り! 謝るから許してよ」
「あ……いや……別に良いッスけど……」
「…………話してくれ」
「え? いや、だから冗談なんだって」
「話してくれ」
「もう、頭が固いなぁ。だから英雄なんて呼ばれるのかな。その正義感は素晴らしいと思うけれど、ウチは」
「絶対助ける!! だから、話せ!!!」
「っっ!!!」
……何で、ばれたんだろう。ウチは表情を偽るのは得意なはずなんだけれど。
「……困っていたら誰でも助けるのかい? ウチは今日出会ったばかりの何の義理もない他人なんだよ?」
「本当はそうありたいとは思ってる。でも無理なことくらいわかってるさ。俺の手はそんなに大きくない。全てを助けようなんて不可能だ」
「そうだろう? ウチは冗談だって言ったんだ。助けなくて良いって。本心はどうあれ、助けを拒む者まで助けようなんて、君の大きくない手では難しいんじゃないかな」
「俺は、守るべき人は守りたいし、助けるべき人は助けたい。もっと困っている人はいくらでもいるんだろう。今まさに死んでしまいそうで、今すぐ助けて欲しい人がいくらでもいるんだろう。本当は、そういう人のために奔走するべきなんだろうな」
「そうさ。こんなところで、助けを拒む奴に時間を使うことは」
「でもさ、俺は誓ったんだ。自分の誓いに背かないって。立派に生きるって」
「大丈夫。ウチを助けなかったとしても、君はとても立派な人だ。気にせず、先へ」
「目の前で泣きながら助けを求める声を無視するような奴が!! 立派な訳ないだろうが!!!」
「っ!!」
泣いている? 助けを求めている? ウチが? そんな訳が……
「俺はさ。あまり人付き合いとかしてこなかったから、人の表情を読むとか、自分の表情を隠すとか、そういうのは苦手だ」
「な、何の話かな?」
「だから、表情の話だよ。俺は人の表情を読むのは苦手だ。そんな俺でもわかるほど、君は助けてくれって叫んでる」
「い、いやいや。ウチは表情を隠すのは得意なんだ。そんな訳……」
「……はぁ。仕方ありませんわね。そんな、飢え死にしそうな時に食べ物を取り上げられたような絶望の目をされては、見捨てられませんわ」
絶望の目……? ウチがそんな目をしているって言うのか……?
「あ……」
涙……。なぜ、ウチは泣いているんだろう。
「そっか。ウチは泣いてたか……。本当に久しぶりだ。前に泣いたのは……いつだっけ。多分100年は泣いてないと思うけれど」
「100年!? って、今一体何歳ッスか!?」
「ははは、まあ見た目じゃわからないよね。ウチはこれでも150年くらい生きているんだよ」
具体的には……確か153歳だったかな?
「妖精って一体何歳まで生きるッスか?」
「は? 何で知って……」
ウチが妖精だなんて、わざわざ言いふらしたりはしていない。知っている人は知っているが、外国から来たこの子たちが知る機会があるとは思えないんだけど。
「気配でわかるッス」
「はぁ……。流石英雄様御一行。常識では計れないね。わかった、話そう。でも、ウチを助けようとなんてしなくて良い。それは、この国に喧嘩を売るに等しいから」
そう前置きして、話し始める。それは、ウチがこの都市で生まれた人工妖精だという事実と、それによってこの国がどんな恩恵を受けて来たか、という話だ。




