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下町異世界探偵  作者: 一宮真
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下町異世界探偵~エピローグ~

行方不明だった志乃を現世に連れ帰り、事件は解決した。

真琴とフィーが焼肉屋で打ち上げをしているその時、神崎は……。


 真琴とフィーが焼肉屋「山陽」で打ち上げをしている頃、神崎は「山陽」からそう遠くないバーを訪れていた。


 バー「chairs」は、アーケード街から外れた住宅街の静かな裏道にひっそりと店を構えている。

 ほとんど目立たない看板、けばけばしいネオンサインの類なども一切なく、分厚く大きな木の扉に目を留めることがなければ、ここがバーだと気付く者は少ないだろう。


 店はまだ口開けの時間で、神崎がドアを開けると客が一人だけ、カウンターの隅に座っていた。

「こんばんは」

 神崎が挨拶しながら店に入ると、まだ年若い、もの静かな店主が迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」

 すると先客は神崎に目礼した。

 神崎は男の隣に座った。


 仄暗い店内にはジョー・パスのギターソロが静かに流れている。

「おつかれさまです」

「おつかれさま、殿山さん」

 殿山は銅製のマグカップを手にしている。

「他のお二方は?」

「フィーと伊勢さんは焼肉屋だ」

「では、お食事はまだなのですか?」

「いや、富士そばで済ませてきたよ」

「それは失礼しました。せっかくの打ち上げでしたのに」

「あー、俺も焼肉食いたかったなー」

 神崎は少しあてつけがましく言った。

「申し訳ありません。なるべく早く情報を上げたいものですから」

 殿山は苦笑いしながら頭を下げる。

「それ、何飲んでんの?」

「モスコミュールです。このモスコミュールはちょっと面白いですよ」

「へえ。どのへんが面白いの?」

「スパイスが入っておりまして」殿山はここから声を潜めた。「あっちの人間でも酔っぱらえます」

「そりゃいい。ちょうどそんな気分なんだ」神崎は顔を上げて言った。「マスター」

 神崎が呼びかけると、店主が寄ってくる。

「この人と同じの、ください」

「スパイス入りで。かしこまりました」


 店主は早速準備にとりかかった。

 神崎はバーテンダーが飲み物を作る時の動きを眺めるのが好きだった。

 店主はカウンターの下からすり鉢を取り出した。

 それから様々な瓶からスパイスを出し、それらをバーナーで炙り始める。

 店内には、ほのかにスパイスの香りが漂ってきた。

 次にそのスパイスをすり鉢に入れると、すりこぎでゴリゴリと砕き、細かくし始めた。

 普通のモスコミュールとはまったく違う手順に、神崎は興味深く店主の動きを見つめている。

 次いで店主はおろし金でしょうがを擦りおろし始めた。


「手が込んでるね」と神崎は殿山に言った。

「面白いでしょ?」殿山はそう言って、汗をかいた銅のマグカップに口を付ける。

 店主は広げたふきんにスパイスとおろしたしょうがを載せると、ギュッと銅のマグカップに絞り入れた。

 そこへステアした(※かき混ぜた)ウオッカとライムジュースを注ぎ、氷を入れて再びステアする。


「どうぞ」

 コースターに乗せられて出てきたマグカップには、細長い皿が添えられていた。皿にはスパイスの原形がこれまた炙って乗せられている。

「こちら、お客様左側からコリアンダー、カルダモン、シナモン、クローブ、ブラックペッパーです」

 神崎は冷えたマグカップの取っ手を持ち上げ、香りを嗅いだ。

「これは……」

「ね、あっちの酒みたいでしょ?」殿山がニヤリと笑って言う。「で、どうでした? あっちは」

「俺以外に、恒久的なゲートを開いて使ってるやつがいる」

「噂には聞いてましたが、やはり……」殿山は渋い表情でマグカップをあおった。

「どういうつもりだろうか」

「この一万年、自閉世界の秩序は変わっていません。平和な一万年に飽きた方がいらっしゃるのでしょう」

「では兄上たちの誰かが」

「恒久的なゲートを構築できる、それだけの魔力を持つのは魔族以外にありえません。

 しかもそれを密かに運用できるとなると……、やはりそう考えざるを得ませんな」

「何を考えているんだろうか」

「自閉世界の序列は大魔王、魔王、そして第一皇子から第八皇子と決まっています。その均衡を崩すためか……、いずれにせよこっちの世界に強い興味を抱いているのでしょう。

 それは誰か、そして何のために。それを探るのがまず肝要ですぞ、()()

 面倒なことになってきた、神崎はそう考えながら急速に酩酊していくのを感じていた。

 

                       下町異世界探偵 第一部(終)

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

これで「下町異世界探偵」第一部はおしまいです。

まだまだ謎を残しての終了ですが、自閉世界と現世をめぐる物語は、もっと壮大な構想もあったりするので(書いているうちにだんだんと構想が膨らんでくるのが作者の悪い癖です)、いずれまた第二部へと書き継いでいきたいと思っております。

半年にわたる連載でしたが、最後までお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました。

特に、毎回詳細な感想を送って下さったトーチ様、ブログに度々激励をくださった怒りくま様には、改めて厚く御礼申し上げます。

小説を書き始め、これで長編を二本完成させることが出来ました。

始めた時は、自分がここまでやれるとは思ってもみなかったのですが、これはひとえに感想をくださった方々、評点をくださった方々、読んで下さった方々のおかげです。

本当にありがとうございました。

この後ですが、またしばらくマンガ原作、企画出しをやろうと思っております。


連載は終了しましたが、引き続き感想、評点、ブックマーク、メッセージなど頂ければ幸いです。

お仕事の依頼など、あれば最高なのですが(笑)。

ところで、先に終了しました「トッケイ」も、連載終了後半年たちますが、いまだに読んで下さる方がいらっしゃいます。

こちらも引き続き、「イセタン」と並んでご贔屓に願います。


なお、エピローグに登場しましたバー「chairs」は、そのまま実在するお店で、物語に登場させるにあたってはは、オーナーの許可を頂きました。

「隠れ家的」という表現がぴったりのお店ですが、敷居は高くなくお値段も大変リーズナブル。

本編で登場したスパイシー・モスコミュールなど変わったものもたまにありますが、スタンダードカクテルの美味しさにはちょっと唸ってしまいますね。

また、シングルモルト、ラム(「トッケイ」に登場したラム酒「クラーケン」も、ここで飲ませていただきました。)なども面白い品が揃っていて、洋酒好きなら一度は訪れる価値のあるお店だと思います。


それではまたいつか、お会いしましょう。


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