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下町異世界探偵  作者: 一宮真
33/34

下町異世界探偵(33)~空に向かって~

火竜の止めを刺した志乃は、アラガンにより勇者に叙せられ、自閉世界を後にする。

 馬車は真っ暗な時の回廊をゆく。

 フィーが志乃に話しかける。

「それにしても、どうしてあそこまでセーラー服にこだわったのかにゃ?」

「んー、いろいろあるんだよね。まず、こっちの剣士の装束は重いし動きにくい」

「あら、そうでもないわよ」と真琴。

 真琴は前回とほぼ変わらない、革製の鎧だったが、両肩に鋼の肩当てが加わってた。

「真琴ちゃん、こっちでは志乃ちゃんの方が経験が長いのにゃ。

 経験を積めば積むほど、武器や防具はどんどん良い物に変わっていくんだにゃ。

 志乃ちゃんの装束はもっとこう、ゴージャス? 真琴ちゃんみたいにビンボーくさくなかったはずにゃ」

「ビンボーくさい……」真琴は軽いショックを受ける。

「いやー、ゴージャスってわけじゃないけどゴツいっていうか、装甲が関節に食い込んで痛いんだよね。体が自由に動かせない感じ」

「でも、どうしてセーラー服だったのかにゃ?」

「一番着慣れてるしさ。

 あと、悔しさとか、悲しさとか、忘れたくないことがいっぱいあったっていうか……。

 ジジイには過去にとらわれるな、って言われたんだけどさ。忘れたら母さんのことも友達のことも忘れてしまうんじゃないかと思って……」


 神崎が口を挟む。

「転移者には、こっちに来れば何もかも忘れてリセットできると思い込んでいる者も多い」

「志乃ちゃんもそのつもりで家出してきたんだにゃ?」

「うん。

 母さんを傷つけてしまった。取り返しのつかないことをしてしまった。それが辛くて。

 もうこの世界のどこにも自分の居場所はないんだ、そう思った」

「それでも志乃さんは帰る。

 言いにくいんだけど、向こうの状況は変わってないし、むしろ志乃さんにとって悪くなってる可能性もある。

 それでもいいのかな?」と神崎。

「ま、高校生活なんてたった三年ですにゃ。何しろあっちの人間も八十年とか生きるし、三年なんてあっという間だにゃ」

「『一瞬に感じる永遠』か……」

 志乃は遠い目をして呟いた。



 日曜日の朝、神崎は新小岩公園の芝生に座って、ぼんやりと少年野球(リトルリーグ)の試合を眺めていた。


 天気も良く、十月も終わりだというのに、朝から汗ばむような陽気だ。

 何かの大会らしく、子供たちはいつもより張り切って互いに声を掛け合っているが、それよりもベンチの後ろに陣取った親たちの方が興奮気味だ。


「よう、神崎さん」

 神崎が見上げると、広岡が立っていた。両手に缶ビールを一本ずつ持っている。

 広岡は神崎の隣に座った。

「事務所に寄ったらさ、ネコミミのねーちゃんが多分ここだって」

 そう言いながら広岡は神崎に缶ビールを手渡す。

 二人は缶ビールを開け、軽く缶をぶつけ合う。


「無事に戻って来たって、女房から連絡があった。ありがとよ」

「仕事ですからね」

「それと女房から、くれぐれもあんたによろしく言っといてくれってさ」

 神崎はビールに口を付けたまま微笑んだ。

「大変だったか?」

「いや。大変だったのは志乃さんでしょう」


 カキーン、と金属音が鳴り響き、白球がレフトにふらふらと上がる。

 レフトを守っているのは女の子で、フライを追う女の子の足取りもふらふらとしておぼつかない。

 女の子がフライをキャッチすると、ベンチから喝采が起こった。

「おっ!」

 広岡も缶ビールを傍らに置いて拍手した。


「志乃さんは頑張りましたよ。そして強くなった」

「そっか。父親なんていなくても、ちゃんと子供は育つんだな」

「そんなことはないでしょう。

 広岡さんが探して気付かなければ、志乃さんをこっちに連れ戻すことはできなかった」

「俺のせいで志乃はにひでえ目に遭ってんだ。せめてもの償いだよ」

 そう言って広岡は缶ビールを一口あおった。

「家族をほったらかしにしてさ、自分だけ好き勝手に生きてさ、申し訳ないって気持ちはあるんだよ」

 神崎は苦笑いを浮かべながら聞いている。

「俺の親父も極道でな。だけど俺は違う、若い頃はそう思ってた。

 だけど結婚してわかったんだ。

 結局野良犬の子供は、野良犬なんだよ。

 ずっと一ッ所にいるってのが耐えられねえんだな」


「その理屈で言えば、志乃さんも野良犬ってことになりませんかね?」

「そりゃあ、その……」

 広岡は言いよどむ。

「あ、あいつにはちゃんとした母親が付いてる」

「人間は生き方を選べないものでしょうか? そしてその生き方は途中で変えられないものでしょうか?」

 神崎の言葉は自問にも聞こえた。

 広岡は押し黙った。


 神崎は立ち上がると、ズボンに付いた芝を手で払い落して言った。

「広岡さん、ビールごちそうさま。それと請求書は……」

「あー、そりゃさっきネコミミから貰った。けっこう高いねぇ、びっくりしたぜ」

「ま、特殊な仕事ですから。何かあったらまた」


 その夜、真琴とフィーは仕事の打ち上げと称して焼肉屋に来ていた。

 焼肉屋「山陽」は「村木」にほど近く、真琴の歓迎会の店よりはるかに庶民的だった。

 家族連れや、若いサラリーマンが多く、店内の喧騒は先日の店どころではない。

 真琴とフィーは生ビール大ジョッキで乾杯し、早速タン塩を焼き始める。

 真琴がメニューを眺めながら、少し驚いたように言った。

「ここ、安いねー!」

「お肉問屋さんの直営なんだにゃ。こないだのお高い店より遠慮なくジャンジャン食べられるにゃ。ボクはどちらかといえばそっちの方が好き」

 —こないだ遠慮してたか~?

 真琴は内心フィーにツッコミながら、網の上のタン塩をつまみ上げ、小皿に入れたレモン汁に浸した。

「んで? 志乃ちゃんがどうしたにゃ?」

 フィーはタン塩を三枚ほど箸でさらって、モグモグと頬張りながら訊く。

「そうそう、志乃さん合気に興味があるって。来週から週イチでうちの道場に通うのよ」

 真琴は嬉しそうだ。


「ふむ。しかし、志乃ちゃんは四か月も学校に行ってないんだにゃ。こっちの学校は進みが早いから取り戻すのが大変なのでは?」

「うーん、なんかこう、志乃さんには長期的な目標があるみたい」

「それに志乃ちゃんの家は調布だにゃ。新小岩は遠いんじゃないかにゃあ」

「電車の中で勉強するから大丈夫だって」真琴はフィーが残りのタン塩をさらおうと箸を動かそうとした瞬間、一()早くさらうと、自分の小皿に入れて言った。「それにしても神崎さん、どうして今日は来ないのかな」

 —真琴ちゃん、できる……。

 箸が空振りし、何も取れなかったフィーは少しムッとするが、気を取り直してトングでカルビを網の上に並べ始める。

 他の客は自分たちの話に夢中で、このテーブルの焼き網の上で繰り広げられているスピーディで高度な攻防戦に、誰も気付かない。

「所長は何か仕事の用事があるみたいだにゃ。ま、今晩は二人で女子会といきますかにゃ」

「いいね!」

 と、いいつつ真琴は用心を怠らない。

 —いやいや、フィーは男の子でもあるし。初日のアレとか……気を許しちゃだめ!

 そう考えながら、真琴はちびちびとビールを飲み、焼き網の上でジュウジュウと音をたてるカルビとフィーの箸の動きに、油断なく、しかしそれとなく気を配っていた。



 校舎の屋上では、吉野と三木が金網に寄りかかってダベっていた。

 そこへ志乃がやってきた。

「よお!」

 志乃は笑顔で二人に声を掛ける。

 二人も笑顔で志乃に手を振った。

 志乃は二人に近づくと、手にしていた数冊のノートを三木に渡した。

「ありがとな。おかげで助かったよ」

「もういいのか?」と三木。

「うん。思ったより授業進んでなかったね」

「もう終わったのか?」

「うん。問題集も全部やったよ」

「へえ、北条って実は頭いいんだなあ」と三木が感心して言う。

「ふふふ、やるときゃやるのだよ。キミたちみたいにいつもボケーっとしてると、あっという間にジジイだぞ。永遠は一瞬だぞっ」

「なんだよそれ。だいたいそのボケーっとしてる奴にノート借りといてさ」

 三木は口を尖らせる。

「悪ィ悪ィ。あ、ミッキーのノート、すごく丁寧できれいなのな。びっくりした」

「バラバラマンガ、見た?」

「見た見た! 面白いな!」


「北条さんよ、ところで俺たち、全然ボケーっとなんかしてないぜ」吉野が口をはさむ。

「なになに、お前ら、なんかやってんのか?」

 志乃は興味津々だ。

 三木と吉野は顔を見合わせてニヤリと笑うと、吉野が茶封筒から紙の束を取り出し、志乃に手渡した。

「なにこれ、マンガじゃん!」

 三木と吉野はニヤニヤ笑っている。

「もしかして、お前らが描いたの?」

「ハハハ! そのとーり。三木が原作書いて、俺がマンガにしたの」

「すげーじゃん、上手いじゃん!」

 志乃はプリントアウトされた原稿に見入っている。


「でさ、こないだアポ取ってさ、集学館のジャンボαの編集の人に見てもらった」

「持ち込み!」

「そう、それ!」

「お前ら度胸あるな~」

「いやー、さすがに緊張したよ。受付のお姉さんに言ったら、電話で取り次いでくれてさ。

 なんか面談用のブースみたいなとこに案内されて……」と三木。

「で、どうだった?」

「それがさ、パラパラっと見たら腕組みして考えこんじゃって」

「ふんふん」

「この原稿を他誌(よそ)に持ち込んだか、って訊くから、いやここが初めてです、っていうとさ。

 もし他誌への持ち込み予定があるんだったら、しばらく待ってくれって」

「マジ? チョー好感触じゃん!」

「な? なんか俺たちイケんじゃね?」


「んーっ!」

 志乃はおもむろに立ち上がり、空に向かって大きく伸びをして言った。

「お前ら、ちゃんと前に進んでんだなー」

 陽光に眩しい白い夏服の志乃の、伸びやかな肢体を思わず見上げ、二人は目をそらす。

「そういう北条は四か月もどこにいたんだよ。少年院だなんて言ってる奴がいたぞ」

「そんなクソつまんないとこじゃない。もっと素敵なとこ」今度は志乃が二人を見下ろし、ニコリと笑って言った。

「異世界」

「ええーっ! トラックにはねられるとかそういうやつ?」

「それじゃ、戻って来れないじゃん」志乃は笑って答えた。

「ふざけんなよ~」二人も笑っている。


「わたし、京大いくわ」

「え? キョーダイって、京都大学?」と吉野。

「そ、京都大学」

「何かやりたいこと見つけたのか?」三木が訊ねる。

「うん。ねえ、両爬って知ってる?」

「リョーハ?」

「両生類とか爬虫類のこと。でさ、両爬の研究じゃ京大が日本のトップクラスなんだって。だから京大行く」

「北条って、そういう趣味があったのか……」吉野は意外そうだった。

「京大の理系かー、かなりハードル高いな」腕組みをして三木が唸った。「理数は当然だけど、英語もできないとな。だけど、北条なら行けるかも」


 志乃は眩しそうに目を細めて空を見上げてしみじみと言った。

「うーん、青空って素敵だな」

「あれ? こないだまで大嫌いって言ってなかったっけ?」

「そう? いやあ、青空も悪くない、悪くないっすよぉ!」

 そう言うと、志乃は額に手をかざし、ふたたび空を見上げた。


 次回「下町異世界探偵」~エピローグ~につづく


今回も読んでいただき、ありがとうございました。

真琴たちもようやく再び新小岩に帰ってくることができました。

さて、当初考えていたよりずいぶん長くなってしまったこの物語もいよいよエピローグを残すのみとなりました。

エピローグはかなり短くなる予定ですが、続編につながる重要なパートです。

どうか最後までお付き合いください。

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