大悪魔が聖女に語る悪魔と天使の関係
マレフィクスが提案したフランシーヌの王宮退去はあっさりと認められ、王都郊外にある別宮のひとつ「薔薇離宮」を与えられる。
フランシーヌは「聖女」という異名があるため、大金を積んだ貴族に売り渡すこともできない。
最終的には教会に押し込めるしかない。
その間は自由にさせてやる。
父王エティエンヌ・ファンドリアーノにとって王女はその程度。
もっとも、それはエティエンヌだけではなく、どの国の王も同じなのだが。
そして……。
その後は自分に任せろと言ったマレフィクスの言葉どおり、その屋敷の使用人となるべき者たちが次々とやってくる。
むろん、すべて悪魔。
つまり、「薔薇離宮」は悪魔の巣窟になったのだ。
だが、その言葉とは裏腹に皆まとも。
いや。
誠実が服を着たような者たち。
下手をすれば、王宮内で働く者たちを堅苦しい。
そして、その代わりとまでは言わないが、客としてやってくる天使たちのふるまいはまさに悪魔の所業だった。
その日の夜。
豪華な夕食。
むろん、すべて悪魔たちの手料理。
「マレフィクスさん」
意を決したようにフランシーヌが口を開く。
「マレフィクスさんたちは本当に悪魔なのですか?」
「というより、今日やってきた方々は本当に天使なのですか?」
「私には逆ではないのかと思えるのですが」
「言いたいことはわかる」
フランシーヌの言葉にマレフィクスは苦笑いし、その場にいた給仕役の下級悪魔たちは皆大きく頷く。
「だが、残念ながら、我々は悪魔。そして、奴らは天使。これは間違っていない。ただし、それは単純な呼び名。我々の中では悪魔とは地獄の番人のことであり、天使とはそれ以外の者を示す」
「つまり、悪魔も天使も神に仕える者であり、天使が善人の代弁者などではないということだ」
「ついでにいえば、天使どもはあのアンゲルスの薫陶よろしくろくでもない奴しかいない」
「だが、口ではいろいろ言ってはいるが、我々と敵対関係にあるわけではないし、それこそ相手が王族や教会関係者であっても悪事に加担することはない」
「我々も天使も正しき道に進む者だけを支援する」
「まあ、天使たちは我々よりもずっと俗世に染まっているので金を積まれれば動く奴は山ほどいるだろうが、その点についてはアンゲルスが動くことはない。奴が動かなければ心配ない」
「そんなに強いのですか?アンゲルスさんは」
「まあ、天使の中では一番だろうな。やっていることはロクでもないのだが」
「とにかくこれで、つまらぬ王位争いに巻き込まれなくて済むだろう」
「ですが、この前のように私の命を狙う者がいたら……」
「いや。絶対にないな。もちろんそれをおこなおうとする者はいるだろうが、我々悪魔はもちろん、ここがお気に入りの場所となれば天使たちも排除に動く。そうなれば、人間では手も足も出ない」
「つまり、ここは世界一番安全な場所となったわけだ」
そして、マレフィクスの言葉はすぐに現実のものとなる。
聖女フランシーヌが「薔薇の離宮」に居を移したという情報はすぐに広がる。
しかも、王宮からは護衛がやってきていない様子。
これは絶好のカモ。
そう考えた輩は山ほどいた。
むろんすぐに実行に移す。
だが、なぜか成功しない。
それどころか、それをおこなった者の姿は消える。
そして、この日も。
「ねえ。そこのおじさん三人組。こんなところで何をしているの?」
聖女を捕らえた後の算段をしながら「薔薇の離宮」を眺めていた三人組の背中から声がかかる。
振り返った三人の目に飛び込んできたのはその軽い言葉以上に軽そうな若者。
「消えろ。小僧」
男のひとりがその言葉とともにハエを追い払うように右手を動かす。
だが、若者はその様子を鼻で笑う。
そして、口を開く。
「どうせ『薔薇の離宮』を襲う気だろう。聖女を捕らえてどうする気だ」
図星。
だが、それとともにそれは言ってはいけないひとことでもあった。
三人の男たちは表情を変える。
そして、腰に差した剣に手をかける。
「見逃すつもりであったが、気が変わった」
「それもこれもおまえが余計なことを言ったからだ」
むろん、男たちは一瞬で仕留めるつもりであった。
だが、相手が悪かった。
「一応、始める前に名乗っておこう。僕はアンゲルス。大天使として天使たちを差配している者」
「まあ、これはこれから死ぬ君たちへの手向け。そして、最初で最後の顔合わせとなる」
「ついでに言っておけば、あの世に行った後に君たちの世話をするのは悪魔たち。そして、その悪魔の頂点にいるのがあの館にいるマレフィクス。さらにいえば、あの屋敷にいるメイドや執事はすべてマレフィクス直属のエリート悪魔。君たちがどう頑張っても王女に手を出すことは叶わぬ」
「何をわけわからぬことを言っているのだ。お前は」
「僕はこの世界の言葉で喋ったつもりだったのだがなぜわからない」
「わかった」
「つまり、君たちは言葉も理解できないくらいの馬鹿なのか」
「貴様。言うに事欠いて」
そう言って剣を振り上げた男は、その直後倒れる。
すでに絶命している。
「まずひとり」
「君たちは生かしておく必要は全く感じない。ここで死んでもらう」
アンゲルスと名乗った若者はそう言ったところで指を鳴らす。
「はい。終わり」
「さて、これだけの仕事をしたのだ。マレフィクスにご馳走になっても罰に当たるまい」
そう言って、若者は遠くに見える「薔薇の離宮」を見やった。




