聖女に「お仕置き悪魔」と呼ばれてしまう大悪魔
実をいえば、その後も知り合いの悪魔たちがからかい半分、いや、からかい八割で顔を見せた。
そして、どうにかこうにか全員を追い払い、慌ただしく食事が終了すると、マレフィクスはフランシーヌを見やる。
「会いたくない奴ら、いや、見たくない奴らを見てしまった。このまま終わっては気分が悪い。そこで、腹ごなしを兼ねてもう少しだけ遊んでいく……」
「何を?」
「決まっている。なんとか伯爵……」
「ナビエ伯爵様ですか」
「そう。そのナビエ伯爵。そいつのところへ行く」
「ですが……」
「私は伯爵の屋敷を知りません」
「心配ない。探索にも使える魔法を使う。目を瞑れ。フランシーヌ」
「コンクィーシー・コメスナビエ」
次の瞬間、ふたりはある屋敷の前にやってきていた。
「ここが伯爵の屋敷だな。むろん、魔法でこの中に入ることも可能だが、肝心の伯爵が何をしているかはわからない。この前のようなことになっては困る、私は男の裸を眺める趣味はないからな」
「ということで……」
「ウンブラ」
マレフィクスのその言葉とともに地面にはふたりとは別の影が現れる。
驚き、慄くフランシーヌに対し、マレフィクスは薄く笑う。
「これは影の姿をした使い魔。面倒な斥候はこいつに頼むのが一番」
「ウンブラ。屋敷にいる伯爵が何をしているか確認してこい」
「行け」
そして、少しだけ時間が過ぎたところで、マレフィクスは黒い笑みを浮かべる。
「歓談中だそうだ。しかも……」
「その相手は王子。ちょうどいい。ふたりから話を聞こうではないか」
「モゥエーレ」
そして、ふたりは、ナビエ伯爵と第三王子フェルナン・ファンドリアーノの密談現場に姿を現す。
むろん、フランシーヌはその状況に驚くものの、その数段上の驚きを見せたのは伯爵とフェルナンだった。
なにしろ、ふたりの話し合いの議題こそ、フランシーヌの暗殺に関わるものだったのだから。
「フランシーヌ……」
「貴様。何者だ」
ふたりの悪人は悪人らしいセリフを吐くと、それに応えようとしたフランシーヌを右手で制したマレフィクスが慇懃にそれに応える。
「お初にお目にかかる」
「私の名はマレフィクス。この世界の人間の表現に従えば、大悪魔となる。現在はこちらの王女の専属魔術師をやっております」
「お見知りおきを」
「悪魔だと」
「フランシーヌ。おまえ、どういうつもりだ。悪魔と手を結ぶなど」
「まあ、それは色々とあった結果であって、俺もフランシーヌも特別に臨んだというわけではない」
「では……」
「それよりも……」
「こちらとしても長居するつもりはないので、端的に尋ねる」
「どのような意図で刺客を送った?伯爵」
「それによってこちらの対応も変わるのだが、伯爵が自身の考えでおこなったのか?それとも、王子に頼まれたのか?」
「言え」
「知らん。誰か……」
ナビエはドアの外に立っているはずの執事を呼ぶが反応はない。
顔を顰めるナビエにマレフィクスがその理由を答える。
「聞こえない。というより、屋敷の者の意識からこの部屋のすべてが消されている。もちろん今だけだが」
「さて、まずは私の問いに答えてもらおうか?」
当然のようにナビエは答えない。
むろん、マレフィクスもそれは想定内である。
「答えたくないというのなら……」
指先に小さな火の玉を作り出す。
「これを飲み込ませる。そして、体の内側から焼き尽くす」
「ふん。そんなこと……」
「できるはずがないと思っているのだろう。では、軽く実演してやる」
そう言ったマレフィクスが指を鳴らした瞬間、ナビエは悲鳴を上げる。
「今は口の中に火球を発生させた。小さいものですぐに消した。だが、その気になれば大きくもできるし、長くとどめておくこともできる。もちろん、口の中ではなく、別の場所に火球を生み出すこともできる。たとえば、心臓とか……。だが、それでは楽しみが少ない。せっかくなら胃の中に火球を発生させたほうが……」
「や、やめろ」
「やめろ?」
「いや。やめてくれ。お願いだ」
床に頭をこすり付けて哀願するナビエをマレフィクスは眺める。
「話せ。すべて。言っておくが、私は大悪魔。嘘を見破ることができる。もし、嘘を口にしたら即刻火球をつくる。胃の中に」
「わかったか」
「はい」
「まず、王女暗殺を依頼したな」
「……はい」
「報酬は?」
「銀貨二十枚です」
「安いな。それで……」
「王女を暗殺することになった経緯を話せ」
その瞬間だった。
「わ、私は何も知らない。伯爵が勝手にやったことだ」
そう喚きちらしながらフェルナンは物凄い勢いで逃げ出す。
だが、扉は開かない。
そして……
「ウンブラ。そいつを捕らえろ」
影に拘束され床に転がされた第三王子をちらりと眺めたマレフィクスはすぐに視線をナビエに戻す。
「さて、伯爵。第三王子はあなたが勝手にやったことだと言っているが、それは本当か?」
「いいえ」
「嘘をつくな。ナビエ。おまえが将来邪魔になる可能性が高いフランシーヌは今のうちに排除すべきと言ったのだろうが」
「ですが、命じたのはあなたです。フェルナン王子。自分が王位に就いたときには侯爵にしてやると言って」
「爵位はおまえが要求したのだろうが。だいたい、おまえは殺し屋を雇うのには金貨十枚は必要だといって払わせておいて、殺し屋には銀貨二十枚しか払っていないとはどういうことだ」
「それは……」
「おい。大悪魔。わかっただろう。悪いのはこいつだ」
まさに泥仕合。
マレフィクスは薄ら笑いでそれに応じる。
「どうする?フランシーヌ。他人を殺そうとしたのだ。当然自分も殺されるだけの覚悟はあると私は思っているのだが」
「つまり、マレフィクスさんは殺すべきだと?」
「ああ」
「王女殿下。ご慈悲を」
「フランシーヌ。助けてくれ」
「……私だけではなく誰に対しても二度とこのようなことをおこなわないと約束してくださるのなら」
「もちろんだ」
「私もお誓いいたします」
「わかりました」
「マレフィクスさん。そういうことになりました」
「甘いな。フランシーヌは」
腕組みし、汚物を見るような目でふたりを眺めるマレフィクスにフランシーヌはそう伝えるとマレフィクスは鼻で笑う。
「どうせこいつらはこの場を逃れるためにそう言っているだけだ。この場で消し炭にするのが一番だと私は思うのだが」
「信じましょう」
「……わかった」
フランシーヌの気持ちが変わらぬことを悟ったマレフィクスは同意を言葉を口にする。
だが、ふたりの言葉を信じたというわけではない。
「アクス・ユーラーレ」
その言葉とともにふたりの男を指さす。
「今、おまえたちの心臓に『誓いの針』を打ち込んだ」
「先ほどフランシーヌと交わした約束を破った瞬間、その魔法は発動し、心臓に針が刺さる。むろんそれで死ぬのだが、その前の激痛は死ぬより辛い。それからもうひとつ。今後おまえたちは王女のしもべとなる。命じられたことは絶対だ」
「まあ、嘘だと思うのなら、今この場で試してみろ」
相手は大悪魔。
しかも、それに見合うだけの力があることはすでに証明されている。
そのような者の言葉を疑う、それだけで試すほどの男気はふたりにはない。
「イムメモラーティーオ。ミノム」
記憶消去の魔法。
だが、すべてを消してしまうわけにはいかない。
そこで部分的な記憶が残る魔法で記憶消去したマレフィクスはフランシーヌとともに姿を消す。
そして、自分たちの記憶の中では、ほんの一瞬だけ眠りに落ちたふたりは何事もなかったかのように話を続けるものの、そこでは暗殺というが除外され、正当とは言わぬものの、暗殺以外での権力闘争の手だてが語られた。
一方、今日のお勤めを終えたフランシーヌとマレフィクス。
部屋に戻ってくると、楽しいひと時を終えたフランシーヌは仏頂面のマレフィクスにこう礼を言った。
「今日は本当にお疲れ様でした。お仕置き悪魔さん」




