次々とやってくる大悪魔の友人たちに驚く聖女
むろん、その言葉でマレフィクスの機嫌がよくなるはずがない。
言葉の主を睨みつけたマレフィクスが邪悪の見本のような表情をつくり、こう宣言する。
「王女への挨拶が終わったらさっさと消えろ。アンゲルス。フランシーヌに私が貴様の知り合いと誤解されては迷惑千万」
だが、大悪魔と渡りあう大天使の面の皮はこの程度の言葉で貫けるほどヤワではない。
その言葉を片手で払いのけるとさらに言葉を続ける。
「酷いことを言うね。マレフィクス。この前、一緒にナンパした仲じゃないか」
その言葉にフランベーニュは顔を赤くし、同じく顔を赤くしたものの、そこに込められていたのは間違いなく怒りの成分だったマレフィクスが相手を睨みつける。
「誰が、一緒に、だ。貴様が私を使って麗しき女性たちをベッドに引き込んだだけだろうが。しかも、用済みになった私に見張りを押しつけて貴様だけがいい思いをした。これのどこが一緒に、だ。そう言えば、あの時飲み屋で立て替えた金は返してもらっていない。今返せ」
「いや。たしかあの時すべて驕りだと……」
「なぜ私が貴様にご馳走する必要がある。勝手に話をつくるな」
「天使に奢れば、少しは功徳を積めるかも」
「そのようなものはいらん。今の言葉で貴様の借金は三倍になった。今すぐ返せ」
「酷いよ。それは」
「あの……」
大悪魔と筆頭天使の恥ずかしい、ではなく、激しい口論に割り込むように声を掛けたのはむろんフランシーヌである。
「マレフィクスさんは、この天使さんとお知り合いなのですか?」
「ああ」
「悲しいことだが昔から知っている」
「ですが、天使と悪魔というのは敵同士なのでは?」
「そのとおり。そして、僕らは常に勝利している。この小悪党たちに」
「ふざけるな。貴様たちは教会や王族と結託して自分たちがおこなった数々の悪行をすべて我々に擦りつけただけではないか。しかも、知らないうちに悪魔などという名まで押しつけて」
「そうなのですか?」
「ああ。嘘だと思うのなら、そこのクソ天使に聞いてみろ」
「あの……本当なのですか?」
「彼らに悪魔という名を与えたのは僕らだ。相応しい名だろう。小悪党には」
「何が小悪党だ。我々が小悪党なら、貴様たちは大悪党だろうが」
「マレフィクス。そう言うのを負け犬の遠吠えというのだよ。なにしろ、僕らは正義の使徒である天使として世間に認知されている。そして、君たちは邪悪な悪魔。まあ、最近はその名が気に入ったらしく君たち自身、その名を名乗っている。そういうことで命名料としてさっきの話はチャラということで」
「ふざけるな、先ほどの三倍は訂正。五倍払え。クソ天使」
「さすが悪魔。この国一番の高利貸しよりも高い。では、こうしよう。まず、聖女様の前で披露する。悪魔得意の、負け犬の遠吠えを」
「もう我慢ならん。死ね」
その言葉とともにマレフィクスの人差し指から殺意の籠った火球が飛ぶ。
どうにか躱したアンゲルスは余裕を見せるものの、次の一撃はさらにギリギリとなる。
「昔からの知り合いなので特別に警告してやる。今消えろ。そうでなければ」
「わかったよ。僕だって君のデートの邪魔する気はないから。では、また会いましょう。聖女フランシーヌ」
右手で停戦の意志を示したアンゲルスは指を鳴らし、姿を消す。
「二度と来るな。クソ天使」
だが、マレフィクスにとっての厄介ごとはこれで終わりではなかった。
それからまもなく。
「やあ、マレフィクス」
次に現れたのは悪魔。
いや。
マレフィクスと同格の大悪魔ディアボロス。
「君は何をしているんだい。マレフィクス」
嫌味の成分が大量に、いや、嫌味の成分だけで出来上がっているその言葉にマレフィクスは顔を顰める。
「見ればわかるだろう。デートだ」
むろん、これはアンゲルスの捨て台詞の流用であり、マレフィクスの心のどこにもそのような思いはない。
だが、つき合いの長くマレフィクスをよく知るディアボロスにその程度の言い訳は通用しない。
盛大に胡散臭そうな顔をつくり終わると、目の前の同僚を眺める。
「だけど、隣にいる彼女って聖女フランシーヌだろう。つまり、クソ天使の仲間で僕らが大嫌いなこの国の王族の一員。その王族とデートだとは君はいつから宗旨替えをしたんだい」
「うるさい。諸事情だ」
「諸事情?」
「そうだ」
そして、語られるあの話。
もっとも、フランシーヌ本人が目の前にいる。
失禁させようとしていたことやパンツを見たことがその原因であることは省いているのだが。
「……なるほどね」
「つまり、君は結構大変な事態になっているわけだ」
すべてを聞き終えたディアボロスは薄ら笑いを浮かべながら、その言葉を口にした。
「ちなみに、その呪いを解く方法はある」
「それはありがたい。是非聞かせてもらおうか」
「ふたりで神のもとに出向く。あのおばさんならあっという間に君をきれいな体にしてくれる」
「なるほどその手があったか。だが、会いたくはないな。そんなことを頼んだらまたろくでもない仕事を押しつけられる。地獄の管理だけで十分というものだ」
「それに……」
「私はともかく、フランシーヌがあれに会うということは……」
「まあ、そうなるね。でも、君が解除できないくらいの呪いだ。あのおばさん以外にはできる者はいないと思うよ」
「とにかくそれは本人の了解をとってからだ。とりあえずそれまでは君の代行は僕がおこなう」
「ああ。そうしてくれ」
「これで僕は名実ともに筆頭悪魔だ」
「では、マレフィクス。その小娘とよろしくやってくれたまえ。それと、困った事態になったら呼び出してくれ。この筆頭悪魔ディアボロスがすぐに参上するから。もちろん安くしておく」
消える。
その場には最初から誰もいなかったかのように。
「いい人ですね。ディアボロスさんは」
「いやいやいや。あいつは見た目通りの軽薄なだけの男だ。そもそもあいつは人間ではない。悪魔だ」
「ですが、先ほどの姿がマレフィクスと同じ少年でした。だから、いいのです。いい人で」
「ですが、驚きました。悪魔と天使が仲良しとか。悪魔が皆さんいい人だとか。誰かに話したいです」
「止めておいた方がいいな。それは」
「なぜですか?」
「誰も信用しないからだ。そして、悪魔と取引をしたなどと疑われ聖女の肩書は剥奪される」
「そうですか」
「私はそんなものはなくてもいいのですが、とりあえず今はその言葉に従います。ところで、先ほどディアボロスさんが言っていた『セルウス』の解除方法ですが……」
「あれは気にすることはない。おこなう気はないから」
「どうしてですか?」
「簡単なことだ。わかったとは思うが、奴が言っていたおばさんとは神だ。そしてその神に頼む。それは神のもとに出向かわねばならないのだが、当然ながら、人間であるフランシーヌが神に会うということは……」
「死ぬことということですか?」
「そうだ」
「だから、そんなことはおこなわないということだ」
「やさしいですね。マレフィクスさんは」
「ふん」




