刺客に狙われた聖女を救う大悪魔
マレフィクスという便利な従者を手に入れたフランシーヌはその後も度々町歩きを敢行する。
だが、フランシーヌは有名人。
顔を隠してもわかる者にはわかる。
そして、そのような話は広がるのは早い。
当然のように王城内にもその噂が流れる。
ただし、それに対して特別な掣肘が入ったかと言えば、否だった。
王にとって副妃の子。
しかも、王女。
その動向など興味の対象外だったのである。
だが、王族の護衛を担当する者たちは王と同じように見過ごすなどできない。
何かの拍子にトラブルが起こった場合、責任を問われる立場なのだから当然である。
フランシーヌの扉の前には常に護衛が立ち、バルコニーの下にも同じように護衛が並ぶようになる。
だが、肝心のフランシーヌは魔法で場外に抜け出している。
当然それらはすべて無駄な努力となる。
そして、「聖女」フランシーヌの町歩きを噂が広まったところで、いくつかの組織が動き出す。
ひとつは野盗。
彼らは「聖女」を捕え、どこかへ売り飛ばす算段をする。
もちろん、その前にたっぷりと自分たちの欲望を叶えて。
次は、ラングリア王国と国境紛争中の国の間者。
こちらは彼女を捕え、交渉材料にしようとしていた。
三つ目。
王子を担ぐ大貴族。
彼らの目的はずばり暗殺。
実をいえば、彼らがフランシーヌの実力を一番高く評価していた勢力だった。
聖女と祭り上げられているだけならいいが、王がフランシーヌの実力に気づいたら、王位争いが面倒な事態になる。
そうなる前に始末する。
本来であれば王城内でこっそりとそれをおこないたいところなのだが、凌ぎ合う勢力が多数住みつく王城内で暗殺をおこなえば、それを持ちだされ王位争いから引きずり降ろされることになりかねない。
その点、城外であれば、野盗や他国の間者などに罪を擦りつけられる。
さらに言えば、お忍びということであれば、護衛もいないので成功は確実。
逃す手はない。
動き出す。
そして、その一番手となったのは、計画性という点は一番低い、人身売買をおこなう野盗集団であった。
十人。
それがマレフィクスとフランシーヌを取り囲んだ野盗たちの数となる。
むろん少年と少女を襲うには十分に多い。
だが、それはその少年が並の者の場合の話であり、悪魔、いや、大悪魔となれば話は全く違う。
「一応聞いてやる。何の用だ」
マレフィクスとしては、相手にすることすら馬鹿々々しい相手。
それに市場という場所柄ギャラリーが多い。
しかも、その中には広い意味での同業者もいる。
やり過ごすことこそ一番なのだ。
「こんな人目の多い場所での狼藉。ろくなことにならないと思うのだが」
マレフィクスとしては最大限穏便な言葉を使った譲歩。
だが……。
「つまらぬ心配はいらん。ここの顔役には許可は取ってある。相応の金を払って」
「おとなしく後ろの女を引き渡せ。そうすれば……」
「そうすれば?」
「痛い思いはしなくて済む。おまえもいい飼い主に売ってやる。条件としては悪くないだろう」
つまり、男娼か。
「言ってくれるな」
「では、返答しよう」
「死ぬのは貴様たちだ」
一瞬後、リーダーらしき男を残して全員が倒れる。
むろん、絶命している。
残ったリーダーも身体が硬直して動けない。
そこにマレフィクスが近づく。
「おまえたちに許可を出したという顔役の名を言え」
「ア、アドリアン・ギヨームです」
「アドリアン・ギヨームだな。わかった。用は済んだ。おまえも仲間の元に行け」
男は倒れる。
その間、マレフィクスは男たちの誰にも触れていない。
眼力ひとつですべてを済ませたのだ。
これが大悪魔の力。
もっとも、マレフィクスにとってこの程度は児戯にも等しいのだが。
「……さて……」
「今の様子を覚えていられては今後が面倒だ」
「……イムメモラーティーオ」
そう言って周辺を眺める。
「これで今見たことはすべて忘れる。もっとも、あいつらにはこの程度の魔法は通用しないのだが」
マレフィクスはそう言って薄く笑うと、忘却の魔法の唯一の除外者を見やる。
「さて、食事に行くか」
あっさりと片づいたこの一件。
だが、それはこの日で終わりではなく、それから出かける度に起こる。
ただし、これは止むを得ないところではあった。
なにしろ、毎回マレフィクスは後処理として周辺にいた者たちの記憶を消していた。
つまり、襲撃してきた者たちにとっては、常に自分たちが最初の襲撃者だったのだから。
そして、七度目となる襲撃。
だが、今日は少しだけ様子が違った。
目の前に立つ者たちが纏うオーラはこれまでやってきた者たちとはあきらかに違う。
これは素人ではないな。
つまり、殺しを生業としている者。
マレフィクスは心の中で呟く。
そして、囁くようにこう呟く。
「パリエスアミナ」
これは防御魔法の一種でどちらかといえば、結界に近く、その魔法を纏った者は魔法も物理攻撃も通用しない。
同様の魔法は人間の魔術師でも使用することはできた。
ただし、魔力の消費が激しいため、短時間しかその効果は持続できないうえ、余程の熟達者でなければ短剣を防ぐこともできない。
だが、マレフィクスは無限の魔力を有する大悪魔。
人間たちが持つ枷を悠々と超えて見せる。
そうやったところで目の前の男たちを見やる。
「こいつらはなかなか強い。さすがに睨みつけるだけでは倒れないな」
「……モルスサナトス」
マレフィクスはそう呟く。
その一瞬後、全員が倒れ込む。
「……今までで一番強かった。だが、それでも私と戦うのなら、魔法耐性くらいつけてくるべきだろう」
「だが、これでは首謀者を聞き出せない」
「フランシーヌ。この中で一番威張っていたのはどいつだった?」
マレフィクスは自身の後ろにいるフランシーヌに声を掛ける。
数瞬後、フランシーヌが指さした男は目を開ける。
ただし、それはマレフィクスの魔法で蘇ったゾンビのようなもので自我はない。
つまり、人形のようなものだ。
マレフィクスはその人形に問う。
「おまえの飼い主、または依頼主を言え」
その言葉とともに、その人形は操られるように口を開く。
「依頼主は……」
「ナビエ伯爵です」
「知っているか?」
「もちろん。ナビエ伯爵様は、第三王子フェルナン兄さまに近く……」
「そこまででいい。後はナビエ伯爵とやらに話を聞けばいいのだから」
「ということで、貴様は用済みだ」
指先から小さな火の玉を飛ばす。
そして、それが辿り着いた先ですべてを焼き尽くす。
「さて、いつもどおり記憶を消すわけなのだが、どうせ貴様には利かないのだ。こそこそ隠れていないで出て来い、クソ天使」
そう言ったマレフィクスの視線に先。
屋台の裏側から若い男が姿を現す。
「やあ、こんなところで会うとは本当に奇遇だね。マレフィクス」
「そして、お初にお目にかかる。聖女フランシーヌ」
「僕はアンゲルス。一応筆頭天使で、あなたの隣にいるその小悪党とは敵対関係にある者だ」
「ついでにいえば、聖女であるあなたが隣にいるべきは、その小悪党ではなく僕だと思うのだけど」
「もし、その小悪党に脅されているというのなら、僕が今すぐ退治してあげますよ。お代はデート一回で」




