聖女は自称大悪魔の彼女に遭遇する
悪魔と天使の麗しき共同作業により王都の悪徳商人や貴族からせしめた大金でフランシーヌはどうにか危機を乗り越え、領地運営を始める。
だが、彼女の博愛精神は健全な領地経営とは非常に相性が悪い。
毎日のように指南役であるジェンダ男爵に叱られる。
だが、こればかりは彼女の自身が考え乗り越えるべきことと割り切ったマレフィクスは口を挟まない。
むろんアンゲルスやディアボロスも。
そういうことで順調とは言い難いものの、とりあえず領地運営が軌道に乗り始めたある日、またトラブルが起こる。
いや。
トラブルがやってきたと言った方が正しいだろう。
なにしろ、それは……。
長い金髪。
青く大きな目。
完璧につくりこまれた美少女の形をしていたのだから。
「ク、クリューソス……」
その災難を見た瞬間、呻き声のような声を上げたのは意外にもアンゲルスだった。
それに続いて顔を顰めたのはマレフィクス。
つまり、その少女はふたりと知り合いということになる。
そして、クリューソスという名のその少女の正体は天使。
もう少し説明をつけ加えるのはなら、アンゲルスの妹。
だが、この兄妹の力関係は遥か昔から一方に偏ったままだった。
「最近、顔を見ないと思ったらこんなところにいたのですね。クソ兄貴。サボった罰としてお仕置きをします」
その言葉とともに女性とは思えぬ豪快な蹴りを一発。
今度は本当の呻き声をとともに情けなく崩れ落ちた大天使に容赦の欠片もなく強烈な踵落としをお見舞いする。
だが、本来敵対しているはずの大悪魔マレフィクスを見た瞬間、先ほどまでと別人のように豹変する。
「お、お久しぶりです。マレフィクス様」
「兄がマレフィクス様に嫌がらせをしていると聞き参上しました。こうして兄を懲らしめ罰を与えましたが、これでまだ不足ならさらも厳しい罰を与えますのでどうぞお申しつけくださいませ」
顔を赤らめながらそう言ったクリューソスはマレフィクスを熱く見つめる。
まるで恋人を見つめるように。
いや。
恋人である。
一方的な感情の産物ではあるのだが。
マレフィクスは妹に叩きのめされた兄を嘲り色が濃い笑みとともに眺めるが、小さなため息をつき、それから口を開く。
「いや。アンゲルスは今のお仕置きで十分反省したことであろう。それ以上の罰はいらない」
「ありがとうございます。深く感謝を。ほら。兄貴も床に顔をこすりつけて礼を言いなさい」
再びの一撃。
そして、強制的に床と接吻させられたアンゲルスの頭を力強く踏みつける。
「暴力女」
「今、何か事実と反することを言いましたね」
「いや。僕は事実に即したことを……グヒャ」
兄貴に上下関係の厳しさを教え込んだところで、クリューソスはようやくこの屋敷の主に気づく。
見た目だけではあるのだが、自分とほぼ同じ程度の年齢。
「……あらあら随分と貧相な胸をしていますね。子供ですか」
さすが同じ女性というべきか。
男では思っていても言えないことをピンポイントかつ堂々と口にする。
「やはり、女というものはこうでなければなりません」
そう言って自慢の胸を誇らしげに突き出す。
「……いやいや、クリューソス。君のその胸は魔法でつくり……ゲホっ
余計なひとことを言いかけたアンゲルスを踏みつけた足に力を込め黙らせたクリューソスはマレフィクスに目をやる。
「ところで……どういう関係なのですか?この人間の女とは」
「まあ、マレフィクス様がお望みというのなら私は構いませんよ。人間の女の副妃など何人いても」
「私がマレフィクスさんの副妃?」
「フランシーヌが副妃?」
クリューソスの言葉に過剰に反応した声はふたり分。
「クリューソス。とりあえず、説明しておけば、色々な事情により私は現在この国の王女であるフランシーヌの仕事の手伝いをしている」
「手伝い?」
「つまり、下僕だよ……グヘッ」
「マレフィクス様。馬鹿兄貴の言葉は本当なのですか?そういうことであればすぐさまこの女を」
「大丈夫だ。下僕ではないから。というより、一応天使なのだからその言葉はまずいだろう」
「とにかく、近況は聞かせたのだ。そういうことで、そろそろ……」
「いいえ」
「どうやらこの屋敷にまだまだ居座る気でいる馬鹿兄貴とこの人間の女がマレフィクス様に良からぬことをしないように見張る義務が私にはあります」
「ということで、そこの女。えーと、名前は?」
「フランシーヌ・ファンドリアーノと言います。クリューソス様」
「では、フランシーヌ。今日から私もこの屋敷に住むことにします。よろしいですね」
「はい」
「さて、これで私とマレフィクス様は同居ということになります。そして、ここにはあの小生意気な女がいない。つまり、これでレースは私が一歩リードということになりました」
「……クリューソス様。何かおっしゃいましたか?」
「いいえ」
「ああ。やっと見つけた至福の場所が……」
「嫌なら兄貴は天界に戻ればいいでしょう」
こうして、驚くほどあっけなくフランシーヌの屋敷の客人が増えたのだった。
そして、その翌日。
「クリューソス。貴様、なぜここにいる?」
「もちろん、マレフィクス様と一緒の屋敷に住むためです。おまえこそ私たちの愛の巣に何しに来たのですか?ディアボロス」
「愛の巣?」
本来、このような場面に出くわしたのなら、当事者へ問うのが普通。
だが、やってきたディアボロスは知っている。
この天使の娘がマレフィクスに一方的に好意を寄せていることを。
そして、彼女に関わると、自動的に更なる災難がやってくることも。
当然マレフィクスはそんなことを望むはずがなく、この事態にはマレフィクスは無関係、というより、自分と同じ被害者側。
となれば、可能性はひとつ。
ディアボロスはその相手を睨みつける。
「おい。アンゲルス」
「貴様は余計なことしかしない奴ということは知っている。だが、これは最悪の中でも最悪だぞ。責任を取って死ね。今すぐ」
冗談に聞こえるが、むろんディアボロスは本気。
そして、マレフィクスはもちろん、名指しされたアンゲルスもそれを十分に承知している。
もちろんクリューソスが速やかに退去しなければ、これから時間を経たずに確実に起こることがどのようなものかも。
だが、アンゲルスにも言い分はある。
なにしろ、この件に関しては、自分は完全な無実なのだから。
「一応言っておくが、ディアボロス」
「君の言いたいことは僕も十分にわかっている。だが、クリューソスは勝手に来たのであって僕が呼び寄せたわけではない」
「知るか。とにかく、これは天使の出来事。それ以前におまえたちは兄妹。大天使である兄貴が責任を持って対処しろ」
「それができるならやっている。そんなことは君だって知っているだろう」
「ふたりともごちゃごちゃうるさい」
「お仕置き」
百瞬後。
顔が二倍ほどになった大悪魔と大天使が出来上がった。




