王都にやってきた大災難はすべて聖女のために動いた大悪魔と大天使のしわざ
悪魔と天使の壮絶な戦い。
言葉だけを聞けば、お約束の一場面が想像できるのであるわけなのだが、実際におこなわれているのは王都の金持ちを狙った強盗合戦という悪魔と天使がおこなうものかと嘲笑されてもおかしくない悲しくなるくらいの図式。
ただし、彼らにとってそれは負けられない戦い。
きわめて真面目である。
さらにいえば、正々堂々と戦い相手に勝利しなければならない。
王都でその戦いが始まる少し前。
王都内では眺めがいい場所として知られ、いわゆるデートスポットであるトレベル橋の真ん中で若者と少年が睨み合っていた。
「悪の権化である君に一応注意をしておく」
「人間を害することは禁止だ。もし、そのような事態が起こったら自動的に君らの負けだ」
二十代前半の男が、不出来な弟に言い聞かせるようにそう言った瞬間、少年はその言葉を蹴り飛ばす。
「その言葉。そっくり返すぞ。クソ天使。それと、自分たちがおこなった悪事を僕らのせいにするのはおまえたち天使の常套手段。今回その証拠を見つけたら貴様を殺すからそう思え」
むろん、これは事実。
だが、相手は面の皮が分厚い装甲でできている大天使。
びくともしない。
「言ってくれるね。だが、その言葉が単なる濡れ衣だと証明するいい機会だ。いいだろう。承知した」
「その他の縛りは?」
「王城と教会には手を出さない。本来であれば、一番に狙うべき場所なのだが、そんなことをしたらマレフィクスを抑え込んでいるあの小娘に僕らのおこないが露見する」
「まあ、そうだ。そして、そんなことがバレたら僕も君もあの居心地の良い場所にいられなくなる。承知した。あとは?」
「ない。いや」
「負けた時の言い訳を考えておけ。クソ天使」
「それこそそっくり返すよ。ディアボロス」
「では、勝負だ」
そして、その夜。
ラングリア王国の王都アルセンシアは大混乱の坩堝に叩き込まれる。
王城近くの一等地に建てられた豪華な屋敷。
その主、王都の高利貸の元締めコンスタンス・ラングイエの前に立つのは若い男と少年。
だが、震えあがるラングイエを前にして、視線を動かした先にいるのはもちろん同時に現れた相手。
「おい。クソ天使。こいるは僕の獲物だ。消えろ」
「君たち悪魔に言うのはおかしいけど、嘘はいけないな。先に着いたのは僕。こいつを獲物にするのも僕だよ。こんなところで時間を潰さず別の場所を坂がしなよ」
「ふざけるな。アンゲルス。この場で殺してやろうか」
「それは遠慮しておくよ。ということで、こうしよう」
大天使アンゲルスは視線を動かす。
「彼に決めてもらうというのは?」
「いいだろう」
「では、始めよう。君。彼と僕。どっちが先に来たかな?」
「……それは……」
「貴様。嘘を言ったら殺すぞ」
「つまり、僕と言えば、言い訳だ。まあ、一応言っておけば、僕も嘘を言われれば怒る。そして、君と君の家族はすべて明日の日の出は見られないと思ってね。それで、どうかな?」
「それは……」
ラングイエは考える。
どちらを指し示しても、もうひとりの怒りを買う。
いや。
殺される。
何かないか。
助かる回答は。
ラングイエは必死に考える。
そして、辿り着く。
「ど、同時だと思います」
「同時?」
「はい。同時です。ですから、どちらが先とは言えず……」
そう言ってからラングイエは上目遣いでふたりの顔を見る。
年少者は怒っている。
年長者の方は苦笑と言ったところか。
「まあ、相手は人間。完璧というわけにはいかないだろう」
「ああ。仕方がないな」
ふたりの言葉に胸を撫で下ろしたラングイエだったが、残念ながら彼のもとにやってきた災難が去ったわけではなかった。
「では、ここは折半で」
「やむを得ないな。承知した」
「ということで、ラングイエ氏。申し訳ないのだが……」
「貯め込んだ金をすべて出してくれ」
「死にたくなければ」
そう言った大天使は、最高の笑みで天使の欠片も感じさせない言葉を口にした。
むろん、その晩の王都ではラングイエと同じ災難が多くの者がやってきていた。
悪魔と天使が大量投入された結果であることは言うまでもない。
そして……。
「す、すごいですね」
フランシーヌの目の前に積み上げられたふたつの山。
むろんそれはすべて金貨でできている。
「皆さん、こんなに貸してくださると……」
「聖女の名前を出したら皆、快く貸してくださいました」
「ただし、兄上たちの手前もあるので、このことは他言無用でお願いしたいと念を押されました。自分たちは強盗に奪われたことにしておくので、ということでした」
むろん、大天使アンゲルスの言葉はすべて嘘。
金はすべて脅し取り、後者に関しては自分たちの悪事が露見しないように、いや、すぐに情報としてやってくる王都の出来事についての言い訳。
「それで間違いないよね。ディアボロス」
「こんな奴が大天使という時点で天使がろくでなしの集まりだと言える。だが……」
「とりあえず、そういうことにしておくよ」
「わかりました」
「では、このお金はありがたく使わせてもらいましょう」
「ですが、やはり、お礼の手紙くらいは」
「やめておいたほうがいい。誰の目に触れるかわからないのだから」
こうして、悪魔と天使の働きにより、フランシーヌは領地運営の軍資金を手に入れた。
そして、肝心の勝負の方なのだが、こちらも引き分け。
ほぼ同じ大きさの山であり、どちらが勝ってもおかしくない状況であったのだが、フランシーヌの裁定により引き分けとなる。
むろん数を数えれば勝者はハッキリするのだが、「フランシーヌが引き分けと言っている。異議があるのなら、自分たちで数えろ。もちろん、お互いの分も含めて。そして、やるからには徹底的にやってもらう。つまり、双方の数が完全一致するまで続けてもらう」とマレフィクスに宣言されては、さすがのディアボロスとアンゲルスもそれに従うしかなかった。
そういうことで引き分けになったその勝負であるが、むろん本当の被害者は悪魔と天使に財産のすべてを持っていかれた者たち。
だが、その金の大部分は口の葉に載せることが憚れる方法で手に入れたもの。
被害を申し出ることはできなかった。
結局、悪徳大天使アンゲルスの言葉どおりになったわけである。




