聖女のために悪事を働くことにした大悪魔と大天使
ラングリア王国。
その西方部にガスコーニュと呼ばれる小さなエリアがある。
その中心にはサンクリア湖があり、そのほとりにある町ヴァンセンヌは風光明媚な場所として知られ、国王の離宮『秋風の離宮』がある。
内陸部で風光明媚。
それはつまり、山深い地であることを意味する。
そして、それは耕作に適した場所が少ないということにもなる。
むろん、そうであってもラングリア王国自体は比較的豊かであるため、食糧の調達は十分に可能。
だが、そこを領地とした場合、それは大きな問題となる。
そう。
どうやって収入を得ていくのかということである。
なにしろ、この国、というよりこの世界に存在する大部分の国では国の収入の多くは農業生産物。
それがないということは、収入を得る術がないということなのだから。
そして、足りない食料を調達するには金が必要だが、その金の出どころがないということになるのだから。
「……困りました」
以前からこの周辺の代官に任じられていたということで、政務を任せることにしたジェレミー・ジェンダ男爵から領内の現状と領地経営の問題点を聞かされたフランシーヌはその言葉とともに大きなため息をつく。
「こうして考えると、私はこれまで使う方ばかりでした。集めることの大変さも知らずに。どうやらその罰のようです。これは」
「まあ、それは当たらずとも遠からずというところだな」
「それで、マレフィクスさん。アンゲルスさん」
「知恵をお貸してください」
当然のようにやってきたその言葉。
むろん悪魔や天使の力を使えば、それ相応のことはできる。
だが、そうやって解決してもいいのかといえば、そうではない。
なにしろ、フランシーヌ本人には言っていないものの、マレフィクスとアンゲルスには大いなる目標がある。
そのためにはフランシーヌにはこの問題を自力で、正確には人間の力だけで解決してもらいたいのだ。
ありがたいことにフランシーヌの言葉は「力を貸せ」ではなく「知恵を貸せ」というもの。
拒否する理由などない。
「まずは現状についてもう一度検討してみよう」
「ああ」
大悪魔の言葉に大天使が応じ、テーブルに置かれたこの地方の地図を眺める。
一見すると非常に奇妙な光景。
だが、慣れてしまえば、それは古くからの友人によるいたずらの相談にしか見えない。
フランシーヌはその様子を薄い笑みを浮かべて眺める。
幸福感に浸りながら。
「領内に耕地にできそうな場所は?」
マレフィクスからやってきた問いにフランシーヌは先ほどジェンダ男爵から仕入れた情報と王都でこの地方について調べ考えあわせた案で組み上げたものを反芻する。
「……できそうな場所はすでに耕地になっているとのことです。もちろん牧草地を潰して耕地にするということは可能ですが……」
「それでは家畜が減るでしょう」
「ああ。当然却下だ」
「だが、そうなると農業収入が急激に増えることはないな」
「まあ、税を上げるという手もあるけど」
「それは却下です」
「それにどれだけ増やしても必要な分は手に入らないうえ、フランシーヌの評判が落ちる」
ということで、あっさりと行き止まりに辿り着き、三人分のため息が盛大に響き渡る。
一瞬、いや、百瞬くらい経ったところであきらめ顔の大悪魔が口を開く。
「……とりあえず収入については脇に置き、支出に考えてみようか」
「領主としておこなわなければいけないことはなんだ?」
「領内の民が安全に暮らせるようにするということでしょうか」
「まあ、間違いないな、だが、そのためには金がいる。金がないことにはそれはできない」
「たとえば、街道の安全」
「野盗だの山賊だのから街道を通る商人や旅人を守るためには番人を置かねばならない。実際そのようなことを怠った結果、寂れた町も多い」
「これまでは国がそれをおこなっていたわけなのだが、王女が領主になったとたんそれが消えたとなれば評判が落ちる。だが、それだけで人員は必要になるだろうね。もちろん、このヴァンセンヌの警備にも人員は必要。さらに徴税官や裁判官も。領主はそれらの者にすべて給金を支払わなければならない」
「もちろん、この館の管理にも金はいる。しかも、そのために雇われた者が多数おり、彼らはそれを生業としている。金がないからと言って簡単には切れない」
「大変だな。王女」
「まったくです。やはり……」
「私には領主など……」
「フランシーヌ。簡単に諦めるな」
「そのとおり。いざとなればなんとかする。天使が」
「なぜそこで天使の名が出てくる」
「窮地に陥った王女様を助けるのは正義の味方。そして、正義の味方といえば天使となるわけで……」
「ならん。絶対に」
「だが、どこを見ても簡単には解決しそうもないな」
「そうなると、当面の間の軍資金の調達が最初の仕事だね。そこで、マレフィクスに提案がある」
「聞こう」
「王都にいる金持ちの方々に金を寄付してもらうというのはどうだい?」
「寄付?アンゲルス。おまえがどのような者をその対象にしているかは知らないが、王都の金持ちが自分たちの利にならぬ場所に住む者のために寄付などするわけがないだろう」
「まあ、そうだろうな。では、借りるというのは?」
「返せるアテもないのに借りられるか。というより、返せるアテもない奴に金を貸すはずがないだろう」
「だから……」
「形式上は借りるが、最終的には寄付してもらうという形にすればいい」
「ま、まさか?」
「そういうことだよ」
むろん、マレフィクスにはアンゲルスが考えている資金調達方法は理解できた。
だが、フランシーヌにはわからない。
「どういうことですか?」
「私には何か良からぬことを企んでいるように聞こえたのですが……」
「いえいえ、そのようなことはありませんよ。王女。この大悪魔マレフィクスが考えたことなら十分にあり得る話ですが、考えたのは僕です」
「ただ、お金を貸してもらうように頼みに行くだけです。しかも、その愛お手は金が余っている方々。天使の頼みとなれば喜んで金を貸してくれます。ご心配なく」
「そして、ここからは君の出番ということだ。マレフィクス」
「……くそっ。この悪党が」
マレフィクスはアンゲルスを睨みつけるものの、目の前にいる大天使の案を蹴り飛ばすほどの妙案は持ち合わせていない。
というより、自分たちが直接領内環境の整備をおこなうという最高の一手を封印している以上、早急に問題を解決するにはそれしかないのも事実。
「天使の案に乗るなど不本意も極みであるがやむを得ないな」
「ウンブラ。ディアボロスを呼んで来い」
マレフィクスが影の使い魔にそう命じてから間もなく、音もなくその男が現れる。
「用は何かな?マレフィクス」
ことさら不機嫌そうな物言いをしたのは当然マレフィクスの前でふんぞり返る大天使の姿を確認したからだ。
ただし、マレフィクスの見立てでは、これはいわゆる同族嫌悪。
つまり、ディアボロスの性格はアンゲルスのそれに非常に似ていたのだ。
むろん、天使嫌いのディアボロス本人にとってそれは最高の侮辱。
揉め事の理由になるために口外しないのだが。
ディアボロスは心の友アンゲルスを見やる。
「ここの馬鹿を殺せということだな。引き受けた」
むろんジョークの類。
だが、ディアボロスは冗談でもやりかねない。
マレフィクスはすぐさま止めに入る。
「いや。こいつにはまだまだ使い道がある。それは別の機会に命じる」
「では、何。言っておくけど、天使を見逃すほどの案件でなければすぐに帰るよ」
「それで何?」
「王都アルセンシアに行き、金持ちから金を借りてこい」
「借りる?冗談でしょう。そこは素直に……」
奪う。
その言葉を口にしかけたディアボロスはマレフィクスの視線が動いていたのに気づく。
そして、その言葉がその視線の先にいる少女向けのものであることを察する。
「わかった。言葉を尽くしてお願いしてくるよ」
「ところでマレフィクス」
「その仕事は僕ら悪魔だけがおこなうのかい?」
「いや。アンゲルス自らおこなうそうだ」
「それはいい」
ディアボロスはニヤリと笑う。
「おい。馬鹿天使。僕とおまえ。どちらがここに金貨を積み上げられるかという勝負をしよう。まあ、やる前から勝つのは僕と……」
「いいだろう。僕は大天使。悪魔筆頭にもなれない小物に負けるはずがない」
「期間は三日。君が泣いてお願いするのなら五日にしてやっても……」
「消えた」
「つまり、始めたということでいいのかな」
「ああ」
「私は動けないのでディアボロスとおまえに任せるしかない。そういうことで……」
「とにかく頑張ってくれ。アンゲルス」




