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日誌史  作者: 暮葉畏啓
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6月9日 「作品飛翔 人間とは謙虚であるべき」

俺がこの高校三年間いろんな創作物見たり読んだり作ったりその界隈での著名人を追ったりして、今思うこと。謙虚に生きようぜ。


えっと。オタクに追いても創作者においても人間においても僕は謙虚が大事だと思うんすよね。人生の生き方ルールマップなんか作りたくないすけどもしそれを書かされるなら謙虚って大きく書いて終わらせますって言う話です。


まぁその、知識が不十分出るほど物事を単純化してしまうというのは僕が考えて導いた言説なんですけれども、それによればにわかという方と有識者という方ではやはりある特定の物事に対する解釈や認識は違うと思いますよ。


だから正直なところ、有識者の意見が基本的に正しいですよ


まぁその特定のアニメ作品をダメ出しする人の中でそのアニメ作品を視聴したことがない層が実は一定割合でいるんですよね。そういう人もいるので、他人の感想に流されてそういうふうに薄く考える人の存在を理解して心の器を広く持っている方が、自分が好きな作品や像を馬鹿にされた時に言い返せると思いますが。「で、それ君見たんか?」「…」


結局でも多くの場合感情論になるんすよね。好きか嫌いか。で、別れてそれを捕捉する理由を作るっていう。これはなんだろうと思って分析していった結果、これは良くないって出てこないんすよね。まず直感でどう感じるかが先にある。それは、創作物というのは誰かに視聴してもらってその視聴者の感情を揺さぶる働きが根本の狙いとしてあるので、観察者、もしくは批評者として視聴した人がなぜ心を動かされずに論理的に解釈することだけをできるのか、いやできない。必ず直感で感想が先に生まれてしまう。


その場合。このキャラクターは萌え萌えしていて嫌いだ。この作品に合わない。とか言っている人がいても、萌え萌えしているのが好きな人もいて客観的に萌え萌えがダメだという理由にはならなくて感想でしかないと分かってしまう。この作品に合わないというのも解釈の幅が広く、江戸時代を舞台にした上で萌えキャラを出していたのであれば作風に合わないと批判できるかもしれないが。その特異性が彼女の主人公性を強調しているとプラスに捉えることもできる。結局、何が正しいのか、という議論自体不明瞭なのだ。個人の直感的に気づいた正しさを客観的な正しさにするために本編を引用して説明しているわけだが、最初の前提が個人的思想に基づくので聞き手は個人的思想に誘導されることになり。そこに客観的な正しさがあるとは思えない。


だから謙虚さなんですよ。この僕が言った認識を理解しているのであれば、自分の直感も自分の批評文も全て個人的感想に基づくって分かるんですよね。だから反対意見の人もそりゃいるだろうなって思うだろうし、じゃあ君はなぜそう捉えたの?具体的には、どこを見ていたの?どんな要素が好きなの?という話になってくる。それが分からずにどこかで見た考察動画が完全に正しいと思い込んで、意見の異なる人に対して自分の正しさを論説し相手の意見には耳を傾けない姿勢はどうかと思うし、結局全ての批評が批評の主体側の個人的感想に基づくものでそこに客観性はないこと、その個人的感想を論理立ててはみるもののそこにもやはり一定の捉え方の傾向の違いがあることを理解して実践で思い出すべきだと思う。

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