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日誌史  作者: 暮葉畏啓
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7月10日 「模試の憂鬱」

模試の放課後。自宅で。



国語の現代文の文章を読んだんだけど、なかなかに難しい。 その、第問1は普通の現代文のなんか論理的な文章で、みんな解くやつなんだ。現代文、古文、漢文のコースを選択してる俺らの学校の子はみんな受ける。それを解くんだけど、それはなんか簡単だった。


内容としては仮面の話で、人のリアルの顔と能とか演劇とかで使われるようになった仮面。この仮面のなんだろう、性質というか、ものすごく象徴的に、もはや人そのものを表してるよねみたいな感じの話なんだけど。 俺は何回か仮面について考えたことがなんかあったのかもしれない。だけどなんか話がスルスル入ってきて、すぐ解けたんだよ。周りのそのGSの子たちは結構なんだこれみたいな。第問1全然わからなかったみたいなことを言ってたんだけど、まあ俺は第問1はわかった。



問題がさ、その、本来俺らの現代文、古文、漢文コースの人たちは、現代文2問2つ分、古文、漢文それぞれ第問1つ分、合計第問4つを解いて終わるのよ、100分の間で。で、俺は80分ぐらいで、もうその解かなければならない範囲を全部終わったので、残り第問5、第問6、これはその違うコースを選んだ人が解く第問なんだけど、この第問2つの文章を読んだんですよ。


で、そのコースがあと2つあるんですけど、現代文だけのコースと、あと現代文、古文だけのコースっていうのがあって、現代文だけのコースを選ぶ学校って何なんだろうなと僕は思ってたんですけど、その現代文だけ受けるコースの人たちしか受けられないのが第問6なんですよ。第問6が随筆なんですけど、この随筆でなんか、僕、時間余ったんで全部読んだんですけど、この随筆がなかなかにやばくて、死刑囚のジョークっていうなんかお話が例に出されてたんですよね。


そこに問題が出されてたんですけど、その死刑囚のジョークというお話の中に問題が作られてて、どんな問題かというと、死刑囚のジョークって何すかっていうので、死刑を受ける義務がある死刑囚がいますと。死刑を宣告された死刑囚がいますと。で、そのいつ受けるのかなというふうにビクビクしながら生きてたときに、あの、まだ知らないんですよ。その死刑前日なんですけど、その死刑がもう今日だということをその死刑囚は知らないんですね。そのときに、その毎朝出されるお茶があるんですけど、そのお茶がその日茶柱が立ってたんです。で、死刑囚はまだ自分が死刑になることを知らない。でもその茶柱を見て、何か会話文、何か言うんですよ。何かをするんですよ。


それが完全に丸々空欄になってて、それが何か選びなさいみたいな。そのあとすぐに死刑囚の話が終わって、なんかそのまた抽象論が始まるんですけど、何言ったんっていう。


死刑囚のジョークというお話自体を知らなければ多分解けないんだよな、これ。茶柱が立って。


僕の予想は答えと見てないんでわかんないんですけど、死刑囚のジョークで茶柱が立った。茶柱が立つというのは、運が良いことでもあるんだけども、非日常なんですよ。で、その彼にとって非日常としてあるものは、その死刑を受けるという日が非日常なんです、その人にとっては。だからこの茶柱というのが運が良いというよりかは非日常である、その前兆であるというふうに捉えて、その死刑囚は、これで終わりかみたいな感じのことを言ったのかなというふうに僕は思ったんですけど、それにしてもなかなかにその難しすぎるというか、人によって思うことだいぶ違うだろうし、これに正解を置くのがちょっと僕は厳しすぎだと思ったんですよ。多分4択ぐらいだったんですけど、僕はそれがよくわかんなくて。


で、第問3の現代文のみの人たち、現代文と漢文の人たちも受けるような文章が第問3なんですけど、論理的な文章で、あの、難しすぎたんですよ。僕言ってることは、頑張ったら理解できるんですけど、そのなんでこの文章をわざわざ入れたのかとかよくわかんなくて、あの、正直なところ、これを書いてる人との僕のその知能の差というか、なんか言語を扱う傾向とか能力とかが、もう完全に隔絶されてるなっていうふうに感じたんですよ。


僕のこの喋り口というものがすごい平易なんですよね。なんですけど、その文章にはもうなんか抽象的、論理的思考を用いて、なんか卓越的なんとか、何々がっていう、なんかすごいなんかこう、意味をたくさん封じ込めた言葉を使いまくってて、感覚的に読めるというよりかは、文解しを読まないといけない文章なんですよ。で、その文解するにしても、なんか何々的とか、何々であるとか、そういうとか、何々論とか、なんか物質論とかそんな言われても、その物質論っていう言葉に対して知識がないと解けないじゃないですか。


ちょっとなんかもう、無理じゃないの、これって思ったんですよ。だからちょっと僕はそれでちょっと諦めたというか、なんか僕無理だな、こういうのはっていうふうに思って、僕創作してるんで、ある程度の現代文に対しての自信はあったんですけど、こういうものを書いてる側の人はいるというのを感じたら、ちょっとなんか僕はもう、なんだろうな、所詮僕の創作は、感覚的に楽しめるようなエンタメでしかなかったのかというふうに思ってしまったんですよ。


僕アニメの考察も結構頑張ってやってるんですけど、ある意味結局その、なんだろうな、感想文なのかな、みたいな、思うようになって。なんかちょっとそれがショックではあったんですけど。やる気というかね、あの、世界は広いというのではないんですけど、残酷にもその文化してるのかなっていうふうには思いましたね。


エンタメとして生きる、いわゆる僕たちが文章において中だけを抽出して考えてみたときに、その文章、物語など、言葉というものを人とのコミュニケーションツール、もしくはエンタメ、娯楽の用途に使うだけの人生、その世界の見え方、その人の世界の中ではそれしか使われてないっていうのと、その言葉を、言葉、たくさんの論文があって、その論文のテーマを何々と凝縮させた、そういったような言葉、単語を大量に使いまくって、1文に何個も出すように、そのレベルで高密度な文章を使いながら、自分の伝えたい言葉をすごい集約して、凝縮して伝えるようなことをしてる人の見てる世界っていうのはやっぱ違うなと思って、なんだろうな、それは結構僕的には、直感的にそういう世界が2つあるのかなというふうに思っただけなんですけども、なんか少し悲しい気持ちにはなりましたね。

そう、ぼくこの前、研修で予習しないといけなくてSEMとかの論文を読んでかくレポートがあったんですけど、論文読んでもうまく理解できなかったからAIに投げて改変せずに平易にしてって言ったんですよ。でも、そんなことせずに読める人もいるんだろうなと思うと悲しくて。僕は頭悪いんだと思います本当は

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