表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/59

52 お茶会

「これ、すっごく美味しいです!」


昼下がりの庭園。温かな日差しに輝く花々の中、ガゼボの下に用意されたティーセット。そこに並べられた色とりどりの菓子を一口食べて、セラフィーナは無邪気に声を上げた。


「喜んでもらえて何よりだ」

皇帝ジークヴァルドは、紅茶を一口含んで穏やかに微笑んだ。


セラフィーナの後ろには護衛としてゲルハルトが、ジークヴァルドの背後にはカイルが、それぞれ石像のように控えている。


「素敵なお庭に、素敵なお茶! 私、とっても幸せです」

うふふ、とセラフィーナは子どものように愛らしく、口元を隠して笑った。


同意を示すように微笑みを返したジークヴァルドだったが、直後、ふいと目を逸らして表情を消した。セラフィーナは側仕えの侍女との会話に夢中で、その一瞬の「断絶」に気づかない。


背後に立つゲルハルトは、ジークヴァルドのその冷淡な横顔を見逃さず、鼻で短く嘲笑した。

「どうした? ゲルハルト」

眉をピクリと動かし、ジークヴァルトが鋭い眼光で射抜く。


「いいや? 随分と楽しそうで何よりだと思っただけだ」


両者の間に、氷の刃を突き立てたような冷たい空気が流れる。


異変に気づいたセラフィーナが、慌てて二人の間に割って入った。

「お二人とも、どうしたんですか! せっかくのティータイムが台無しですよっ」

幼子のように頬を膨らませ、二人を宥めるように見つめるセラフィーナ。


――以前なら、ジークヴァルドもゲルハルトも、その姿をこの上なく愛らしいと思っただろう。

そしてカイルも、その光景を見て静かに目を細めていたはずだ。


しかし、今は。

「はは、すまない。つい、な」

ジークヴァルドは眉を下げ、困ったように笑った。精巧に作られた、血の通わない作り笑いだ。

ゲルハルトもわざとらしく肩をすくめ、視線を虚空へ投げた。


「ねえ? カイルさん」

セラフィーナはぷりぷりと怒ったふりをして、カイルにも同意を求める。

「…………」

しかし、カイルは微動だにしない。視線さえ合わせようとはしなかった。

「……? カイルさん?」


セラフィーナの顔に戸惑いが広がる。


以前なら、彼は不器用ながらも必ず優しく返してくれた。

皇帝もゲルハルトも、表面上は以前と変わらないように見えるのに、カイルの態度だけは明らかに、そして決定的に変わってしまった。


話しかけても、視線すら向けてくれない。

先日は心を込めて焼いた手作りクッキーさえ、受け取ってもらえなかった。


(……きっと前なら、あんなに嬉しそうに微笑んでくれたのに)

セラフィーナの大きな瞳に、みるみるうちに涙が滲んでいく。


「………ぐすっ」

悲しかった。

自分を全肯定し、宝物のように扱ってくれたはずの人々が、手のひらを返したように冷たくなってしまったことが。


まるで、自分が「特別」ではなくなったようで。


「……お開きにしようか」

ジークヴァルドが、椅子を引いて立ち上がった。

「セラフィーナは気持ちが不安定なようだ。部屋に戻ってゆっくり休むといい」


ガゼボの階段を降り始めたジークヴァルドの背に、セラフィーナは驚いて立ち上がった。

「あ、あの……っ!」

言いかけた言葉を遮るように、ゲルハルトが冷ややかな声を被せる。

「お優しい皇帝陛下が、休めって言ってんだ。戻るぞ」

その目は、主君であるはずのジークヴァルドを激しく射抜いていた。


「まあ、そうだな」

ゲルハルトは自嘲気味に肩をすくめた。


「もっと、死ぬほど疲れてたやつもいたけどな。……あいつに『休め』なんて言ったやつは、一人もいなかったが」


ゲルハルトの猛毒のような嫌味を背中で受けながら、ジークヴァルドはイーサンの待つ執務室へと歩を速めた。



廊下を歩きながら、ジークヴァルドは後ろに付いてくるカイルに、あるいは自分自身に問いかけるように、掠れた声で呟いた。


「……私が『休め』と伝えたら、休んだかな」


きっと、休まなかった。

『休みますね』と、いつものように困ったように笑って、

それでも誰にも見られない場所で、一人書庫に籠もり続けただろう。


「……夕食を豪勢にするから、と言えば。あるいは」


カイルが、短く答えた。

それを聞いたジークヴァルドは、肺の奥から絞り出すように、ククッと力なく笑った。


「そうか。……あれだけ頑張っていたんだ。毎日がご馳走でも、足りないくらいだったな」


廊下の向こうへ消えていく皇帝の背中は、春の日差しを浴びながらも、どこまでも寒々しく凍えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ