52 お茶会
「これ、すっごく美味しいです!」
昼下がりの庭園。温かな日差しに輝く花々の中、ガゼボの下に用意されたティーセット。そこに並べられた色とりどりの菓子を一口食べて、セラフィーナは無邪気に声を上げた。
「喜んでもらえて何よりだ」
皇帝ジークヴァルドは、紅茶を一口含んで穏やかに微笑んだ。
セラフィーナの後ろには護衛としてゲルハルトが、ジークヴァルドの背後にはカイルが、それぞれ石像のように控えている。
「素敵なお庭に、素敵なお茶! 私、とっても幸せです」
うふふ、とセラフィーナは子どものように愛らしく、口元を隠して笑った。
同意を示すように微笑みを返したジークヴァルドだったが、直後、ふいと目を逸らして表情を消した。セラフィーナは側仕えの侍女との会話に夢中で、その一瞬の「断絶」に気づかない。
背後に立つゲルハルトは、ジークヴァルドのその冷淡な横顔を見逃さず、鼻で短く嘲笑した。
「どうした? ゲルハルト」
眉をピクリと動かし、ジークヴァルトが鋭い眼光で射抜く。
「いいや? 随分と楽しそうで何よりだと思っただけだ」
両者の間に、氷の刃を突き立てたような冷たい空気が流れる。
異変に気づいたセラフィーナが、慌てて二人の間に割って入った。
「お二人とも、どうしたんですか! せっかくのティータイムが台無しですよっ」
幼子のように頬を膨らませ、二人を宥めるように見つめるセラフィーナ。
――以前なら、ジークヴァルドもゲルハルトも、その姿をこの上なく愛らしいと思っただろう。
そしてカイルも、その光景を見て静かに目を細めていたはずだ。
しかし、今は。
「はは、すまない。つい、な」
ジークヴァルドは眉を下げ、困ったように笑った。精巧に作られた、血の通わない作り笑いだ。
ゲルハルトもわざとらしく肩をすくめ、視線を虚空へ投げた。
「ねえ? カイルさん」
セラフィーナはぷりぷりと怒ったふりをして、カイルにも同意を求める。
「…………」
しかし、カイルは微動だにしない。視線さえ合わせようとはしなかった。
「……? カイルさん?」
セラフィーナの顔に戸惑いが広がる。
以前なら、彼は不器用ながらも必ず優しく返してくれた。
皇帝もゲルハルトも、表面上は以前と変わらないように見えるのに、カイルの態度だけは明らかに、そして決定的に変わってしまった。
話しかけても、視線すら向けてくれない。
先日は心を込めて焼いた手作りクッキーさえ、受け取ってもらえなかった。
(……きっと前なら、あんなに嬉しそうに微笑んでくれたのに)
セラフィーナの大きな瞳に、みるみるうちに涙が滲んでいく。
「………ぐすっ」
悲しかった。
自分を全肯定し、宝物のように扱ってくれたはずの人々が、手のひらを返したように冷たくなってしまったことが。
まるで、自分が「特別」ではなくなったようで。
「……お開きにしようか」
ジークヴァルドが、椅子を引いて立ち上がった。
「セラフィーナは気持ちが不安定なようだ。部屋に戻ってゆっくり休むといい」
ガゼボの階段を降り始めたジークヴァルドの背に、セラフィーナは驚いて立ち上がった。
「あ、あの……っ!」
言いかけた言葉を遮るように、ゲルハルトが冷ややかな声を被せる。
「お優しい皇帝陛下が、休めって言ってんだ。戻るぞ」
その目は、主君であるはずのジークヴァルドを激しく射抜いていた。
「まあ、そうだな」
ゲルハルトは自嘲気味に肩をすくめた。
「もっと、死ぬほど疲れてたやつもいたけどな。……あいつに『休め』なんて言ったやつは、一人もいなかったが」
ゲルハルトの猛毒のような嫌味を背中で受けながら、ジークヴァルドはイーサンの待つ執務室へと歩を速めた。
廊下を歩きながら、ジークヴァルドは後ろに付いてくるカイルに、あるいは自分自身に問いかけるように、掠れた声で呟いた。
「……私が『休め』と伝えたら、休んだかな」
きっと、休まなかった。
『休みますね』と、いつものように困ったように笑って、
それでも誰にも見られない場所で、一人書庫に籠もり続けただろう。
「……夕食を豪勢にするから、と言えば。あるいは」
カイルが、短く答えた。
それを聞いたジークヴァルドは、肺の奥から絞り出すように、ククッと力なく笑った。
「そうか。……あれだけ頑張っていたんだ。毎日がご馳走でも、足りないくらいだったな」
廊下の向こうへ消えていく皇帝の背中は、春の日差しを浴びながらも、どこまでも寒々しく凍えていた。




