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33 氷菓

「この人も、私と同じ『聖女』なんですか?」

セラフィーナの放った、あまりに純粋で、それゆえに鋭い問い。


王としての威厳を誇るジークヴァルドが一瞬だけ言葉に詰まり、書庫の重たい静寂をイーサンが静かに切り裂いた。

「ええ。こちらはリリア。……帝国に、貴方と同様、召喚された聖女です」

その紹介は、驚くほど簡潔だった。

これまでの彼女の苦闘や、黒く焼けた腕の功績など、今は語る必要もないと言わんばかりに。事務的な響きだけを残して、イーサンの言葉は途切れた。


「そうなんだ!」

セラフィーナはぱっと顔を輝かせた。その輝きは、古びた書庫の陰気な隅々までを無理やり暴き出すような、暴力的なまでの明るさを持っていた。


彼女は迷いのない足取りで、リリアへと歩み寄る。

その動きに合わせ、背後に控えていたカイルが、わずかに身体を揺らした。

かつてなら、リリアの側へ出ていた動き。

だが今は、新しい主の動きを見守るためのものだった。


セラフィーナはリリアの目の前まで来ると、花がほころぶような笑みを浮かべた。

「こんにちは!」

まるで、友人に声をかけるような、屈託のない響き。


「私、セラフィーナっていいます!」

少しだけ胸を張り、自分の名に誇りを持っているかのように告げる。

「昨日いきなりこんなところに呼ばれて、まだよく分かってないんですけど……」


そこで、彼女は年相応の少女らしく、照れたように首をすくめた。

「でも、同じ聖女なら……『先輩』ですよね?」

少女は嬉しそうに笑った。

「よろしくお願いします、リリア先輩!」


その言葉が落ちた瞬間、周囲の空気がわずかに、けれど確実に震えた。

本来なら、リリアがこれまで一人で背負ってきた「聖女」という名の重みを知る彼らだ。だが、セラフィーナのあまりの眩しさに、その違和感すらも心地よい響きとして飲み込まれていく。

「色々、教えてもらってもいいですか? 私、分からないことだらけで」

無邪気に首を傾げるセラフィーナ。

その瞬間だった。


――ぞくり。


リリアの背筋を、正体不明の冷たい感触が走り抜けた。

それは、真冬の凍てつく風が、素肌に直接触れたような感覚。逃げ場のない、身体の芯を凍らせるような拒絶反応。

(……?)

理由はわからない。目の前の少女は、ただ純粋な善意と好奇心で笑いかけている。悪意など、どこにも見当たらない。


セラフィーナは、リリアの異変に気づかないまま、楽しそうに続けた。

「ここって本がいっぱいありますよね! 私、歴史とか全然知らなくて……お勉強、苦手なんですよ」

そして、ふとリリアが広げていた机の上の資料に目を止める。


「わあ……」

それは、リリアが昏睡する直前まで血を吐くような思いでまとめていた、瘴気の発生地点と古い記録の集大成。びっしりと書き込まれた、彼女の努力の結晶だ。


「これ、全部リリアさんが調べたんですか?」

リリアは、戸惑いながら小さく頷いた。

「はい……。まだ、途中ですけれど……」

セラフィーナは宝石のような瞳を丸くした。

「すごい……! 本当に、努力家なんですね!」

そして、何の曇りもない、一点の穢れもない声で言った。


「じゃあ、やっぱりリリアさんは本物の『先輩』ですね! 私、追いつけるように頑張らなきゃ!」


その笑顔は、あまりに美しく、神々しかった。

ジークヴァルドの眼差しが、イーサンの沈着な顔が、そしてカイルやゲルハルトの視線が。皆、満足そうにその光景を見つめている。新旧の聖女が睦まじく手を取り合う、理想的な光景。


けれど。

リリアの背中には、まだ消えない寒気がこびりついていた。


まるで身体の奥のなにかが、警鐘を鳴らしているようだった。

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