51.残る呪い、願いは希望
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目を覚ますと、まず感じたのは全身の激痛だった。
呼吸をするだけで全身が痛む。指一本動かすだけでうめき声が出る。
だが、動かない訳にもいかない。
上空から落下したのだ。激痛で済んでいるだけよかっただろう。
幸い四肢は折れていない。だが、内臓への衝撃から、まともに動けるような状態ではなかった。
ふらつきながら起き上がると、まず目にしたのは、あの天狗と思われる人物の遺体。
彼はこちらに手を伸ばしながら息絶えていた。右腕の肘から先はなくなっており、そこからずっと出血していたようだ。左手もかろうじて原型を留めるだけで、あちこちが折れて痛々しい。
ただ、彼の全身の返り血らしき跡と、胴体を貫かれた人妖の遺体から、彼が人妖を殺したのだろう。
あの爆撃を受けて落ちた後、まともに動けるような状態じゃなかったはずだ。それでも人妖を殺した執念は恐ろしいものを感じる。
できることであれば、埋葬をしてやりたい。だけど、私にはそんな時間はない。その役割は、屋敷の生き残りの人々に任せることにした。
私は、作戦のために重傷を負ったキイチの元へと向かった。おそらく生きているが、それでもまともに動ける状態だとは思えない。彼がいなければ作戦が成立しなかったこともあり、助けられるところがあれば助けたい。
キイチは足の刀を引き抜き、地面の上に仰向けに横たわっていた。顔を見ると目を瞑っており、顔は非常に険しい。
刀については、呪符を剥がして、引き抜けなくする術を解除したのだろう。刀には亀裂が入り、刀身の根元はよく見ると血で何か文字のようなものが書かれていた。あの衝撃を受けるのに刀そのままの強度で耐えられるとは思いづらい。きっと強度を上げる術も併用されていたのだろう。
キイチに声をかけると、その返答は苛立ちを孕んでいた。
「……今、話しかけるな。……しばらく、放っておいてくれ」
何はともあれ、返事できるほどには回復しているようで安心した。私はこの場を後にした。
蔵の跡に着くと、千歳がこちらへ手を振る。無事かと安心したが、その表情は普段と少し違っていた。
私は痛みに堪えながら瓦礫で崩れた地面を進み、千歳の元へ着く。
彼女は右目を押さえ、訴えかけてくるような表情をしていた。
「まなぁ……」
千歳は自分の身を守っていた結界を解除する。右目を抑え、いつもよりも情けない声で、泣きそうな目をしていた。
「……何があったの?」
「右目の呪いを解くついでにな、色々弄くっててん。ほら、キイチが目に結界術らしきもの仕込んでたしな。
で、多分並列作業したことがダメだったんやろうな。視界がおかしくなったわ」
彼女は右目を抑える手を離す。血は止まっているが、眼球が赤黒く変色している。目は見えているのか、視線はこちらを向いていた。
「右目が、色が分からんねん。全部白黒だし、夜なのにハッキリ見える。あとは、ウチの身体と真奈の身体からなんか出とる」
「なんか?」
「なに? 黒い靄? よく分からん。なんやこれ」
何が起きているのかよく分からない。私が確信を持って言えるのは、千歳がまた術で失敗したという事ぐらいだ。
私にはどうすることも出来ない。千歳をおんぶして、私たちは移動をすることにした。
直前、ナズナの一部を回収することも考えたが、自分の傷とこの瓦礫の山から考えると、探すのは諦めた方がいいだろう。
近場の塀に登ることも考えたが、自分の負傷が思ったよりも深い。跳躍も駆け出すことも今は難しい状態だ。このままだと、とてもではないが朽花は追えそうにない。
悔しいが、奴には逃げられた。これは認めざるを得ない。
傷を癒し、また奴を探さないといけない。
また、途方もない時間がかかってしまうだろう。
そんなことを考えていると、屋敷を覆っていた結界が解除された。キイチが動いたのだろう。
彼の匂いを辿り、歩みを進める。最後に、聞いておきたいことがあった。
キイチは門の前で、私たちを待ち構えているように見えた。
腕を組み、私たちが来るのを見て少し反応を見せる。
ああ、そうだ。私たちは裏宰から見ればただの人妖。討伐対象だった。
状況的に逃げることもできない。
だが、彼はこちらに敵意を向けてくることはなかった。
私の前まで彼は移動してくると、私たちを交互に見る。
キイチは千歳の右目を開き、口を開く。
「この目、変な弄り方をしたな?
呪いと結界が絡み合っている……。俺に解除は無理だ。
何を考えて……ああ、アレを参考にしたか」
「あー、秘中の秘やったりしたか?」
「いや、再現出来ていないし最早別物。何が見えるのか俺にも分からん。
ただ、呪いを通しているから負荷は相当強いはずだ。普段は布でも巻いて閉じておいた方がいいだろう」
「ああ、この頭痛はそういうことなんやな」
その後、キイチはこちらを向く。憔悴しきった表情だったが、それでも責任感からか態度を崩すことはない。
「朽花が、あの手紙にあった老婆とは全く別の肉体を使っていた。どういうことか分かるか?」
「あいつ本体は呪物やしな。肉体をしょっちゅう替えるから追いづらいんよ」
「そうだね。今回も、身体を替えていたみたいだし……」
「……今なんて言った?」
「「……あっ」」
私たちは同時に声を出す。
朽花の本体が呪物だと、キイチには話していない。
ピリピリとした空気になり、私たちは仕方なく詳細を話した。
詳細を聞いたキイチは深くため息をつく。頭を抱え、
「……それを知っていても破壊できたかというと、難しいか……。
で、何で隠していた?」
「万が一の取引材料?」
それを聞いてまたため息をつくキイチ。
彼は頭を掻きむしりながら、「確認することが増えた」とぼやいた。
「俺はこのまま生き残りに聞き取りをするのと、増援を呼ぶ。しばらくここから出ない。お前達が消えても、俺は気付かないだろう」
キイチの言葉から、話を終わらせられそうな事に気付く。
私には聞きたいことがある。キイチを呼び止め、それを聞いた。
「キイチ、靈山家について、何か知っている?」
「……? いや、知らないな。朽花関連か?」
「違うよ。そっか……知らないんだ……残ってないんだ……」
大徳にもなるキイチが、靈山家を知らない。
これが意味することは分かっている。
私は目の奥が熱くなりながらも、顔に出ないように堪えようとした。
「急に何だ? 泣きそうな顔で……」
「何でもない。知らないということを知れただけで、私には十分だから……」
ああ、完全に堪えることはできないのか。
キイチにこれ以上見られたくなくて、顔を伏せながら、この地を立ち去った。
私は千歳を背負いながら、大地を一歩一歩踏みしめる。
歩めど歩めど呪いばかり。
赤く染まった道をいくら進めば、どれだけこの身体が傷つければ、奴にたどり着けるだろう。
右手の小指を確認する。
獣の風貌に変わってしまったそれを見て、恩人の身体を穢したような気持ちになる。
この戦いが終わる頃、この身体は人の形を保てるのだろうか。
そんな暗い気持ちの中、背から静かな寝息が聞こえてきた。
そうだ、私は一人で追っている訳じゃない。
奴を壊した後、千歳とナズナをあわせた三人で、青空の下で静かに暮らす。
そんな理想を、ぼんやりと考えた。




