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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
鎌倉時代編
50/52

50.守る対象

◆◆◆


 甚兵衛(じんべえ)。アヤ。何か、近しい名前を知っている気がする。




 燃えていく布が宙を舞う。あの布に、見覚えがある。


 少女が、俺の腕に巻いた。傷の手当てのために。


 何故あの布が舞っているのかと思い、右腕を見る。


 右腕は肘から先が焦げ付き、跡形もなくなっていた。




 ああ、そうだ。あの木の手を剥がそうとして、その瞬間に爆発した。


 記憶がだんだんとハッキリしてくる。


 自分が何者なのか、何をしてしまったのか。




 自分が変異した瞬間、目に映るもの全てが敵に見えた。その結果、近寄ったお館様を殺してしまった。


 あの時は何か、強い感情に支配されていた。多分、後悔が一番強かった。




 地面に叩き付けられ、全身に衝撃を受ける。身体中が痛む中、このまま終わるのかとぼんやり考える。


 そんな中、何かが俺の周囲に近づいてきていることに気付いた。




 変異した人妖の生き残り。このままだと、きっと殺されるだろう。


 屋敷の人間全員が死んでいるなら、もう死んでもよかったかもしれない。だが、そう決めつけて死を選ぶと、菖蒲(あやめ)様に合わせる顔がないように思えた。




 無理矢理身体を起こし、人妖と対峙する。右腕はない。身体中は焼け、落下の衝撃で恐らく内臓も傷ついている。血を止める手段はなく、きっと自分は長くない。




 これ以上動けば、間違いなく死ぬだろう。




 俺は迷いなく、残った左腕で人妖達の喉を掻き切った。


 天眼通を使い、動き回る人妖の位置を確認する。神足通で移動し、人妖達を殺して回った。


 幸い、人妖に変化した影響で、身体の強度は多少は上がっている。だが、人の姿に戻りつつある今、無茶をすれば更に身体は壊れるだろう。




 何故、こんなことをしている?




 俺は元々、山で修行をしていた修験者だった。


 神通力を体得し、いずれ悟りを開く。そんな集団の中に、俺は物心ついた頃には所属していた。


 あの時はまた別の名で呼ばれていたが、もうどうでもいい話だ。


 才能に溢れ、自分より甘い修行をしている他人を見下していた。高圧的な態度を取り続けた。


 ハッキリ言って屑で傲慢だった。




 そういう態度を崩さない俺は、唯一尊敬していた人物からは敵を作ると忠告されていた。


 当時の考えとしては、雑魚に何をされてもどうにでもなる、というものだ。


 そんな中、神通力を二つも体得した。


 態度を改めるようにと、尊敬する人から数珠を受け取った。


 だが、それに反して俺の態度は、日に日に酷くなっていった。


 そんな性格が災いしたのか、ある日俺は闇討ちに遭った。




 目に泥を浴びせられ、複数人から殺されかけた。


 天眼通も使いこなせておらず、状況を掴めなかったから、逃げるしかなかった。


 結果として、追い詰められ、崖から荒れた海に転落していった。




 息も殆ど出来ず、溺死することも覚悟したが、俺は何とか生き延びた。


 浜辺から陸に上がったとき、数珠が千切れ、握り込んだ部分しか珠が残っていなかった。


 それと同時に、目が殆ど見えなくなっていることに気付いた。




 最初は漁村に流れ者として世話になっていた。


 天眼通を応用し、俯瞰視点を体得したのもこの頃だ。


 盲目の流れ者が急に適応を始めた時の周囲の反応を、俺は考えていなかった。


 不気味がられ、村を出るように言われた。


 当時の俺は、その反応に対して、憤りを覚えた。自分は一切悪くない。なのに移住を迫られる意味が分からなかった。


 それと同時に闇討ちされた記憶を思い出したことで、俺は意地になってしまった。


 移住を拒否した結果、案の定嫌がらせが始まる。


 犯人は分かりきっていた。だから、実行者をことごとく叩きのめした。


 結果としては、周囲から怯えられることになる。




 自分は悪くないという考えを曲げなかったが、ここにいる意味を感じられなくなり、この村を離れることにした。




 そういったことは、最初の一度だけに留まることはなかった。


 似たような理由で、嫌がらせを受け、それに暴力で返し、何度も移住を繰り返す。




 甚兵衛を名乗り始めたのは、確かこの頃だ。


 自分の暴力性と、傲慢さをやっと自覚できた時でもあった。




 あの人の、その態度は敵を作るという言葉がやっと身に染みた頃、篠坂(しのさか)領で炭焼きを始めた。


 優しい人が多く、傲慢さや暴力性を抑えて生活を続けていた。




 そんなある日、近場の山で妖怪騒ぎが起きた。


 ただの村人に対抗手段はない。家に引きこもり、武士達が自力で対処するのが、呪術士に頼らずにできる範囲だった。




 その騒ぎが起きたとき、自分の力を発散するいい機会だと思えた。


 周囲の目がない隙を見計らって家を飛び出し、その妖怪を探し出した。


 俺はその妖怪を見つけ、衝動を発散させるためだけに一方的に殴り殺した。


 周囲の目を一切気にせず、快感すら覚えるその行為。


 妖怪を退治しに来た武士達に見られたことに、気付くのが遅れてしまった。




 妖怪を殴り殺せる人物はそういない。


 不審人物として捕らえられ、お館様の元へ連れて行かれた。


 あの人は、俺の行為に驚きこそすれど、拒絶することはなかった。


「密偵となれ。お前の力は、どんな人間よりも強い。この地に、お前が必要だ」


 求められたことで、居場所が与えられた気がした。


 ずっと拒絶されてきた俺を受け入れてくれた。その事実から、俺は頭を下げ、彼の密偵となった。


 平次の名を貰い受けたのも、この瞬間だった。




 ある日、お館様の娘である菖蒲(あやめ)様の護衛を任されることになる。


 何度も勝手にどこかへ行くお転婆で、気付くと危険な行為を繰り返していた。


 そういう行為を防ぐために対策すると、それを見透かして別の危険な事をやってくる。


 獣に襲われかけたこともあり、その時は急行して助け出した。


 助けたはずなのに、こちらを心配してくるような不思議な人だった。


 彼女の無垢さと優しさから、守っているうちに、内にあった傲慢さは身を潜めていた。




 そんな月日を過ごし、平和だと思っていたあの日、奴らが屋敷を訪れた。




 朽花(くちばな)。花柄の義眼(ぎがん)の禁術士(きんじゅつし)。


 危険だと思っていたが、お館様は奴らを受け入れた。自分は意見する立場にない。その決定をただ受け入れた。




 ある日、お館様から、朽花から距離を取るように命令を受けた。


 俺を狙っている可能性がある。万が一に備えてのことだった。




 俺はどうなってもいい。菖蒲(あやめ)様の護衛を増員するという話もされたが、それでも少し心配であった。




 先日受け取った手紙。密偵という立場から、現物は残していない。だが、一言一句全て覚えている。




 手紙の内容を思い出す。


『貴方がここから離れて年が明けました。

 御身体は大丈夫でしょうか?

 どこにいるかは分かりませんが、そこでの暮らしに不自由ないでしょうか?

 朽花の動向が、父上の様子が心配でなりません。

 姿を消す領民もいて、不信感を募らせています。

 屋敷の様子が、とても怖いです。

 貴方さえいれば安心できます。

 できることであれば、一日でもいい、戻っていただけませんか?

 朽花が貴方に目をつけたのが、貴方が離れざるを得ない理由なのは知っております。

 それでも、今は、貴方の隣にいたい。

 場所さえ分かれば、すぐにでもそこに行きますのに。

 その真珠のような瞳を、ただ見せてくれるだけで良いのです』


 あの時、菖蒲(あやめ)様ではないと、内心気付いていた。


 それどころではないと言い訳をして、違和感に気付いていないふりをした。


 気付いたのであれば、俺は菖蒲(あやめ)様を傷つけないといけない。


 それが、何よりも嫌だった。




 俺は、何人の人妖を殺した?


 左手の骨はぐしゃぐしゃに折れて、右腕から流れる血も少なくなってきた。


 寒気を感じる中、息が出来ているかも怪しい。




 そうして、地面に倒れている真奈を見つける。


 彼女は侵入者。篠坂(しのさか)家の敵。




 彼女の元へ歩くが、全身が岩を引きずっているように重い。


 殺せて、あと一人。そう思っていた。




 彼女が間合いに入る直前、奥から人妖が一人歩いてきたことに気付く。




 彼女を殺すか、人妖を殺すか。


 俺は最後の力を振り絞った。




 急接近し、奥の人妖の胴体へ手刀を突き刺す。


 心臓を貫いたことで、人妖はすぐに動作を止めた。




 胴体から手を抜き、今度こそ真奈の元へ行こうとする。


 だが、気付くと目の前に壁があった。


 自分が倒れていると気付いたのは、眠気に襲われてから。




 俺は、彼女へ手を伸ばすが、最後まで届くことはなかった。



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