50.守る対象
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甚兵衛。アヤ。何か、近しい名前を知っている気がする。
燃えていく布が宙を舞う。あの布に、見覚えがある。
少女が、俺の腕に巻いた。傷の手当てのために。
何故あの布が舞っているのかと思い、右腕を見る。
右腕は肘から先が焦げ付き、跡形もなくなっていた。
ああ、そうだ。あの木の手を剥がそうとして、その瞬間に爆発した。
記憶がだんだんとハッキリしてくる。
自分が何者なのか、何をしてしまったのか。
自分が変異した瞬間、目に映るもの全てが敵に見えた。その結果、近寄ったお館様を殺してしまった。
あの時は何か、強い感情に支配されていた。多分、後悔が一番強かった。
地面に叩き付けられ、全身に衝撃を受ける。身体中が痛む中、このまま終わるのかとぼんやり考える。
そんな中、何かが俺の周囲に近づいてきていることに気付いた。
変異した人妖の生き残り。このままだと、きっと殺されるだろう。
屋敷の人間全員が死んでいるなら、もう死んでもよかったかもしれない。だが、そう決めつけて死を選ぶと、菖蒲様に合わせる顔がないように思えた。
無理矢理身体を起こし、人妖と対峙する。右腕はない。身体中は焼け、落下の衝撃で恐らく内臓も傷ついている。血を止める手段はなく、きっと自分は長くない。
これ以上動けば、間違いなく死ぬだろう。
俺は迷いなく、残った左腕で人妖達の喉を掻き切った。
天眼通を使い、動き回る人妖の位置を確認する。神足通で移動し、人妖達を殺して回った。
幸い、人妖に変化した影響で、身体の強度は多少は上がっている。だが、人の姿に戻りつつある今、無茶をすれば更に身体は壊れるだろう。
何故、こんなことをしている?
俺は元々、山で修行をしていた修験者だった。
神通力を体得し、いずれ悟りを開く。そんな集団の中に、俺は物心ついた頃には所属していた。
あの時はまた別の名で呼ばれていたが、もうどうでもいい話だ。
才能に溢れ、自分より甘い修行をしている他人を見下していた。高圧的な態度を取り続けた。
ハッキリ言って屑で傲慢だった。
そういう態度を崩さない俺は、唯一尊敬していた人物からは敵を作ると忠告されていた。
当時の考えとしては、雑魚に何をされてもどうにでもなる、というものだ。
そんな中、神通力を二つも体得した。
態度を改めるようにと、尊敬する人から数珠を受け取った。
だが、それに反して俺の態度は、日に日に酷くなっていった。
そんな性格が災いしたのか、ある日俺は闇討ちに遭った。
目に泥を浴びせられ、複数人から殺されかけた。
天眼通も使いこなせておらず、状況を掴めなかったから、逃げるしかなかった。
結果として、追い詰められ、崖から荒れた海に転落していった。
息も殆ど出来ず、溺死することも覚悟したが、俺は何とか生き延びた。
浜辺から陸に上がったとき、数珠が千切れ、握り込んだ部分しか珠が残っていなかった。
それと同時に、目が殆ど見えなくなっていることに気付いた。
最初は漁村に流れ者として世話になっていた。
天眼通を応用し、俯瞰視点を体得したのもこの頃だ。
盲目の流れ者が急に適応を始めた時の周囲の反応を、俺は考えていなかった。
不気味がられ、村を出るように言われた。
当時の俺は、その反応に対して、憤りを覚えた。自分は一切悪くない。なのに移住を迫られる意味が分からなかった。
それと同時に闇討ちされた記憶を思い出したことで、俺は意地になってしまった。
移住を拒否した結果、案の定嫌がらせが始まる。
犯人は分かりきっていた。だから、実行者をことごとく叩きのめした。
結果としては、周囲から怯えられることになる。
自分は悪くないという考えを曲げなかったが、ここにいる意味を感じられなくなり、この村を離れることにした。
そういったことは、最初の一度だけに留まることはなかった。
似たような理由で、嫌がらせを受け、それに暴力で返し、何度も移住を繰り返す。
甚兵衛を名乗り始めたのは、確かこの頃だ。
自分の暴力性と、傲慢さをやっと自覚できた時でもあった。
あの人の、その態度は敵を作るという言葉がやっと身に染みた頃、篠坂領で炭焼きを始めた。
優しい人が多く、傲慢さや暴力性を抑えて生活を続けていた。
そんなある日、近場の山で妖怪騒ぎが起きた。
ただの村人に対抗手段はない。家に引きこもり、武士達が自力で対処するのが、呪術士に頼らずにできる範囲だった。
その騒ぎが起きたとき、自分の力を発散するいい機会だと思えた。
周囲の目がない隙を見計らって家を飛び出し、その妖怪を探し出した。
俺はその妖怪を見つけ、衝動を発散させるためだけに一方的に殴り殺した。
周囲の目を一切気にせず、快感すら覚えるその行為。
妖怪を退治しに来た武士達に見られたことに、気付くのが遅れてしまった。
妖怪を殴り殺せる人物はそういない。
不審人物として捕らえられ、お館様の元へ連れて行かれた。
あの人は、俺の行為に驚きこそすれど、拒絶することはなかった。
「密偵となれ。お前の力は、どんな人間よりも強い。この地に、お前が必要だ」
求められたことで、居場所が与えられた気がした。
ずっと拒絶されてきた俺を受け入れてくれた。その事実から、俺は頭を下げ、彼の密偵となった。
平次の名を貰い受けたのも、この瞬間だった。
ある日、お館様の娘である菖蒲様の護衛を任されることになる。
何度も勝手にどこかへ行くお転婆で、気付くと危険な行為を繰り返していた。
そういう行為を防ぐために対策すると、それを見透かして別の危険な事をやってくる。
獣に襲われかけたこともあり、その時は急行して助け出した。
助けたはずなのに、こちらを心配してくるような不思議な人だった。
彼女の無垢さと優しさから、守っているうちに、内にあった傲慢さは身を潜めていた。
そんな月日を過ごし、平和だと思っていたあの日、奴らが屋敷を訪れた。
朽花。花柄の義眼の禁術士。
危険だと思っていたが、お館様は奴らを受け入れた。自分は意見する立場にない。その決定をただ受け入れた。
ある日、お館様から、朽花から距離を取るように命令を受けた。
俺を狙っている可能性がある。万が一に備えてのことだった。
俺はどうなってもいい。菖蒲様の護衛を増員するという話もされたが、それでも少し心配であった。
先日受け取った手紙。密偵という立場から、現物は残していない。だが、一言一句全て覚えている。
手紙の内容を思い出す。
『貴方がここから離れて年が明けました。
御身体は大丈夫でしょうか?
どこにいるかは分かりませんが、そこでの暮らしに不自由ないでしょうか?
朽花の動向が、父上の様子が心配でなりません。
姿を消す領民もいて、不信感を募らせています。
屋敷の様子が、とても怖いです。
貴方さえいれば安心できます。
できることであれば、一日でもいい、戻っていただけませんか?
朽花が貴方に目をつけたのが、貴方が離れざるを得ない理由なのは知っております。
それでも、今は、貴方の隣にいたい。
場所さえ分かれば、すぐにでもそこに行きますのに。
その真珠のような瞳を、ただ見せてくれるだけで良いのです』
あの時、菖蒲様ではないと、内心気付いていた。
それどころではないと言い訳をして、違和感に気付いていないふりをした。
気付いたのであれば、俺は菖蒲様を傷つけないといけない。
それが、何よりも嫌だった。
俺は、何人の人妖を殺した?
左手の骨はぐしゃぐしゃに折れて、右腕から流れる血も少なくなってきた。
寒気を感じる中、息が出来ているかも怪しい。
そうして、地面に倒れている真奈を見つける。
彼女は侵入者。篠坂家の敵。
彼女の元へ歩くが、全身が岩を引きずっているように重い。
殺せて、あと一人。そう思っていた。
彼女が間合いに入る直前、奥から人妖が一人歩いてきたことに気付く。
彼女を殺すか、人妖を殺すか。
俺は最後の力を振り絞った。
急接近し、奥の人妖の胴体へ手刀を突き刺す。
心臓を貫いたことで、人妖はすぐに動作を止めた。
胴体から手を抜き、今度こそ真奈の元へ行こうとする。
だが、気付くと目の前に壁があった。
自分が倒れていると気付いたのは、眠気に襲われてから。
俺は、彼女へ手を伸ばすが、最後まで届くことはなかった。




